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ぼくらのコスモポリタン  作者: 01
メレフ攻略作戦
36/65

第36話

 地球の公転軌道を回り続けていた、火星軍旗艦ケルベルスに接近する宇宙船舶から通信が開かれた。

 搭乗していたのは火星軍総司令官レベリオ、秘密裏に宇宙港から打ち上げられた観光宇宙船に紛れ帰還に成功したのだ。


『こちらユートピア、司令官殿のお帰りだ。

 パレードの準備を頼む』


「こちらケルベルス、直ちに格納庫を開く

 シャンパンの用意が済むまで、その場で待機せよ」


 司令官の無事を伝える吉報にダンドネルの指揮する中央船室では、司令官の帰還に歓声が巻き起こった。

 ダンドネルも肩の荷が下りた様子で司令官を出迎える為に、中央船室から格納庫方面へと向かうと気圧調整を待つ。

 やがて格納庫へと着陸した観光船が係留されると気圧調整が終了、スロープからレベリオが姿を見せる。


「待たせたな諸君」


「お待ちしておりましたレベリオ司令官、御怪我はありませんか?」


「重力圏のお陰で少々ダイエット出来たかも知れんな。

 まぁ、戦闘艦の加速度に比べれば手緩いものだったよ」


 ダンドネルはレベリオに声をかけると司令官は軽口を交えながらその言葉に答えた。

 両者はそのまま会議室へと足を運ぶと、通信傍受の危険がなくなった事でより堅密な情報交換を行い対応策に追われた。

 そこで明るみになったのは暴徒達の資金源や銃器などの装備の仕入先などについてだ。


「地球の革命軍と宇宙の叛乱軍。

 大元の供給源は同じだと見ても良い」


「自分達で火を着けて回って、消火器を売りつける訳ですか」


「とは言え、革命軍に関しては内政干渉だ。

 我々は警察ではないのだからな」


 レベリオはそう言うと水を口に含んだ。位置エネルギーの優位を維持し続ける限りにおいては、火星の優位は揺るがない。

 何しろ地球から宇宙に兵力などを大量に打ち上げるには多大なコストがかかる。

 その上火星軍は船舶が脱出速度に達する前に簡単に撃墜出来るのだから、地球の兵站線は完全に絶たれたと見てよい。

 月で戦艦を建造して購入した所で兵員の補充が出来ないのならば無意味なのだ。


「叛乱軍掃討の進捗は芳しくないようだな」


「はい、ですが奴等の目的は幾つか掴めています」


 ダンドネルは先刻行われたメレフ小惑星の掃宙結果から、処分仕切れなかったと思われる幾つかの記憶媒体を入手した。

 それは艦艇の配分や兵員の配属艦などについて書かれていた物である。

 叛乱軍が戦力を二分するのを得られた情報から確認したダンドネルは、地球への総攻撃はない物と見た。


「まず考えられるのは火星の軌道エレベーターの破壊。

 もしくは月面への攻撃だと思われます」


「成る程、こちらの兵站線を断ちに来るか、定石だな」


 監視衛星の多くは無人化した物だが、地球の公転軌道に火星軍が駐留するのにも限界がある。

 弾薬は唸るほど備蓄があるが火星軍からの補給船や月面都市の倉庫から、酸素・水・食糧などを補給する必要性があるのだ。

 ともすれば、叛乱軍は何とか火星軍の艦艇を地球の公転軌道上から引き剥がす必要がある。


「捕捉している叛乱軍の艦艇に動きが見え次第、対応する方針です」


「ん? 後手に回る事になるが良いのか、ダンドネル」


「宇宙空間では反転するのに、倍の推進力を必要とします。

 奴等の旧式艦よりも我等の高速戦闘艦の方が優速ですが……」


「こちらから先に動くと反転中に抜けられるか……ではそれでいこう」


 ダンドネルは自らの尊敬するレベリオから自分の提案が容認された事を受けて、実に誇らしい表情を浮かべた。


 レベリオはその様子を見て微笑ましい気分になったが、思い直した様子で意外な言葉を告げた。


「――地球との不可侵条約を締結する」




