第3話
コスモポリタンの中心部では艦長と他の船員の代表者達がモニター前で合議を行っていた。
主に議題は20000㎞先から接近してくる地球の艦艇への対応だ。
「メナエム艦長……早急に機体を明け渡すべきでは?」
「我々は中立だ、そしてあの機体は火星軍の資産で返還義務もある、どちらかに組み入ることは出来ない」
「機体のパイロットは生きていたんでしょう!? その時点で中立ではない!」
「宇宙漂流者の身柄は宇宙法によって保護することが義務付けられている」
「では、搭乗員を死亡した事にして機体だけでも……」
喧々諤々の議論に決して折れようとしないメナエムと代表者の間に険悪な空気が流れる。
そこに地球軍からの通信許可を求める信号が届いた。
「……繋いでくれ」
『こちらは宇宙軍第十七艦隊火星方面軍、艦長のネイソン』
「こちらはRESコスモポリタン、メナエムです」
『用を荒立てる心算はない、貴艦に対し、火星軍機の至急引き渡しを要求する』
「その要求は拒否する、宇宙救助返還協定に於いて民間船舶は……」
『私は法律の御勉強をしたい訳ではないのだよ、艦長殿』
『再度警告する! 3時間以内に該当機の引き渡しが行われなかった場合、貴艦に攻撃の意思ありと看做す!』
ネイソンの警告に対し、室内の代表者からはどよめきの声が上がる。
メナエムは片眉を若干釣り上げると冷静に状況を分析し、苦渋の決断を下した。
「了解した、ただちにそちらへの引渡し作業を進める」
『賢明な判断だ』
通信は一方的に切断され、代表者達からは安堵の溜め息が漏れる。
しかし、晴れない顔のままのメナエムは機体回収作業を終えたばかりのEVC格納庫へ通信を掛けた。
(……このままでは諍いは避けられないか)
女が目を開けるとそこには見慣れない景色が広がっていた、鼻につくアルコールの匂い。
女は自分が医療室に居る事を悟るまでそう時間はかからなかった。
上体をゆっくりと持ち上げ警戒しつつ周囲を見渡すと、自分と年齢が一回り違う女医と目が合う。
「あら、目が覚めたのね……良かった」
「ここは? 私は救助されたの?」
「そうRESコスモポリタン、いいところよ。ちょっと変わり者が多いけどね」
女医はくすりと笑うと、ペンで女の目にペンライトを当て瞳孔をチェックする。女は眩しさに堪らず目を瞑る。
「御免なさい、でも特に機能に異常はないみたい、生体スキャナーが使えないから」
「いえ、不便はないわ、ありがとう……それより、運び込まれたのは私だけ?」
「……もう一人の方は助けられなかったわ、衝撃で……」
「カチェリーナ……そう、わかったわ、少し一人にして貰える」
女医が医療室から退出するのを目で追うと女は頭を垂れ頬を涙で濡らす。
次第に顔が紅潮し、歯噛みすると悲しみは怒りへと変わり、彼女の心を復讐へと掻きたてる。
女はドアの横に立ち、女医に声をかけると息を潜め、女医が入ってくると同時に入れ違いに医療室から飛び出した。
「……イーリアさん!?」
イーリアと呼ばれた女は廊下の壁を蹴り上げ相対速度を着け、フロアを猛スピードで直進する。
サイドパックのマイクロ波送電式予備充電器を動作させると、網膜ディスプレイに機体の位置が表示された。
(UNIT-9は無事だった、急がなくては……)
ガイドを頼りに格納庫を探し当てたイーリアが到着すると、コスモポリタンの船員達から銃を向けられる。
イーリアはその場で手を上げ頭の後ろに腕を組むと補助脳からEVCに起動信号を送った。
「動くなッ! これ以上面倒は起こさんでくれよ、お嬢ちゃん!」
「あら残念……面倒が起こるのは”これから”よ」
人型を模したEVCであるUNIT-9が上体を持ち上げ、イーリアが胸のコクピットへと跳躍する。
思わず彼女を撃ちそうになった船員を警備責任者の男が慌てて制止した。
「やめろ、遠隔操作だッ! EVCで船室に穴でも開けられれば大惨事だぞ!」
『……御迷惑をお掛けしました、格納庫のガイドを直ちに開放してください』
「地球軍は君が生きていることを知らない、機体だけ引き渡せば済むんだ!」
『!? 貴方達は奴等を知らないからッ! 早くしないと壁ごと打ち抜くわよッ!』
イーリアの搭乗したUNIT-9が気圧調整ブロックへと移動すると隔壁が作動、宇宙を隔てた外壁が音も無く開いた。
UNIT-9
ほとんど骨組み状態で組まれた試作EVC。一部の部隊だけで使用されパイロットにデザイナーズベビーを登用。
ファントム・リムブと呼ばれる幻肢操作システムにより、4つのアームを自在に操ることが可能。
武装は熱量光線を照射するFELと質量弾体を投射するインパクトガン。
機体の表面積が小さく推進剤の総量も少ないので継戦能力が著しく低い。