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ぼくらのコスモポリタン  作者: 01
燻ぶる火種
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第51話

 キュニコス号の船内に各機体が係留され、イーリア達はコクピットスフィアから与圧の終了した空間に身を晒した。

 ハルが遠隔操作を行いメンテナンス用のロボットを統括、補給及び整備点検を始めている。

 EVCから船内に降り立った3人の女達は円陣を組んで戦果を報告しあった。


「お疲れチャンドニー。

 凄い集中力だったわね」


「いえ、ハルちゃんがサポートしてくれなかったら、私にはとても……」


「でも何で、こんな船狙ったのかナ?」


「“こんな船”扱いはないでしょ……メルセデスさん」


 メルセデスの容赦のない本音に操舵室から姿を現したバズが久方ぶりの戦闘によって憔悴しきった表情で現れる。

 彼女が舌を出して誤魔化しに入ると、すかさずイーリアがメルセデスの頭を腕に抱き撫で回されるがままの状態となった。

 咄嗟に2人と距離を取ったチャンドニーはバズの後方から現れたウェールズ博士へと視線を移す。


「あ、どうも」


「すまない……皆さんには多大な御迷惑をおかけした様だ」


「? いえ、お構いなく」


 火星の制宙圏内において海賊活動は珍しい物ではなく主に積荷を狙った強奪が主流となっている。

 殺人を犯した場合は火星裁判所が動き、火星軍本体も対応可能としてしまう為に殺傷行為は稀にしか発生しない。

 ウェールズの思いがけない言葉に3人は顔を見合わせ曖昧な返答をすると、男は頭を下げ客室の方角へと戻っていった。

 首を傾げる3人を見かねたハルがメンテナンス作業から目を放すとカメラで視野を確保しつつ会話に加わった。


「さきほどの紳士とパトリア.Indとの間で取り引きがあったようです」


「話が繋がらないわね?

 それほど価値のある取り引きなのかしら?」


「私達にとっては見慣れた物ですよ」


「……益々わからなくなったわ」


 火星産の遺伝子合成動植物の持ち込みは厳しい検疫によって制限されている。

 その為ウェールズが持ち運んでいる遺伝子合成作物の地球への搬送行為は完全な密輸であった。

 地球には火星のような核融合発電所や人工合成作物、更には軌道エレベーターといった代物は存在していない。

 幾つもの開発計画や基礎研究は成された物の実用段階によって各方面から圧力が懸かり実用化には到らなかった。


 それは言ってみれば利権によるものだ。

 地球の砂漠化する環境も核融合によって生ずる電力で海水淡水化プラントに供給する緑化自体は難しい物ではない。

 しかしながら技術革新によって発生する生産性の向上はその増産力によって商品価格の下落を生む事になる。

 収益性の確保を求め技術革新その物を止め、商品単価の下落を阻止する為の技術研究その物を放棄してしまうのだ。


 地球では各国の法律によって禁止されている先進科学技術が火星へと持ち込まれ、基礎科学の飛躍的発展をもたらした。

 人類は宇宙という自由な空間を得る事によって、既得権益が科学技術発展の妨げとする為に生み出した法令を無効化。

 結果として地球と火星の間では取り返しのつかないほどの科学技術の格差が発生したのである。


「地球人には都合の悪い物を“運搬中”であるというお話です」


「なるほどね、そういうこと……。

 それなら何が何でも地球にお届けしなきゃね」


「イーリアさんが悪い顔してます……」


 ハルの裏を含んだ物言いに何かを察したイーリアは胸を張ってほくそえんだ。




 キュニコス号で割り当てられたEVCのメンテナンス作業を終えたハルはパーソナルデータの納められているPCへの受信信号を捉えた。

 ロボット内部には必要最低限の機能のみで他の端末と相互通信する事でその性能を強化させる。

 主にデータベースの集積と複雑な計算にはコウキの所有しているPCのパーソナルスペースを利用していた。

 少女は目を細めると口元からビープ音を鳴らし、自室に戻り仮想空間内へと転送を始める。


 PCの作り出した仮想空間の中には三次元空間が広がり、その場にはコウキのアバターが待機していた。


『聞こえるかハル? 遅延がそれほどでもないな。

 お前一体何処をほっつき歩いてるんだ?』


「現在キュニコス号に同乗させて貰っています。

 目的地は地球、到着日時は7/9」


 ハルは顔を合わせて早々仮想空間内部のコウキのアバターを縮小させると極めて穏当に対応を済ませる。


『おい、何で縮めるんだよ?』


「データベースの圧縮にご協力下さい。

 ところで、刑期はまだ終わっていないのでは?」


『ジャゴが刑務所毎、吹っ飛ばしちまった。

 今からゴールドマインで入手したデータを送るぞ』


 ハルからの嫌がらせに屈する事無くコウキは用件を終え、データを受領したハルは早速データベースの抽象化を実施する。

 AIは元来、言葉その物を学習してもその言葉に含まれる意味を明確に知る事は出来ない。

 人間が竜という創造上の生物を言葉の上でしか知り得ないようにAIは言葉の本質を理解する事が不可能なのだ。


 認識した映像を言葉によって曖昧な物に置き換えて、特徴と構成要素の加算・減算といった数式的処理を行なうのが抽象化処理である。


 例えば花の映像とワンピースの映像、植物と衣服という関連性のない2つの事柄を連想して花柄のワンピースを生み出す。

 言ってみれば膨大なリソースを必要とする組み合わせ問題の負荷を抽象化によって大幅に軽減する事が可能なのだ。

 トライシステムによる特殊な演算野を利用したハルはものの数秒で、情報からある“発見”を得る事に成功した。


「送金日時がパトリア.Indのプレスリリースを行なった時期と一致しています」


『内容は?』


「木星圏への進出に先駆けて開拓船団を組織した模様です」


 木星圏に存在する4つの衛星は氷を豊富に含む事から水素を推進剤として利用した試験探査が過去には行なわれていた。

 しかしながらAIを利用した惑星資源の捕獲が軌道が乗った頃には木星圏探査の規模は次第に縮小。

 レーザーによる光圧を推進に利用するパルスレーザー発信モジュールの設置を最後に開発は暗礁に乗り上げている。

 猜疑の目が向けられている企業の柄にもない冒険心に対して、ハルが違和感の閾値を超えるのも無理はなかった。


『計画の受注先を確認する。

 企業名のリストを寄越してくれ』


「まったく忙しない管理者ですね」


 火星で行なわれる全取り引きは自動化されており、誰にでも閲覧できる形で透明化されている。

 にも関わらずパトリアの取引記録には参照できない記録が幾つも存在、リストは穴の抜けた形で登録されていた。


『Fuck!』


「下品な言葉を使用するのは感心しません。

 しかし公式の取引記録であるリストに抜けがあるとは思いませんでした。

 一体どのようなマジックを使ったのでしょう?」


『ハル、0÷0の答えは?』


「そのご質問の答えは定義されていません」


『それが答えだよ。取引記録に無理数を使って監視から逃れやがった』


 一般的なプログラムは定義できない数を設定された場合、その構文を除外して計算を行なう。

 0除算の後に取引内容の数値を書き込む事で自動化されたAIの取引監視機能を無効化していたのである。


「ですが取引相手の社名も追跡は出来ました」


『“UNKNOWN”その物が社名だとはな。

 随分と猪口才な手口だぜ』


「なるほど、こういうのを同族嫌悪というのですね」


 コウキのアバターがハルに向かって襲いかかるも鎧袖一触、ハルは掌で払うと仮想空間からキックするのであった。

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