第4話
コスモポリタン船内に緊急事態を告げる放送が鳴り響く、それは船内技師達の臨時徴用も示していた。
コウキはスリープ状態にあったハルを再起動させると、モニターフィルムに映し出される。
メナエムの声に耳を傾けた。
『コスモポリタンの諸君、今まさに我々は不法を成す者の群れにより、自由を侵されようとしている……』
「どういう事ですか?」
「さぁね、俺にもわからんよ、ただ……」
『現時刻を持って平和的解決を図る為に本船は積極的防衛体制に移行する』
「少なくとも、昼メシを食う暇はなさそうだ」
UNIT-9が推進剤を放出し機体を加速させ、外装を排除された円錐状のヘッドに弓形のボディが急加速の慣性によって撓る。
イーリアは機体前面部にリフレクトエスカッションを展開し先制攻撃に備える。
その時イーリアはコスモポリタンが射線に入っている事に気付き、機体を傾けた。
「RS・23㎞/s、到達時間まで00:14」
地球軍艦艇は異変に気付いたのか、迫りくるUNIT-9にFELを照射する。
リフレクトエスカッションがレーザーを光共振器内で反射すると、敵艦のレーザー砲塔を逆に融解させた。
「ネイソン艦長! 敵EVCなおも接近中!」
「コスモポリタンより電信! 火星軍の捕虜が逃亡、機体を奪われたそうです!」
「そんな与太話を鵜呑みに出来るかッ! むしろ手間が省けた……全砲塔正面向け、発射!!」
徐に宇宙戦艦に備え付けられた、荷電粒子砲がUAV目掛けて発射される。
荷電粒子砲は加速したの電子を放出する兵器であるが質量が小さい為に装甲を打ち抜くだけの効力射は得られない。
UNIT-9はFELで弾体に向かって迎撃を加え、弾道を逸らしていく。
そしてイーリアは敵艦からコスモポリタンへ弾体が向かっていくのも横目で見た。
「あの方角はッ!? 貴方達はどこまでッ!」
コスモポリタンからも迎撃用レーザーがビームに向かって発射され相殺される。
その瞬間コスモポリタンの船体から激しい量の白煙が巻き起こり、船体を視覚的に隠蔽した。
宇宙空間での水蒸気はそれなりの質量を持ち、飛来する熱量・質量の威力を減衰させる効果を持つ。
「ゾルコロイドブレーン確認!」
「くッ……民間船は後回しだッ! EVCを狙えッ!!」
UNIT-9はインパクトガンを構え敵艦船に向かって掃射を始める。
「距離1000㎞到達、避けきれまいッ!
Чёрт побери!」
UNIT-9から発射される針状の弾体が発射される、着弾まで凡そ30秒。
EVCのような小型機であるなら兎も角、戦艦のサイズでこの攻撃を回避するのは不可能に近い。
そしてRS(相対速度)30㎞/s(秒速30㎞)の驚異的な相対速度が乗った弾体はいかなる強靭な装甲も容易く侵徹する。
宇宙の高速度戦闘に於いて迎撃以外の防御手段など無意味なのだ。
「第1・3・4・7・8ブロックから……通信途絶!」
「何だと!? それはどうい――」
真空に曝されたブリッジから、ネルソンの断末魔が聞こえる事はなかった。
事態収束後、コスモポリタン中央部では緊急で代表者達が集い、処断会が行われた。
各代表者の視線に先には事の発端であるイーリア。
そして彼女の視線の先には不快感を隠そうともしないメナエム艦長の姿があった。
「まず名前と階級をお答え願えるだろうか?」
「火星軍第二特別攻撃隊所属、イーリア・ソーンツェワ少尉であります」
「よくやってくれた、いや……よくもやってくれたというべきかな?」
「軽率な行動によって貴艦を危険に晒したことに対しては陳謝します、しかし……」
メナエムはイーリアの抗弁を遮る様に片手を上げ、傍にある椅子に手のひらを向け着席を促す。
秘書の女性は笑顔でイーリアに椅子を勧め、促されるままに彼女も着席した。
「宇宙条約 第2条 月その他の天体を含む宇宙空間は主権の主張。
使用若しくは占拠又はその他のいかなる手段によっても国家による取得の対象とはならない。君も知っているね?」
「はい存じております、しかし地球は火星での主権を主張し、占領手段を講じています」
「それは君達も同じ事だ、積極的自由防衛を計る為に火星の軍司令部は所有権限を逸脱している」
「……それは」
イーリアが反論する言葉を失い目を伏せると、室内の電灯が一段階暗くなる。
大型モニターフィルムに周辺宙域の航路が示される、目的地は火星。
「失礼した、君一人を問い詰めた所で意味がないことは重々承知している」
「……はい」
「宇宙救助返還協定の救助義務に基づいて君を必ず火星へ送り届けると約束しよう」
「!? 寛大な処置を与えて下さり感謝します」
まさか穏便に済むとは思っては居なかったイーリアは、深々と頭を下げると代表者達に謝礼を述べた。
ECT-O FEL(Free Electron Laser)
出力1Mw超をカバーするレーザー兵器。
SASE方式を採用する事により共振器の交換を必要とせず連射可能。
大抵の艦船及び機体には備え付けられており、高い精度でミサイルやデブリなどを自動で迎撃する反面。
鏡面によって入射角に正確に反射されると(ダイレクト・リフレクション)砲台その物が破壊され使用不能になる。
この時代の宇宙戦闘では、これらのレーザー砲台を無効化することが戦術上の命題となった。
当然の事ながら輻射放熱しか出来ない宇宙空間でレーザーを放つ行為は自機も融解の危険性があるので、最小出力でも1分程度が限界である。
小型のデブリに対しては0.1秒照射するなど、極めて短い時間に照射するのが基本的な使い方となる。
EVCの電力供給はレーザー送電方式とマイクロ波による外部充電方式を採用している。