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ぼくらのコスモポリタン  作者: 01
月の女王作戦
41/65

第41話

 火星~木星間に存在する小惑星帯が太陽の光を浴びて、宇宙に浮かび上がる異質な物体が姿を現す。

 小惑星その物を船体として利用する事で兼ねてから製作されていた、全長3㎞を超える巨大戦艦セイヴ・ザ・アースである。

 慣性誘導によって接近してきた一隻の商船が暗号通信によって身元証明を行い、やがて艦内に寄航すると着陸を行った。


 着陸したブロックの気圧が調整されると、スロープから一人の白人青年が姿を現す。


「始めましてウェリントン司令官、私はパトリア.Indのヨハンです。

 如何ですか此の艦は?」


「素晴らしい出来栄えだ」


 ウェリントンは先刻の作戦が上手くいった事に気を良くして頬を攣らせながらそう答える。

 ヨハンを連れ添って中央船室へと向かう途中、軍施設には場違いとも思えるような集団に出会うとヨハンが疑問を投げかけた。


「あの方達は?」


「あぁ、次なる作戦に使うのでこちらで用立てたのだ」


 ヨハンは其処まで聞くと月や火星などを航行していた商船が、フッリーヤを名乗る武装勢力によって拿捕された話を思い起こした。

 とはいえ金の支払いさえ滞りがなければ、顧客がどのような事をやろうが知った事ではない。

 火星に国家がない以上外患誘致罪等も存在しない、パトリア.Indはこうした裏の仕事を積極的にこなす事で収益を伸ばしてきた。


 やがて中央船室のシャッターを潜ると、先行したウェリントンが椅子に座り側近に指示を出した。

 厳かに室内に運び込まれてきたのは金塊、前金として受け取った物を合わせればかなりの金額となる。

 ヨハンはセイヴ・ザ・アースのメインコンピューターに仕掛けたシステムロックの解除コードを手渡すとようやく取引が成立した。


「良い取引が出来て社長もお喜びになる事でしょう」


「月での作戦が終われば、また取引を行いたい」


「はい、今後とも当社の御愛顧を宜しく御願い申し上げます。

 それではウェリントン司令官殿、この場を失礼致します」


「うむ」


 ヨハンは連れ添ったアンドロイドに金塊を運ぶよう指示すると、商船の着艦した格納庫へと戻りスロープを昇った。

 船内では有事の為に連れて来た男が手持ち無沙汰にコインを無重力で回転させると、ヨハンの視線に気付き声を上げる。


「仕事は終わったのか?」


「えぇ、金払いの良い客で助かりますよ。

 尤ももう会う事はないでしょうけどね」


「何故そんな事が分かる?」


「“酸っぱい葡萄”ですよ。デクスター」


「イソップ童話か、確か狐と葡萄の話だったな」


 ある日狐が木の上に生っていた葡萄の存在に気付き、その葡萄を採ろうと挑戦する物の失敗。

 終には葡萄を採る事を諦めた狐はあの葡萄は酸っぱいに違いないと、葡萄に対して負け惜しみを言い放つ童話である。


「あの葡萄は酸っぱいのです」


「食べても居ないのに、何故そんな事が分かる?」


「アインシュタインをご存知ですか?

