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ぼくらのコスモポリタン  作者: 01
燻ぶる火種
48/65

第48話

 “地獄への道は善意で舗装されている”


 文化の中心地とも謡われた芸術の都パリ、噴煙を巻き上げ朽ち果てた家屋からは絶え間なく銃声が轟いている。

 EUヨーロッパ連合の急進的な移民政策は自由・平等・友愛の理想に暗い影を落とした。


 海外から流入する移民達を優先して雇用する政策は、自国民をないがしろにする物に過ぎず。

 下駄を履かせる事で実現させた自由経済は移民を安い労働力として雇い入れる事による賃金圧力の低下を生んだ。


 更には多くの発展途上国は世界の工場としての機能から脱却する事が出来ないまま“貧困の固定化”と輸出貿易に頼りきった"貧困の輸出”を生んだのである。

 あたかも南米の麻薬産業が南米諸国の先進国化を妨げた“中所得国の罠”のように地球の経済を縛り付けていた。


「地球人は狂ってやがる」


 火星軍海兵隊所属のミュケースは地球の応援要請を受けて未だ地球の重力下へと縛り付けられている。

 地球の内情を自覚する内にミュケースは地球人の思考がますます分からなくなっていった。


 火星では様々な人種が混在しているが、全ての火星人は纏まった教育課程を受ける為に人種の差など感じた事などなかった。

 言ってみれば火星の女性達が“女だから”と言う理由で社会で下駄を履かされる事を侮辱だと感じるように自由平等の原則の下では特別扱いは逆差別に繋がりかねないのだ。


「ミュケース」


「レマリア、交渉の状況はどうだ」


「降伏勧告を続けているけど駄目、皆聞く耳持たないみたい」


 革命軍から投降した少女は火星軍の手引きによって双方の橋渡し役となっていた。

 強硬な抵抗を続ける革命軍は完全に引き際を見失っており。

 補給の途絶えた組織の多くは死兵となって連合軍に立ちはだかった。


『こちらジャックポット、マルス1応答せよ』


「こちらマルス1どうぞ」


『また例の奴が現れた。急遽応戦に向かえ』


「マルス1了解」


 ミュケースはレマリアに後方への待機を命じるとMH-1を構え、崩れ落ちた家屋の瓦礫でカバーを取りながら現場へ急行した。

 やがて眼前に見えてくるのは地球でも実践投入された地上戦用ゴスペル。

 EVCはふらついた挙動を見せると頭部から爆炎が立ち昇り、その場から崩れ落ちた。


「マルス1よりジャックポットへ! EVCがやられた!

 畜生、何て野郎だ!?」


 ミュケースは炎上しながら崩れ落ちるゴスペルから飛び降りる一つの影を視認する。

 MH-1の引き金を引き絞り乱射するが、その影を捉える事は出来ず銃弾は宙空へと消えていった。

 人間業とは思えない挙動で友軍の部隊へと影が飛び込むと次々と海兵隊員が薙ぎ倒されていく。


 驚く事にその男は戦地にありながら素手を用いて戦っていた。


「舐めやがって!」


 強化服に身を包んだ男がミュケースの保持していたMH-1を蹴り砕く。

 更には拳を振り下ろすミュケースの腕を素早くカットすると、それを振り払おうとする腕をも掴み取り。

 その場で上半身を捻りながら一回転、ミュケースは腕を交差された状態で地面へと引き倒された。


「殺しはしない。火星へ帰りな、インベーダー」


「お前は一体」


「俺の名はコミック――二度は言わねぇぞ」


 コミックと名乗った男は海兵隊員達の武装を破壊した後に、その場から掻き消えるように立ち去った。 




 フランス南部ガルトン川にかかる巨大な水道橋が崩落しているのをイクスラは上空から眺めている。

 紀元前19年頃に建てられたこの水道橋ポン・デュ・ガールも、時代の狂奔に呑まれながら遂に朽ち果てようとしていた。


 イクスラは終わりの見えない戦いに磨耗した精神を休め、手持ち無沙汰に掌を虚空に彷徨わせた。

 眼下に広がる田園風景は自動化されておらず、昔ながらの農法が今も受け継がれている。

 だが、火星で生まれ人工重力下で育ったイクスラにはそれが非能率的なものにしか見えず、無意識に溜息を漏らす。


「鉄の女が溜息など珍しいですね。スチームかな?」


「口を縫い合わされたくなければ軽口は慎む事だな、伍長。

 こんな高空では、お前のママも助けには来れない」


 部下の男に軽い脅し文句を加えると、男は口をチャックする仕草を見せて笑ってみせる。

 それに釣られて思わず笑みを零したイクスラの表情を見て、珍しい物を見たような声で機内の男達が騒ぎ出した。

 やがてオスプレイが連合基地内に降下すると、キャビンから兵士達が続々と地面へと降り立つ。


「イクスラ曹長こちらへ。

 ローメンス大佐がお呼びです」


「了解した」


 表情を変える事無くイクスラはそう答えると野営中の張幕へ案内された。

 張幕内では頬のこけた男がイクスラを出迎える。エリタニア艦長ローメンスである。

 彼は火星軍でも意見の分かれている地球で続く内紛を火星軍の介入により解決しようと主張する派閥の一つだ。


「重力圏での活躍は聞いている。イクスラ曹長」


「光栄です」


「今日ここに立ち寄って貰ったのは他でもない。

 “不可侵条約”についてだ」


 不可侵条約を火星から提案を受けた地球は調印を今年度中に行なうことを確約している。

 地球の軌道上から火星軍が撤兵する前に地球圏内に火星の影響力を残しておきたい。

 ローメンスは以上の意向をイクスラに語ると彼女に選択を迫ったが、イクスラの返答は思いがけず冷たい物である。


「私はただの一兵卒に過ぎません」


「今大戦において大きな戦果を上げている。

 君の見た地球の現状をレベリオ司令官に忠言して欲しい」


「それで何か変わるのでしょうか?」


 イクスラからの思わぬ反論にローメンスは言葉に詰まった。

 火星軍は自主防衛任務に着く自警団に近い性質を持つ為に上司・部下の関係が希薄である。

 それ故に上官からの命令であっても絶対のものではないのだ、ローメンスはデスクを指で叩くとイクスラの質問に返答した。


「我々が革命軍の排除に成功すれば、

 以降の地球・火星間の外交交渉に於いて優位に立てる」


「ローメンス大佐はフランス革命は御存知?」


「ん、あぁ」


 フランス革命が起きた要因とはなんであったのか、それは王権に対する不満などではない。

 “銃”という発明によって力の平等が確立した為である。


 力を持った軍に対して民衆が同じ力を持ちえた時、その統治体制が覆されたのだ。

 “人工知能”という発明もまた人類に知恵の平等を確立させたといえるだろう。


「地球人は今産みの苦しみに耐えているのです」


「何を馬鹿な、この血を血で洗う不毛な争いに一体何の意味がある?

 一体何が産まれるというのだ?」


 イクスラはゆっくりと目を閉じると思い直したように人差し指でローメンスの心臓を指し示す。

 女はその場で一礼すると茫然とした表情で佇むローメンスを置いて、そのまま無言で張幕の外へと歩き出した。

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