 地球には限界が訪れていた。しかしそれは地球の滅亡を指す言葉ではない、単に人類の限界が訪れるだけに過ぎない。

 千年後も変わる事無く地球は銀河系を回り続けるのだろう、だがそこに人が居るかどうかは全く別の問題である。

 単なる質量構造物である地球は太陽の引力に運命を任せるのみ、勝手に住み着いた生物の事など慮ってはくれない。


「不可侵条約?」


「はい、ネットワークでそのような記事が掲載されています」


 レベリオが地球から収集したデータは何も革命軍の事ばかりではなかった、その中には地球の気象や大気のデータも含まれる。

 地球では未だに地球温暖化という言葉が広く使用され、それはある種の誤謬を生み出していた。

 人間が生活習慣を改めさえすれば地球の環境は改善するという儚い共同幻想である。


 ハルがネットをクロールして手に入れた情報をコウキに伝えると、彼はそうかと一言だけ呟いて自室から表へ出た。

 表情を変える事はなかったが、思わず安堵の溜息を漏らす。

 この状況での不可侵条約の締結は一見痛み分けにも思える提案だが、火星側にはメリットがない。


 地球軍は戦略的に火星に勝利する事は不可能なのだから、火星が地球の侵略を継続する口実を失うだけだ。

 だが、火星軍はこれから終わろうとしている星に、大量の資源を投下する意味もまるで見出さない。

 火星は元来戦争や紛争という物に興味がない、火星の質量を増やす事でより良い星を作り出すという確固たる目標がある。


 コウキもまた地球人の考えがまるで理解できなかった、危機感が欠如して運命に身を任せる地球人が異質な者に見えたのだ。


「おまけの人?」


「それまだ引っ張んの?」


 船室を出たコウキはコスモポリタンの船室を繋ぐ通路で、アクリルガラスの前に立ち地球を眺めるステラと遭遇する。 

 アクリルガラスは分厚い二重構造で合間には放射線遮蔽用の粘性の高いゲルが注入されており、稀に景色が歪んで見えた。

 ステラはコウキの姿を確認すると、興味なさげな表情で再び宇宙の光景を見下ろした。


「……綺麗」


「地球が? 随分と茶色いぜ?」


「星は皆、綺麗だよ」


 ステラは不服そうな顔をコウキへと向けると、青年は緑があるから綺麗という人間本位の価値観を思い知らされ反省した。

 彼にとっては既に見飽きた景色ではあったが、彼女にとってはそうでもなかったようだ。

 少女は暇な時などはこうして星の見える場所に佇んでは、代わり映えのない景色を見つめる事が多かった。


「宇宙が好きなのか?」


「うん」


「へぇ、変わってるな。

 この窓を隔てた先の空間は死の世界だってのに……」


「それが良いの、私が生きてる事を実感させてくれるから」


 ステラが唐突にアドレナリンジャンキーのような事を言い出すので、コウキは面を食らってしまった。

大航海時代に大海原に帆を上げた船員達のように、未知に対する探究心が人一倍強いのかもしれない。

 この窓に移りこむ星々を全て巡るとしたらどれだけの時間が必要となるだろうか等と途方もない事を彼も考える。


「ひょっとしたら頭の手術を受けた時の後遺症かも知れない」


 畳み掛けるように重い事実を事も無げに言い放つステラを見て、やはり変わってるなとコウキは確信した。

 その時、船内の照明の色が変わり船体加速を示す警告灯が点灯すると、緩やかな加速Gによって床となる壁に足をかける。

 戦力を2つに分ける為にコスモポリタンと火星軍の艦艇に相対速度を合わせる様だ。


「手術? 重い病気だったのか?」


「運命だからって――諦めたくなかったから」


 ステラはそう言うとコウキをその場に置いて格納庫へと歩き出す、そんな少女の後姿を見て青年は少女に対し親近感を感じた。


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