第6話
地球軍の襲撃から翌日、コスモポリタンは地球軍の追撃を振り切り、RS・117㎞/sの速度で火星への旅路を航行していた。
一方船室内では……半裸にトランクス一丁のコウキがうだるような暑さに耐えかね、思わず狂乱し叫び声を上げる。
「あーッ! あっづい! 何でこんなに暑いんだッ!」
「敵の攻撃を凌ぐのにコスモポリタンのレーザーを酷使しました。
宇宙では輻射冷却以外では放熱できませんので……」
「知ってる……すぐには冷えないってんでしょ? それにしても限度があるだろ」
無駄なリアクションで余計に熱を持ったコウキがふらつきながら椅子に座る。
不意に隣を通りすぎる涼風を感じ、唐突にハルの手首を掴んだ。
「お前やけに冷たいな? 大丈夫なのか?」
「EVCの冷却剤を少しばかり拝借しましたので、翌日まで持ちます」
「なっ!? こいつ……自分ばっかり涼しい思いしてたのか。管理者権限だ……触らせろ!」
「おことわりです」
素早い動きで船室内を逃亡するハルと、変質者紛いの発言を繰り返しながらそれを追うコウキ。
そこに船室のドアが開きマイケルが入室すると、三者の目が合いマイケルは苦笑いした。
「あっ、悪ィ……お邪魔だったかい? 30分後でいいか?」
「いやいやいや……誤解するなよマイケル、これはお前の思っているような事態じゃない」
「いやーん」
「……お前後で覚えてろよ」
「ただちにメモリーから消去しました」
コウキはマイケルと談笑するハルを尻目にそそくさと衣服を着ると、マイケルに呼ばれるまま船室へと歩き出した。
その途中、曲がり角を横切るイーリアの姿が目に入る。
コウキとマイケルの両者は互いに目配せを行い頷くと彼女の後を追った。
「……この部屋は?」
「第7-Cブロック遺体安置室です」
部屋の内部ではイーリアが片膝を曲げ、生前は同僚であったカチェリーナの顔を見つめている。
2人は目を伏せると、踵を返し立ち去ろうとするが、コウキはふとその場にいた筈のハルが居ない事に気付いた。
「こんにちわ」
「あら? 確かあなたは日本人パイロットの……」
「コールネーム:ハルです、イーリアさん御墓参りですか?」
「……そうね、そういうことよね」
イーリアは遺体冷却用の保存ポッドを開くと、そこで穏やかに眠るカチェリーナの白銀の髪を撫ぜた。
血色を失い青白くなった唇が否応にも彼女の死を感じさせる。
「私はまだこの子が死んだなんて信じられない……だってまだこんなに綺麗なのに」
「……」
「貴女を必ず故郷へ還してあげるわ、カチェリーナ……かならず」
ハルは無言で冷却用ポッドから入水チューブを取り出すと自らの保冷体液を保存ポッドへと注入した。
「規格はあっていますので、保冷剤の交換作業に問題はありません」
「貴女は優しいロボットなのね……ありがとう」
中央部船室では代表者達が各ブロックの様子をモニターしながら慌しい対応に追われていた。
メナエムは若干疲れた様子を見せ目を瞬かせると、座り込んだ椅子のテーブルへと秘書が水を置いた。
「あぁすまない……助かるよ」
「艦長、少し横になられては?」
「いや、そうもいかない……これから火星との折り返し連絡の入る予定時刻だ」
「艦長、失礼します。EVC第1班現場監督者のリュウです」
リュウが緊張した面持ちでメナエムに頭を垂れると、艦長は椅子から立ち上がり報告を受けた。
艦長の休憩の邪魔になったと感じたリュウはばつが悪そうに言葉を詰めながら報告を続けた。
「あ……休憩中の所申し訳ありません……
船外の放熱パネルの修復作業は、滞りなく終了した旨を御報告に参りました」
「いや、構わないよ丁度時間だったからね、これで船体の冷却も進むだろう、よくやってくれた」
恐縮したリュウが顔を綻ばせると一礼した後に浮ついた様子で中央船室から退出した。
「艦長、火星軍司令部より長距離レーザー通信が入りました」
「代表者の皆にも聞こえるよう頼む」
『こちら火星軍第三司令部よりバスナベ准将です、まずはRESコスモポリタンの方々に感謝の意を送りたい。
イーリア少尉の身柄引き受けについてはこちらから艦艇を送る予定でしたが……まことに残念ながら不測の事態が起こりました』
船室に転送されてきた録音音声が再生され、その最後の言葉にメナエム艦長の顔が曇る。
『現在、地球から火星へと向かい侵攻中の大規模な敵艦隊の姿を捉えました。
おそらく一ヶ月以内には火星に到着するものと思われます』
突然の凶報に中央船室内から、悲鳴にも似た驚嘆の声が上がる。
慌てて船員と連絡を取る者、火星の家族へ通信を行う者、今後の対応について私語のやまむ者と様々だ。
『願わくば、貴艦を後方支援の為の戦時徴用船として火星軍への編入を希望しております』
「もういい……これ以上は無用の混乱を招くだけだろう」
「はい、音声再生を停止します」
「なんとふざけた話だッ! こちらは条約を尊守しているのにその条約を無視して軍門に降れなどとッ!