 彼が相対性理論を発表した時、かなりの嫌がらせを受けたようです。

 何故なら彼の理論は……」


「古典力学に矛盾していたからだ」


 新たな発見は何れ既得権益となり、最終的には侵す事の出来ない神話となる。

 その神話に立ち向かうことに捧げられた情熱、少なくとも木を昇ろうと2~3度飛びついた程度で諦める狐では到底不可能だ。

 出来る筈がないという神話、人間は合理性の名の下に可能性を一蹴、挑戦する事を忘れ現状維持に価値を見出すようになる。


「世界平和なんて出来る筈がない。

 火星殖民なんて出来る筈がない。

 人間という生き物は何時だって“葡萄を採らない理由”を探し求めるのです」


「100億人の人類など養える筈がない、だから処分する……か。

 確かに“負け犬の論理”だな」


「課題への挑戦は辛く苦い“酸っぱい葡萄”です。

 彼等のような怠け者が多いからこそ我々の利益になるんですよ、デクスター」


 ヨハンが悪魔的な微笑を零すと、船体が加速を始め宇宙を泳ぎ始めた。

 デクスターはコインを器用に指で弾き続け、やがてそれが球体に見えるまで加速させると彼も満足そうに笑みを浮かべた。




 火星の表面ルーツクレーターの中心部に存在するモニュメント、寂しげなそのモニュメントの傍らに男女が佇んでいた。

 小さく書かれた八重河 隆一の文字。光輝コウキは漢字を読む事さえ出来ないが、その名前だけは読む事が出来た。

 生まれてこの方出会った事のなかった、見ず知らずの父親の名前である。


「ここに来るのも久しぶりだな」


「日本の習慣では毎年お盆には墓参りをするそうです」


「盆って、sol.時間で何時だよ」


 火星にも季節は存在するが天蓋が存在する火星では四季の変化を感じる事は出来ない。

 ルーツクレーターが出来た頃は高度の低い底部でも0.3気圧ほどしかなかった為に、凍りつくほどの気温だったと記録に残るのみ。

 ハルが両手を合わせ祈るのを見てコウキもなんとなく真似をした物の気まずい雰囲気が流れる。


 何も彼等はこの有事の際に祈りに来た訳ではない、イニティウム深部中央にあるセンターへと足を運ぶと床板を靴で叩いた。

 やがて前方に見えてくるエレベーターに乗り込むと、メナエムから渡されたゲノムコードを入力。

 エレベーターはゆっくりと地下へと降下し始め、やがて最下層で静止した。


「こちらです」


 エレベーターのドアが開いた先には殺風景な光景が広がっていた、存在したのは部屋の中央に鎮座する円柱状の端末のみ。

 コウキがハルを連れ添って端末へと接近すると端末に電力が入り起動を始める。

 ハルは首筋に存在するジャックインに端末から延びたケーブルを接続すると、情報を端末へと送信していく。


『CALL NAME:HALよりデータの精査を完了。

 CODE:REQUIEM――開放します』


「これで私のお仕事は終わりです」


「……何も起きないぜ?」


「表に出れば分かります……しかし。

 血縁者で合格されてしまうと、余り意味がない試験のような気がします」


 ハルはそういうなり小首を傾げるコウキを置いてエレベーターへと乗り込み、やがてセンターの屋外へと足を踏み出す。

 すると先ほど眺めていたモニュメントの傍から地面がせり上がる様に持ち上がると、一機のEVCが姿を現した。

 外装が取り外されているので骨格のみの姿であったが、機械には似つかわしくない神々しさすら感じる。


「コウキ……これがこの場所にある理由は分かりますね?」


「あぁ、今、知った」


 火星で唯一立ち入りが制限されている中央部。このような場所に手の混んだ形で保存されているEVCが普通である筈がなかった。

 コスモポリタン本社から送られてきたトレーラーに整備員達がEVCを載せ始めると、コウキはハルと共に荷台に腰を掛けた。


「なぁ……ハル」


「はい、なんでしょう?」


「このEVCにさぁ、親父も乗ってたのか?

 だとすると親父は……」


「コウキ、顔を上げて下さい。

 答えはずっと其処にある筈ですから」


 コウキは自分の父親がこの機体に乗っていた事を受け入れられず俯いていたが、ハルの言葉にゆっくりと顔を上げた。

 トレーラーが走る先には緑の大地と風のさわめく音が聞こえる、見慣れた火星の景色が今日この日だけは違った物に見えた。

 それはきっと間違っては居なかったと信じたかった男は、ようやく人間らしく泣く事が出来た。


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