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ぼくらのコスモポリタン  作者: 01
猿は木から何処へ落ちる
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第62話

 宙域に広く拡散して侵攻する火星軍に対してヤミン帝国はその戦力を分散せずにいられなかった。

 ノイズは広範囲の敵を相手取る機動性を有しておらず、シルヴェンテスの性能もさして高い物ではない。

 その上生産性の観点から有人EVCを軽く見た結果、その機体には通常のEVCに比べ質量が不足していた。


 宇宙空間では質量その物が打撃力となる為に質量と比推力の間には均衡点が存在する。

 ノイズのパルスレーザー推進は確かに高い終末速度を有するが、その為には徹底した質量の削減がされていた。

 結果として充分な加速距離を取れない戦闘では文字通り蹴散らされてしまい中途半端な性能になってしまったのだ。


『火星軍の目標は矢張り我々のようです。

 閣下は如何なさいますか?』


「我もサイレンスで出陣する」


 宇宙は広いようでいて、その実遮蔽物のない宇宙空間を逃げ回るのは至難の業である。

 ヤミン帝国の潜伏先であったコラールは近年太陽系の軌道に乗った小惑星であった為に公式には記録されていない。

 しかしながら一旦捕捉されれば火星や観測設備の設置された小惑星からの監視の目を潜り抜けるのは不可能だった。


 ヤミンは表面上は冷静さを装いながらも跳躍して格納庫へと向かう。

 格納庫にはEVCと呼ぶには大袈裟とも言える巨大EVC“サイレンス”が鎮座しており、自動整備による出撃準備が完了、サイレンスの胸部が開いた。

 ヤミンはコクピットに乗り込む際にシャッター部に脚を引っ掛け舌打ちする。


 言ってみればこのEVCの巨大さは彼の自負心の高さであるとも言え、小心さの表れとも言えるだろう。


「――」


 ステラのセクエンツィアは太陽に背を向け、コクピット部を開放しながら宇宙の静寂に耳を澄ましていた。

 宇宙線被曝の被曝線量増加を知らせる警告音がパイロットスーツ内に響くと、少女は目を見開きシャッターを閉じる。

 コクピット内部の気圧が調整されるとヘルメットを脱ぎ捨てデクスターからの通信を聞いた。


『今回も俺が先行する、わかっているな?』


「デクスター、狐にもう少し勇気があれば、

 葡萄を取れていたと思うかな?」


『馬鹿な気は起こすなよ、いいな』


 前方に展開しているのは強化学習を施した無人EVCシルヴェンテスが残るのみ。

 前線のTAUから送られている情報から片翼となったミンネザングが、漆黒の空を飛び回る姿が映し出されている。

 運命の歯車は勢いよく回り始め歯車が一つまた一つと抜け落ちていく。


 ――側面から追いすがるジャゴの攻撃を辛うじて退けながらもオーロラを指揮するヴィオラは小惑星帯を抜けた。

 火星軍と月面で待機命令を受けていた地球軍がひそかに合流、戦列を成している。

 前方には防御の厚い戦艦、殿には第一次宇宙戦争にて経験を詰んだベテラン、その中間に新兵で構成された新造艦が配置されていた。


「小惑星帯抜けました!」


「各艦に光学通信。観測手、敵EVC配置図を正面」


「前線の情報から戦域マッピングを更新中……映像入ります」


 三次元で構成された各勢力の配置図が表示され、ヴィオラはその戦況に敵機の進行方向をインポーズした。

 直線的な運動しか取れないノイズは最早物の数ではない、厄介なのは宙域で散兵として運用されているEVC部隊である。


「アルカディアへ通信開け」


「はい、只今通信中……応答ありました。秘匿回線」


『こちらアルカディア、通信状態は良好。

 現在モーメンタルランチャー装填中です』


 アルカディア艦長のシンサイクが通信に応答、オーロラが僅かに離れた位置では長大な弾芯を携えた艦影があった。

 セイヴ・ザ・アースの質量とは言えないまでも強力な艦載モーメンタルランチャーをアルカディアには2機備え付けている。

 前方には推進用パルスレーザーの照射を行なうヤミン帝国の戦略衛星の姿を捉えた。


「EVC部隊中央!

 アルカディアに先行して活路を切り拓け!」


「オーロラより全機前へ!」


『CブロックよりDブロック。

 モーメンタルランチャー発射!』


 宇宙を進行する弾体は横方向からのベクトルを直接受けてしまう為に、戦略衛星の護衛機を排除せねばならない。

 強化学習を受けた無人機であっても、火星軍のゴスペルには同等以上のAIが搭載されている。

 その上電磁波を欺瞞できるミストシェードを搭載したゴスペルは、シルヴェンテスに対して圧倒的優位を確保できた。

 両軍のEVC部隊が接触後にがら空きになった衛星へとアルカディアの放つモーメンタルランチャーの弾芯が突き立てられる。


「戦略衛星の沈黙を確認!」


(これで、あのEVCは無効化される。

 後は頼んだぞ――少年)


