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ぼくらのコスモポリタン  作者: 01
燃え盛る地球
55/65

第55話

 けたたましく鳴り響く警告音でコウキは目覚めた、攻撃を受けた衝撃により意識を失っていたのが覚醒したのだ。

 機体を慌てて取り直すも地球への落下を止める事が出来ず、辛うじて残存していた緊急用スラスタを稼働させる。

 状況の把握もままならない状況で不意に友軍機からの通信が入った。


『ブラボー1聞こえますか? 応答願います』


「フィロソファー?」


『よかった御無事のようですね。

 まぁ、御無事でなくなるのはこれからのようですが……』


 落下するコウキのゴスペルをフィロソファーのゴスペルが拾い上げようとした物の推力が足りずに落下。

 このままでは両者共に大気圏突入時に死亡する恐れがある。

 スフィアブロックには真空による断熱効果も存在する為に充分に耐える事が出来るが落下の衝撃は免れない。


「言ってる状況かよ! 他の皆は?」


『残念ながらデンドロンは……』


「……このままじゃ地表に激突だ。

 何とかして海へと落下地点を修正する」


 サリンジャー達の機体は太平洋へ落下する位置に着けていたが、コウキ達のゴスペルはオーストラリアへの直撃コースである。

 推進剤を噴射する事で軌道修正を試みるが運動量が不足している為か誤差の範囲でしか調整出来ない。

 このままでは両者共にオーストラリアの陸地へと激突する事になるだろう。


『ところでお聞きしたい事があるんです。

 貴方は何故好き好んでこんな場所へ?』


「雑談なら後にしてくれ」


『地球は火星の敵対勢力でしょう?

