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ぼくらのコスモポリタン  作者: 01
メレフ攻略作戦
32/65

第32話

 冷たいパイロットスーツ内に汗が伝う、聞こえてくるのは自らの鼓動と時折聞こえるデブリとの接触音のみ。

 大型の粒子加速器を携えたクレアーレ Ind.製 EVC オラトリオは、時折モーメントによって姿勢を修正しながら宇宙を奔る。


「シミュレーターと全然違う……こんなの何にも見えないじゃないか」


『デルタ1、バイタルサインに乱れが生じている。

 治まらないようであれば、鎮静剤を経口せよ』


「大丈夫……大丈夫です」


 そういうとタケルは震えの治まらない指でスクリーンに触れ、前方から飛んでくる無数の弾体に息を飲んだ。

 人間では数える事すら一仕事になるような数から、自機に接近する弾体のみをリストアップする。


 一言で言えば彼は優秀であった。士官学校を首席で卒業後、士官候補生として少尉として任官すると現場への配属を志願。

 シミュレーターの点数は300.ptのパーフェクトを達成、EVCを手足のように操る少年を何時しか誰もが神童と持て囃した。


「ぐぅっ!?」


 オードの物であろう破砕片の接触音が、コクピット内に届くとタケルは思わず悲鳴を上げる。

 計器のコンディションを確認すると脚部装甲がごっそりと弾き飛ばされていた、反作用を逃す為に簡単に脱落する設計なのだ。

 彼にとっての最大の不幸は、RS・68km/s等という相対速度を練習するモードがシミュレーターにはなかった事だろう。


(し、正気じゃない! こんな速度でまともな戦闘になるもんか!?)


