第53話
ノクティスが遥か彼方から飛来するEVCノイズの機影を捉えた時には全てが遅きに逸した。
ノイズは一瞬にしてノクティスと交差すると地球への降下軌道に入り、そのまま大気圏へと突入する。
断熱圧縮の効果は機体表面までしか到達しない為に幾重にも真空を重ねた積層断熱(Laminated insulation)装甲によって耐え切るとノイズは地表面上空で炸裂。
ハイドロゲンブレッドの閃光が地球上が包み込むと、遂には人類史の崩壊が始まった。
「Holy shit!」
「何が始まるんです?」
「第二次宇宙戦争だ。EVCをあるだけ出撃させる。
作業用のEVUでもなんでも良い……総力戦だ!」
船外の状況をモニターしていたコウキは逸早くパトリアの動きに気付きフィロソファーを押し退けてゴスペルへと跳躍した。
宇宙で利用するレーダーの有効範囲は地上のそれよりも広いとはいえ1秒間で3万㎞で進むEVCなどまともに捉えられない。
コウキが滑走路へと向かう間に緊急事態を告げる赤色灯が点灯、次々にパイロットがEVCに乗り込む。
1秒間のロスで地表の被害は増していく、コウキは計器の安全チェックをカットしてガイドレールにホイールをセット。
ノクティスの中央船室から通信が入ると、コウキは手元の計器を操作して出撃を敢行する。
「コール:ブラボー1、外壁の開放を求む」
『了解した。未確認のEVCと思われる機影を複数確認。
そちらのレーダーでも確認してくれ』
ガイドレール上を走行してゴスペルが宙域に射出される、コクピット内のレーダー光点は弾体と錯誤するほどの量で埋まっていた。
木星の豊富な資源を活用して自己複製を行ったEVCを地球へ向けて射出しているのだ。
地球へと接近する1万機のノイズの内モニター上に表示されるのは僅か数千にしか満たない。
(まずい、作戦を考えないと……)
『こ、こちらノクティス……本艦進行上のEVCを……いや駄目だ。
駄目だ、逃げ場がない! 誰でもいい何とかしてくれ!』
「デブリだ! こちらブラボー1、ノクティス応答せよ」
進路上に立ちはだかったコウキのゴスペルに向かって、ノイズが進路を捻じ曲げ追尾体制に入る。
装甲を弾体代わりに剥離させるとゴスペルが応射によってその装甲を弾き返す。
しかし速度のついた質量の運動エネルギーは最早EVCの弾頭程度では抑止不可能な程にまで加速されていた。
コウキは軽く舌打ちすると回避運動を優先させバランスを失って自転するノイズを横目に交差した。
パイロットが搭乗しているのであれば、この速度域まで加速する事は不可能である。
ノイズの機体サイズが小型で動作も単調である事から極限まで軽量化している事が窺える。
『艦長のシンサイクだ。
只今より本船全てのブロックを射出する。
射出後のブロックを防護壁に、敵EVCの迎撃に移れ』
「Good job!」
『まるでインベーダーゲームだな』
『歳がバレるぜ。オッサン』
追走してきたサリンジャーのゴスペルがオッツォの搭乗するゴスペルの頭部を叩く。
ノイズの1体がノクティスの居住ブロックに直撃するが、その質量の差から僅かに震動するだけに終わった。
更にはノイズには推進剤が少量しか搭載されていない為に迎撃弾に触れたノイズの破片が敵機を巻き込んでいる。
回避運動といった物は最初から考慮していないようでEVC部隊にも余裕が戻ってきた。
それとは裏腹にコウキの表情はなおも険しい物へと代わっていく。
『こちらミスパル、おかしいですね?』
「全機、周辺の宙域を警戒してくれ。伏兵の恐れがある」
『ダメ押しがきなすったぜ!』
側面から接近してくる艦船からEVCが射出される、十字砲火に晒された兵団を幻視してコウキは大きく舌打ちをした。
(確率では天文単位――早々当たるもんじゃない
確率では天文単位――)
「タケル、君には二つの選択肢がある」
ハレルヤに向かって追尾しながら無数に飛来するノイズの群れを辛うじて回避しながらタケルは集中する。
光学兵装は熱量によって使用不能となり、質量兵装の弾体も無限にある訳ではない。
タケルはコウキから教えられた言葉を自らに言い聞かせるように復唱するとBADから声をかけられ我に返った。
「ESCBの再装填が完了したなら即応射撃を……」
「冷静になれタケル、後方の旗艦は最早限界だ。
どちらを救うか選択する時が来た」
「地球の人々を見捨てろって言うの!?」
BADの口振りにタケルは反論するとモニターを睨みつける。
続けて近隣に存在する艦艇や前線に射出したTAUによるデータリンクによって得られた情報が表示される。
三次元レーダーを埋め尽くすほどのノイズの群れが絶望的な戦況を示していた。
このままリバイバルと大気圏内に避難すれば、地表にしか効力を及ぼさないノイズによる核攻撃には耐えうる。
しかしそうなれば核融合弾による落着によって億単位の死傷者が増加するだろう事は明白であった。
だがそれはノイズの核融合弾全てが都市部に落着すればの仮定である。
「この場で引いても地表は助かるかもしれない。
この場で引かなければ誰も助からないかもしれない」
「BAD、答えはわかってるんだ。
デルタ1よりリバイバルへ」
この場にイーリアがいれば鼻で笑われてしまうような選択肢かもしれない。
しかしタケルはこの絶望的な状況において覚悟を決めた。
「僕の事は気にせず。艦を後退させてください」
『リバイバルより、デルタ1へ。幸運を祈る』
取り返しのつかない選択をしたタケルは思わず失笑すると前を見据えた。
無数の敵に囲まれた絶望的状況にあって、頭によぎるのはこの絶望的条件下で戦い続けてきたコウキの事である。
ノイズの破砕片がハレルヤの肩部装甲に衝突する音が震動を通してコクピットスフィアへと伝わる。
「両方助ける――それが僕の答えだ!」
その瞬間ハレルヤのコクピット内に表示されるコンソールに見慣れない文字列に溢れ、秘匿機能が開放されていく。
BADがかけていた制限から開放された電子ビームを供給するユニット“メサイア”に特殊弾頭が装填される。
磁力によって浮遊する球状弾頭に電子ビームを照射、角運動量を蓄積させていく。
亜光速に達した球状弾頭がハレルヤから投射されると放射状に散開、放射線状に存在したノイズを一挙に破壊する。
更には破砕されたノイズの生み出したデブリがケスラーシンドロームを引き起こして自壊を誘引した。
「そうこなくてはな!」
「BAD! 地球人の意地を見せてやろう!」
「OK buddy!」
自らの後ろに守るべき者達が存在する、この時タケルは始めてコウキを身近に感じる事に気付いた。
MPU ハレルヤ
ヴィルトゥオーソが開発したレンズサーリング効果実験機、第一次戦争による技術的フィードバックによって遠近双方に対応可能な機体。
主な武装は電子サイクロトロン加速器を利用したESCBと呼ばれる高出力の荷電粒子砲である。
通常EVCの多くは電力の多くを母艦からのレーザー給電システムに依存しているがハレルヤには小型核融合炉を内蔵している為に単体で光学兵器を利用可能。
また特殊な球体を電子ビームで加速することで起爆させるオーブスロアーに類似した球体榴弾も装備している。




