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ぼくらのコスモポリタン  作者: 01
燻ぶる火種
52/65

第52話

 火星の巡視船ノクティスにある中央船室では艦長のシンサイクが地球圏に進路を向けていた。

 この艦艇は体面上は巡視船ではあるが実質的には火星で新造された新型高速戦闘艦の一つである。

 地球の軌道上の防衛任務に当たっている地球軍の艦艇はリバイバルしか存在しない為に相互取り決めによって派遣されたのだ。


 ラグランジュポイントまで後退した地球方面軍ケルベルスからの通信を捉えた通信手が顔を上げ報告した。


「シンサイク艦長、ダンドネル中将からの通信が入りました」


「繋いでくれ、秘匿回線」


 地球―ラグランジュポイント―月間にはレーザー通信網が整備されており、月面開発の初期段階に於いて活用。

 地球から月への通信リレーを用いる事で月面に派遣した遠隔操作EVUを地球から稼働させる事が出来た。

 現在でもその通信網は生きており、中継コロニーを火星の企業連合が所有している事から火星軍も利用している。


『こちら地球方面軍ダンドネル。

 火星からの長旅、御苦労だった』


「はい、ラストプリズンに収監されていた。

 大尉の救出にも成功しました」


『“御客人”に失礼のないように頼む』


「その件に関してなのですが……」


 火星軍が海賊船の拿捕程度に最新の戦闘艦とEVCを送り込んだのは偶然ではなかった。

 コウキはメナエムとは血縁関係にはないが私生児という形で登録されている。

 有り体に言えばコスモポリタン会長の息子という社会的立場にある以上、火星軍も無視する訳にはいかなかったのだ。

 シンサイクはコウキの身柄の確保と火星への送還を任務としていたが、ここに来て言葉を濁した。


「どうしても地球へ向かいたいと送還を拒否されました」


『それではまだノクティスに同乗していると?』


「はい、その上で私と中将との交信を見越し。

 木星への監視を強めて欲しいとの嘆願を受けました」


 シンサイクは心底辟易した表情でダンドネルのケルベルスに向かってゴールドマインから得られたデータを送信。

 更にパトリア.Indとの繋がりを証明したデータを送信すると、ダンドネルは火星軍総司令部が喉から手が出るほど欲していた証拠が思わぬ場所から出た事に驚嘆の表情を浮かべる。


『なんという事だ』


「御客人の推測が正しければ――」


 一方ノクティスの格納庫内では火星軍の所有するゴスペルのコクピットスフィアにコウキが乗り込んでいた。

 ゴスペルのジャックインに自らの端末を差し込むと動作プログラムの修正を開始する。

 自己分析型構文生成AIによるラグドールプログラムの最適化を終えその行動を見咎めたサリンジャーが声をかけた。


「コウキ、何をやってるんだ?」


「今度の敵は木星ですよ。サリンジャーさん」




 パトリア.Indの所有する艦船であるクレオールが太陽からも程遠い宙域に漂っていた。

 中央船室にはヨハンがただ一人腰掛けており、自動化された航行装置が小惑星帯に存在する小隕石から回避運動を取る。

 しばらくするとフィルムスクリーンが明滅、デクスターの映像が中央船室に投影された。


『いよいよ始まるな……』


「えぇ、レクイエムの強奪には失敗。

 しかし既に充分な戦力は確保しました」


『地球の防衛力は想定以上のようだが計画に支障は?』


「この程度であれば、誤差の範囲です」


 海賊行為を火星のみならず地球圏でも散発的に行わせる事によって戦力の集中を阻害させる。

 火星軍の高速戦闘艦による機動力に各地に展開した海賊戦力は想定以上の速度で殲滅されてしまった。

 しかしその失策すらもヨハンの計画の妨げになるほどの事態ではなかった。


 眼前のフィルムモニターがクレオールの光学観測映像へと変更され、流星のように曳航線を引きながらEVCが飛来する。

 その速度RS・30000㎞/s、木星圏に存在するパルスレーザー照射によってEVC“ノイズ”が加速。

 折り畳み傘のようなソーラーセイルを背部に装備、加速度に耐える為に全ては無人化されている。


「さぁ、人類を石器時代に戻してさしあげましょう」


 その動きを始めに捉えたのはアステロイドベルトを巡回する火星軍の船籍である。

 船員はそのEVCの群れを観測して、まずは備え付けられた観測機器の故障を疑った。

 次々に捕捉されるEVCが数を増やす毎に非常事態である事を感知、最高強度での緊急通信を火星本星へと送信する。


 だが、そういった通信手段や報告は最早無意味である、EVCノイズは光速の10%という速度で宇宙を移動している。

 その上木星の公転軌道は地球との最接近時には最小距離で5億㎞まで地球に接近するのだ。

 従って最接近期を狙って侵攻を始めたノイズは僅か5時間で地球圏へと侵攻する事を可能とする。


 対して地球と火星の最小距離は7800万㎞である為に、通信が届いた所で艦艇の派遣は不可能なのだ。


「テディどうしたんだい?」


「パパ電話が繋がらないよ」


「そんなバカな、衛星電話に買い換えたばかりなのに……」


 地球の衛星に対するEMP攻撃によって地上の通信網の一部は麻痺、そしてホワイトハウスに一報が届けられた。

 それとほぼ同時に地上の一部放送域に地球への宣戦布告が届けられたのである。

 その内容は以下のような物であった。


 痛ましい宇宙戦争から経過半年が過ぎようとしている。

 そして今忘れ去られようとしている真実。

 それは先の戦乱が地球からの卑劣な先制攻撃によって齎された悲劇だという事を……。


 地球を省みよ。無知と貧困。終わりの見えぬ騒乱。

 それらを齎してきたのは誰か?


 私は今ここに予言しよう、地球人の蛮性が何時か必ずや自らの胸に剣を突き立てるであろう。

 欲望と蛮性を制御できぬ地球人から科学という名の剣を取り上げ正しき者の手で管理せねばならない。


 力を持つべき資格のある者を問え。

 知恵を持つべき資格のある者を問え。

 それは我々――宇宙人類である!


 今こそ虚飾と欺瞞に満ちた科学を自由・平等・博愛の精神の下で我々の手で管理するべき時が来たのだ。

 真の平和を掲げる者として――ここにヤミン帝国の建国を宣言する!


 なおも悲劇的な事に余りにも滑稽な演説の内容に地球側の首脳部がまともに取り合うことはなかった。

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