『エコー1よりデルタ各機へ。

 すまない、数機取り零してしまった』


『デルタ2了解、ようやく出番が来たようだ』


 タケルは慌てて顔を上げて眼前のモニターに目を向けると敵機の姿を探査。

 前方には先行するサリンジャーとメリンダが搭乗するマーチングの姿を辛うじて捉える事が出来た。

 その時一際大きな質量の光点が前方からオラトリオに向かい突進してくるのが見えると、彼は慌てた様子でトリガーを下ろす。


「早く!、早く!」


『デルタ1、兵装の選択を修正して下さい』


 コスモポリタンからのハルのサポートも今となっては、慌てふためく彼の耳には届いていなかった。

 オラトリオは粒子加速器を構えると加速器を作動させ、前方から飛来するオード目掛けてビームを投射。


『コスモポリタンよりデルタ1へ。

 少々機体のコントロールをお借りします』


 ビームは見事オードに命中する、しかしそれでは意味がない。

 荷電粒子そのものは質量が小さい為に敵の装甲に触れた瞬間、運動エネルギーの大半を失ってしまうからだ。

 オードは穴が空いた状態でなおもオラトリオに突進すると、距離500㎞先で近接自爆攻撃を仕掛ける。

 破砕片が到着するまでの猶予は7秒、AIの自動回避では間に合わないと判断したハルが機体のコントロールを掌握した。


 続いて緊急加速用スラスタが稼動すると、スフィアブロックが逆ベクトルに電磁誘導による稼動を行い慣性を相殺する。

 相殺しきれなくなった慣性をまともに浴びたタケルは、固定されたベルトに圧迫されながら小さな呻きを漏らす。


「あ、当たる!?」


 避けそこなった小さな破砕片をハルはFELで処理しようと推考するが、電力を先程の射撃に使用した為に使用できない。

 機体への被害を最小限に止める為に機体制御用の推進剤を惜しみなく噴射するが直撃、散弾を浴びたように穴を穿った。


 オラトリオは継戦能力を喪失したと判断、推進機を噴射させると後方から追走するコスモポリタン本船へと帰還した。




 ツィゴイネルワイゼンのTAUの防衛下にありながら、ミンネザングとセクエンツィアの2機は飛び出す機会を計る。

 先程から襲いかかる機体は友軍を追尾するオード編隊程度であり、縦横の推進力の勝るEVCにとっては楽な相手だった。

 コウキは手持ち無沙汰にインパクトアサルトの弾体を投射、オードに対して直接攻撃を行っている。

 宙域到達前に艦艇から投射した宙間爆撃がようやくメレフに命中したのがモニター越しに確認出来る。


「弾く素振りすら見せない」


『コスモポリタンよりブラボー1へ。

 こちらでも熱量反応を観測出来ません』


『こちらエコー1、FELを配備していないのか、或いは温存か……。

 どちらとも考えられるが、後者の可能性は高い』


 小惑星本来の質量があるとは言え、接近する他の小隕石を排除する手立てはある筈である。

 しかしながら、この小さな小惑星に小隕石が命中する可能性といえば宝くじが当たるよりも低い確率になるのだが。


 オードの編隊を抜けると、ミンストレルが散開して配備に着いているのが目に入った。

 操縦しているのはアンドロイド部隊、AIと余り代わり映えはしないが、電装系が落ちても手動で操作可能という強みを持つ。


『……これ嫌い』


 ステラのセクエンツィアが推進機に火を入れると、鳥が舞うように空間を飛び交いレールガンの弾体を回避。

 レールガンは弾速が早いが、速度の早い弾体を撃ち出すほどに反作用は強くなる。

 セクエンツィアがインパクトライフルを構え、次々に弾体を投射すると敵は避ける素振りすら見せる事無く被弾した。


「おいおい、プリインストールじゃないだろうな」


『御役所仕事なんてそんなものだよ。ブラボー1』


 アンドロイドは起動直後では赤ん坊とはまるで変わらない、最低限の動作と会話能力は保持しているがそれだけだ。

 経験による学習の積み重ねがなければ、物覚えが良いだけのPCと変わらない性能しか発揮できない。

 コウキはミンネザングのトリガーを引くと、インパクトアサルトのバースト射撃が飛来する。


 レールガンの反作用による反動からようやく抜け出し、体勢を崩したミンストレルが回避運動を取る。

 最適解しか取らない回避運動等クレー射撃の的にしかならず、誘い込まれたキルゾーンへと誘導された。


『コスモポリタンよりブラボー各機へ。

 敵TAUを複数確認――トラッドカスタムです』


「見るからに罠っぽいな、次は俺が先行する」


 ミンネザングが先行するとトラッド達の動きが僅かに後退、ロックオンが不可能なのを確認した戦列に動揺が走る。

 幾何学模様に整列したTAUの壁をコウキが光学観測によって確認すると一部だけ薄い箇所が存在するのを発見した。


『ブラボー1、そちらは罠です』


「That’s that」


 ミンネザングが胸部インパクトアサルトを用いてTAUを排除すると防御線を潜り抜ける。


 その瞬間トラッド達のインパクトガンが一斉射撃を行う、射線はミンネザングの進行方向へ向かい完全に逸れている。

 しかし弾体は一つの中心点に向かって外側から内側に向かって連射して放たれた偏差射撃だった。