どう返信されるのですか艦長!?」
メナエムは眉間を押さえ深い溜息をつくと、よろけるように椅子に座り込み顔を覆った。
秘書が心配そうに顔を覗き込むと、熟慮を終え気迫を持った面持ちで再び立ち上がった。
「無論受け入れる心算はない、以前の予定通りイーリア少尉の受け渡しを終えたのち。
本社で今後の方針についての協議を行う……」
「火星へ向かうのですか、戦場になるのでは? 月方面の支社へと転進した方が……」
そう提案した代表者が一部の同僚から睨み付けられ萎縮する。彼等は火星に家族を置いてきた者達だった。
「すまないがそれは出来ない、コスモポリタンは単なる一企業ではない。
共同体を担う機能として、君達社員には誠実でありたいと考えている、君達の家族もまた我々の家族と同義なのだ」
「申し訳ありません……失言でした」
「いや、君の憂慮も尤もなものだ……火星に到着次第、月への避難が滞りなく行われるよう。
直ちに避難船を手配しよう」
船室内では平静さを取り戻した物の依然として重苦しい空気に包まれていた。
EVC格納庫内では整備員達が整備作業が追われている。そんな折コウキとマイケルは格納庫内に姿を見せた。
工業用3Dプリンターで強化プラスチック部品を成形していた赤毛の男は整備帽を脱ぎ捨て、彼らの元へと近付いていく。
「よォバートン、しっかり連れてきたぜ」
「こいつはなんだ? ライト級じゃないか?」
USG Ind.の開発したトラッドは成層圏を飛行する為に開発されたEVCの1つ。
現在ではかなりの旧型になるが、今もって更新がされ続けているので大抵の資源採掘企業が1台は所有している名機である。
こうしたEVCは従来EVUと呼ばれ大型デブリの排除や小隕石の捕獲になどに用いられる作業機械だ。
相対速度が付いたEVUは十分な戦力となる事から、正当防衛に反しない規模の戦力であれば配備が認められている。
「火星でも戦闘があるかもしれないからな、許可を取って念の為に倉庫から引っ張り出してきた。
だが残念なことにこいつは3機しかなくてねぇ」
「何だかんだ理由つけて弄り倒したいだけだろ、オメェの場合はよ」
マイケルの言葉を否定する訳でもなく、バートンは両手を上げおどけて見せると口角を釣り上げた。
その時、遅れて入ってきたハルとイーリアが姦しく会話をしながら格納庫へとやってくる。
何時の間に仲良くなったのかとコウキは彼女達を怪しむ視線を送ると、イーリアは余所余所しい態度でコウキに挨拶した。
「あっどうも、コウキ……さん」
「おい、ハル…お前また変なこと吹き込んだな」
「事実を在りのままに伝えただけです、他意はありません」
「あっ! ハルちゃん、やっと来たねぇ! どこか悪い所はない?
オジチャンが整備してあげよっか?」
ハルがバートンの顔を見るなり露骨に嫌な顔を浮かべると、その場で回れ右して格納庫から立ち去ろうとする。
コウキは逃げようとするハルを背後から羽交い絞めすると、振り上げられた勢いで上空へと飛んでいった。
「あッ! てめっこれ洒落んなってねーぞッ!」
「用事はEVCのOSにハルを接続するだけだ。
バートンの奴は俺が抑えとくから、チャッチャと済ませてメシでも食いに行こーぜ」
作業を滞りなく済ませ、三者遅れて一名が食堂へ向かうと、テレセンターには人だかりが発生していた。
モニターフィルムによって地球軍襲来の報を聞きつけた船員達で溢れ。
火星に住む親族の元へ連絡をつけようと集まっていた。
「こりゃ凄いな……おいニコ、何があったんだ?」
「地球が火星に侵攻を始めたって話だ…全くあのヤロウども頭にくるぜ!」
「それは本当ッ!?」
「あぁ、間違いねぇ……さっき館内放送でメナエム艦長直々にな、マイケルお前も連絡をって…もうイネェか?」
イーリアは踵を返して格納庫の方角へと歩き出した、その表情は打って変わって悲壮な覚悟が刻まれていた。
US-5 トラッド
この時代では平均的な能力を持つ機体。推進機が腰部にしか付いておらず比推力は少ない。
腰部ボックスから4機のTAUを射出できる。本来は遠隔操作用無人機だったが、EMP技術の発達により搭乗機にも対応した。
宇宙海兵隊員からはアメリカン・トラッドと呼ばれる。大幅に機能を改善したトラッドカスタムは宇宙戦などにも対応。
ほとんどの質量兵器を使いこなし手広く使用できる名機である。