 貴方は敵である地球人の為に今こんな目に遭っている』


「俺は地球軍と戦った、だが、地球人と戦った覚えはない。

 これで満足かよ?」


 フィロソファーのゴスペルがインパクトアサルトを構えるとコウキのゴスペルへとロックオンをかける。


『えぇ――大変満足した答えを頂きました』


「フィロソファー!?」


 インパクトアサルトの掃射がゴスペルを捉えるとその衝撃によってコウキの機体は大きく軌道を変えて落下軌道に入った。

 慌てたコウキは落下予測値を再計測、太平洋への落下軌道に入った事に気付き顔を顰めた。

 気を取り直して地表降下用のパラシュートを開き落下速度の減速を試みる。


 EVC用のパラシュートとはいえ大気圏外からの降下用には作られていない。

 重力加速度によって加速を続けるゴスペルのモニター越しに太平洋の海面が迫りつつある。

 コウキはゴスペルのインパクトアサルトを海面に向けて乱射すると、先んじて落着した弾体が大きな水柱を立ち昇らせた。


「Give it a shot!」


 落着と同時に伝わる衝撃波が船体を揺らすと慣性制御機能が全力で稼働を行ない衝撃を相殺させる。

 海面からの衝撃がコクピット内に伝わるとコウキは本日二度目の意識喪失を経験する事となった。




 太平洋上に浮かぶ一大人工島、メガフロートの周囲を巡回していた無人巡視艇が彼を発見したのは翌朝の事であった。

 四方3㎞のフロートユニットを繋ぎ合わせる事で建造されたここメガフロートは太平洋を移動可能な橋頭堡である。


 主に無人艦艇に対して補給活動を行なう為のプラットフォームの役割を果たし、後に研究開発地域として流用され。

 太平洋紛争による国土の荒廃で行き場を失った日本人もここメガフロート米子区の住人となっていた。


 意識を覚醒させたコウキは自らが開放されたコクピットスフィア内に宙吊りになっている事に気付きベルトを緩める。

 途端に襲い掛かる重力に敗北して甲板へと落下すると頭部をしたたかに打ち付けた。


「Damn! 踏んだり蹴ったりだぜ」


「翻訳機の調子がおかしい? Aello?」


 男が顔を上げるとそこには極めて開放的な衣服に身を包んだ日本人の少女が傍らに立っているのを視野に入れる。

 火星の公用語は英語なのだがコウキの放ったスラングは翻訳アプリを通っても自動翻訳されることはない。

 困惑している少女に対してコウキは手を挙げて無事を伝えると、仲間の姿を探した。


「助かったよ。俺以外の漂着者は?」


「あ、通じた。私の名前はヨウコ、よろしく」


「ん、あぁよろしく……悪いが時間が惜しい。

 今何日だ? 戦闘はどうなった?」


「今日は7/11、戦闘? 一昨日の事件の話?」


「事件だって……?」


 戦闘中に日を跨ぎ地球時間では既に2日が経過しようとしていた。

 各国首脳部は事前に宣戦布告を受けていながら対応が遅れた事を封殺する為に戦略核搭載衛星による事故だと発表。

 革命軍はヤミン帝国の攻撃を受けて、首脳部に更なる非難を浴びせ暴動の過熱化に発展していた。


 第一次宇宙戦争でそこまで過熱化することのなかったのはレベリオの戦略によるところが大きい。

 過去の火星軍は民衆への無差別攻撃を避け、地球軍の基地のみに対して的確な攻撃を加えていた。

 その為に地球の民衆は火星軍の実力をよく把握する事なく戦争を終えてしまったのだ。


 対してヤミンは一昼夜に及ぶ戦闘行動によって地球の民衆に火球を降り注がせる一大天体ショーを見せ付けた。

 これによって根強く残っていた抗戦派すらも途端に非戦派に鞍替え、宇宙への敵意を完全に失ったのだ。

 巡視艇の甲板に吹き上げる水飛沫をコウキが掌で拭うとおぼろげに見えるメガフロートの姿を眺める。


「君宇宙から来たでしょ。重力は平気?」


「人工重力下で生育を受けてる。問題ない。

 それよりあれはメガフロート?」


「そうだよ。中々のモンだろ」


 メガフロートは第一次宇宙戦争が開始される以前から宇宙の各企業が出資を行なっていた施設である。

 元々セントラルタワーと呼ばれる塔を建造して、ロケットの打ち上げ基地や軌道エレベーターの基底部となる予定であった。

 しかしながら各国との利益調整が上手くいかず計画は頓挫、海上移動基地として再利用される運びとなったのだ。


 胸を張るヨウコを余所にコウキはメガフロートの建造にコスモポリタンが出資を行なっていた事を思い出した。


「ところで君はこの船の船員なのか?

 それにしちゃ随分とラフな格好だけど……」


「こ、細かい事気にすんなよ」


 無人の巡視艇に乗り込んでいたヨウコは密航を誤魔化すと、その場を取り繕うように愛想笑いを返した。




 紺碧の空から照らし出される太陽光が海面に降り注ぎ反射光を船底へと照らしている。

 空を見上げてみても遥か遠くの宇宙空間では戦闘が行われているとは思えないほどの静けさだった。

 この深い青が宇宙で繰り広げられている現実を覆っている天幕のような物なのかもしれない。

 コウキは空を天蓋に覆われた火星の空を思い起こすと、自嘲めいた笑みを零した。


(……通信)


 端末を懐から取り出し通信を試みるが衛星の復旧が完了していないのか不通になったままである。

 やがてメガフロート港湾区域に巡視船が帰還すると、波止場の係留ポイントに船が固定された。

 先んじて船から飛び降りたヨウコを追って船から飛び降りたコウキは慣れない重力の慣性によろめく。


「大丈夫? なんか酔っ払いみたい」


「これだから重力圏は嫌なんだ」


「ロボットシティメガフロートへようこそ。

 私は港湾地区行政担当官アシスタント ベルカです」


 軽快に歩き寄ってきた人間にコウキが目を移すとあからさまに奇抜な色彩で着色された頭髪の女性が立っていた。

 周囲に見渡すと港湾内の作業に従事していると思しきロボットが黙々と作業を続けている。

 火星では見慣れた光景だが、地球で同程度の環境が存在していた事にコウキは眉を上げた。


「どうよ。メガフロートはロボット工学の最先端なんだ」


「へぇ、地球人も意外にやるもんだな」


「愛想のない反応だなぁ」


 火星や月の企業からの出資を受けているとあって、メガフロートはある種の経済特区として機能。

 法令の内容は火星に近く、ロボットの所有を個人のIDに紐付け、労働代行によって得られる剰余を再分配している。

 分かり易いテクノロジーの恩恵を受けている住民がアンチサイエンス運動などに傾倒する筈もなく。

 閉鎖環境での自給自活体制を目標に掲げている事から輸出に依存した近隣窮乏策も取っていなかった。


 結果として地球各地で発生している暴動等も火星の民衆と同じく、遠い世界の話でしかないのだ。


「ベルカ、生きている通信衛星は?

 端末が通じない……」


「端末? スマホじゃん。

 あ、スマホでもないね。デザインダッサ」


「実用性があればいいんだよ。こんなもん」


「しばらくお待ち下さい……コウキ様ですね?

 HAL-01からの伝言を再生します」


『コウキ、詳しい情報は送信した報告資料を確認して下さい。

 チャーリーチームは米国へと降下中、全員存命。

 キュニコスは欧州へと墜落、被害多数。

 現在、チャーリーは米国から救助に向かう予定です』


 欧州のコスモポリタン支社からメガフロートへと転送、ベルカの通信機能が中継器となってコウキの端末へと送信された。

 ノクティスは無事だったようだが、火星軍の重巡洋艦エリタニアとキンメリアが大破判定を受けている。

 キンメリアは旧式艦とは言え火星軍の主力艦の一つであった事から火星軍の被害も相当な物に登るようだ。


(これでは火星軍の対応も鈍いだろうな。

 木星圏に探査機を送り込んで位置を特定。

 奴等の第二陣はUNKNOWNのデータからEVC生産速度を逆算……)


「戦争してたって……マジ話?」


「どちらにせよ。お前さんにゃ関係のない話さ」


 コウキがそういうなり両腕を上げるとヨウコはぷすっと頬を膨らませて威嚇した。


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