 弾幕による虫取り網、避ける方向が存在しない攻撃を仕掛けることでミスパルはロックオン不可能なミンネザングを捉えた。

 ミスパルのメンバーの1人、チェスは勝利を確信するとミンネザングにチェックメイトをかける。


「上手く決まったなフィロソファー。

 君の言う通り、トラッドを選択したのが正しかった」


『失敗だチェス、散開を指示するんだ』


 弾幕に覆われる寸前にミンネザングは両手のアスカロンを稼動、機体の側面に固定するとMPDアークジェットを全力噴射。

 直線のベクトルは横からの力に対しては弱い為に、発生した噴流により容易に蒸発後、弾体を逸らす事が出来る。

 トラッドの弾速の遅さが逆に仇になる形となり、その隙を突いたFELの照射によって幾つかのトラッドの後部推進機を破損。

 コウキのミンネザングはトラッドの包囲網を抜け交差すると、脆くなった防御陣にセクエンツィアのインパクトライフルが着弾した。


「散開だ、トランプ!」


『あれがミンネザング、前情報の通り規格外の代物だな』


「あぁ、だが――必要最低限の仕事はこなしたよ」


 其処から急加速によってミンネザングに襲いかかる敵影、フレデリックの率いるエッジ隊の波状攻撃である。




 ミンネザングの腰部に備え付けられている2本のコンバットツール“アスカロン”は通常推進装置をして併用される。

 その大きさはミンネザングの機体ほどの全長、戦艦の推進機に匹敵する出力を持つ。

 ミンネザングのアスカロンは本来なら剣として利用する物ではなく、外部推進装置として利用される物である。


 電波探査・電子走査・赤外線に到るまで完全な隠蔽を行う、ミンネザング唯一の弱点が熱を発する推進装置なのだ。


『Gotcha!』


 フレデリックのIRHに、しっかりとミンネザングの機体がロックオンガイドされている。

 間髪を居れずにオーブスロアーを投射、回避方向を僚機と分担して予測する事でコウキの逃走経路を塞いだ。


『コスモポリタンより、ブラボー1へ。

 この状況では……』


「直進だ!」


『YES』


 敵機との距離は1000km以上は離れているのを確認したコウキは、ミンネザングの機体制御用推進装置を稼動。

 あろう事かアスカロンを後方に投げ捨てると本体のみが加速、アンセムのロックオンはアスカロンを捉えたままとなる。

 起爆距離を誤認したオーブスロアーを悠々と避けると、エッジ隊の元へと飛来した。


『血迷ったか、ミンネザングのパイロット!』


 ミンネザングの隙を見てサルダールのアンセムがコンバットツールを固定して斜上から突進。

 到達する12秒ではコウキは射撃体勢が間に合わないと判断、胸部インパクトマシンガンを用いて応射する。

 サルダールは撒き散らされる弾体を無視して、ミンネザングの機体を捉えた。


「Where’s the fire?」


 サルダールのアンセムが放つコンバットツールがミンネザングに襲いかかる瞬間、有り得ない挙動を見せる。

 ミンネザングの機体が急停止するとアンセムの攻撃は空を切り、擦れ違い様に放たれたキックがアンセムにめり込んだ。

 サルダールは慣性の急制動を受けて即死、反作用を逃す為にミンネザングの脚部が脱落した。


 ミンネザングの手元から伸びるアンカーワイヤーは投げ捨てた筈の2本のアスカロンと繋がっていた。

 これによりワイヤーの巻き取りを開始する事で、その相対速度の差を利用して機体に急ブレーキをかけたのだ。

 フレデリックはその一部始終を眺めながら、恐怖を顔に張り付かせている。


(有り得ねぇ……有り得ねぇ!

 あの状況から、僅か数秒で対策を考え出したってのか!?)


『ブッ殺してやる!』


『引くぞイグナツィオ、奴には正攻法では勝てん』


 好機を逃したフレデリックは推進剤を横向きに噴射すると逃げ去るように戦列から離脱、火星軍へと狙いを変えた。

 その様子をフィルムモニターで望遠観測していた、オッツォ達が通信を交わす。


『どうするオッツォ? ありゃやばそうだぞ』


「どうするってリー……適当に弾でもバラ撒いとけ。

 長短見極めるのが長生きの秘訣だぜ」


『違いねぇや』


 火炬 Ind.製 EVC 五声に乗り込んだオッツォはウォンとリーを従え、ミンネザングに対してインパクトマシンガンを乱射する。

 アスカロンを再装備したミンネザングは更に加速すると弾体を振り切り、戦空を駆けた。


UDF オラトリオ


特徴的なのは携帯式の粒子加速器型ライフル。高出力ビーム兵器として注目が集まったが、宇宙空間は完全な真空ではないので星間物質の水素に触れて激しく減衰、磁性体である為に斥力でも反発される。

実証実験には成功したものの諸々の事情もあり、完成には到らなかった。

粒子加速の際に利用する加速器が機体内に収まらず外部に露出している、その容貌が天使の羽に似ている事からサンダルフォンとも呼称される。

消費電力の高さから母艦のジェネレーターを利用する必要がある為に、現在では電力消費を抑えた亜光速以下の荷電粒子砲に置き換えられている。

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