 ヴィオラが視線を送る先にはコラールの正面突破を狙う、コスモポリタンの光点が瞬いていた。




 コスモポリタンの直掩についていたイーリアをユニットリーダーとするチャーリーは戦域の変化を感じていた。

 母艦の防衛に張り付き迎撃を行なっていたチャンドニーのヴェーダが攻勢の途切れに応じて迎撃の手を緩める。

 機関銃座のように降り注いだノイズの弾幕による圧力が突如消滅したのだ。


『こちらチャーリー3。これは一体?』


「どうやら別働隊が上手くやったようね。

 気を抜かないでチャーリー3、新手が来るわ」


 シルヴェンテスの兵団を引き連れたクレオールがコスモポリタン正面に現れ攻撃を開始する。

 ヴェーダとフォルクローネは定点防衛の為に設計されたEVCであり、実質戦闘を行うロマンス1機では分が悪い。

 その事を見越したのかクレオールを操舵するヨハンは距離を置いての攻撃ではなくコスモポリタンの火線を潜っての一点突破を狙った。


「チャーリー1より各機へ。

 私が先行してミンネザングを抑える。

 その間に数的優位へ持ち込むわよ」


『Yaap』


 こちらへと接近するミンネザングの進行方向をイーリアのロマンスが抑えると相手にも動きが見えた。

 ミンネザングは後方にセクエンツィアを置いたままコスモポリタンの航路上から外れインパクトアサルトを発射する。

 セクエンツィアと連携する事で確実性を選んだのか、イーリアはその真意を測りかねた。


「こんな事になってしまって残念だわ。

 私達良いお友達になれると思っていたのだけれど……」


『仕える主を選べない者の苦悩は貴様には理解出来まい』


「? それはどういう意味かしら?」


『問答無用!』


 通信を中断したデクスターのミンネザングがイーリアのロマンスに斬りかかる。

 EVCにもある種の相性のようなものが存在する、機体サイズとコストの制限から機能の全部載せが不可能なように一定の機能に特化した機体は特定の機体に優位を得る。

 機体の電子経路を探査する事によって行動の先読みを行なうロマンスの設計思想はステルス性を最大限に利用したミンネザングの特性を実質無効化していた。

 それ故に発生するのはAIに蓄積された情報量と搭乗者の対応速度の熟練。


 デクスターのミンネザングは自動化に於いてコスモポリタン機に大きく劣っていたが、搭乗者の対応速度では上回っていた。

 少なくとも機体性能に頼った動作ではない事をイーリアが確認すると、交差距離まで10000㎞へ入った。


『コスモポリタンより各機へ。

 コラールより所属不明EVCを発進を確認』


『おっきー!』


「チャーリー3! 241より高出力熱量反応!」


 シルヴェンテスの戦列に紛れていたピーユートが高出力FELの照射を始める。

 周波数を解析したヴェーダが対応照射を行ないレーザーを無効化、その時突如ヴェーダの全システムがダウンした。

 慌てたチャンドニーは放射線のコクピット内空間線量を確認する。


『チャーリー3より、コスモポリタンへ!

 全システムがダウン、後方より再起動を……』


『――』


「コスモポリタン応答を!」


 敵陣の背後から音もなく忍び寄るサイレンスが紅玉の光を放つと、宇宙空間でシリンダーが音もなく回転する。

 極めて高出力の電磁波を収束する事によって電子機器を完全に破壊するEMP兵器“デッド・エンド”。

 通称“D・E”と呼ばれる第2級秘匿兵器である。


 システムが完全に停止したヴェーダにピーユートの高出力FELが照射され機体温度の上昇が始まる。

 メルセデスのフォルクローネがリフレクトエスカッションによってレーザーを反射。

 反射された光量によってピーユートは沈黙する物のモニターに焼きつきが発生、シルヴェンテスの攻撃が迫っていた。


『alto!』


 側面から駆けつけたオッツォの七声のインパクトマシンガンが曳光弾の光条を放ちながら戦列を薙ぎ払った。

 チャンドニーは原始的なアナログ操作によって復帰すると驚くべき速度でTAUの戦列を立て直した。


『一斉射撃を行います!』


 ヴェーダの統率する30機に及ぶTAUから弾体が一斉掃射される。

 EVC本体には当たらないとはいえ、AIそのものは宙域に存在する脅威を把握する為にリソースを割り振る。

 突如として戦域に散布された弾幕の嵐に対応が遅れたシルヴェンテスに対して、マーチングSSから投射された弾体が的確に敵機を撃ち抜いていく。


 インパクトアサルトを構え援護に向かうイーリアのロマンスに反応した、デクスターのミンネザングが妨害に入る。


『貴様の相手はこの俺だ』


「浮気男は後ろから刺されるわよ。色男さん」


 ミンネザングの振り被るアスカロンをロマンスは余裕を持って回避すると、セクエンツィアへとインパクトアサルトを向けた。

 母艦を落とせばEVCは無力化される上でのイーリアの判断だったが、発射された弾体に対してステラは回避運動すら取らずに停止していた。

 セクエンツィアの思いがけない行動に困惑するイーリア、ステラの心は既に折れてしまっていた。


『避けるんだ。ステラ――ッ!』


「これが、私の運命だから」


 デクスターの叫びは最早彼女には届いていなかった。

 ステラはなおも動く事無くコクピット内で大きく息を吸い込む。

 その時彼女の視界に一匹の鳥が羽ばたくのを捉え、そこから放たれた矢が彼女の機体に迫る弾体を弾いた。

 後方にいたコウキのミンネザングが反転、前線に復帰したのだ。


『聞こえるかステラ!

 コーテックス ボムは俺が何とかする! 30秒くれ!』


「――!?」


 二つの勢力がぶつかり合い戦況が揺れ動く中で、一瞬時が止まった。

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