第2話
見渡す限りの星空の最中、太陽光を反射して船外用ガイドポール上をEVCが疾走する。
宇宙空間には目に見えない高出力の宇宙線や宇宙塵が飛び交っており、それに当たる事で外壁に細かい穴が開く。
度々、船外に出てアクリル塗膜を貼り直すのがコウキに与えられたRESでの仕事だった。
「通電状況良し、電波状況並み、推進剤充填悪し、以上各部問題なし」
「作業速度に修正を加えます、ガイドポールから外れたら、船内に戻れませんから……」
「リュウの奴が経費をケチるのが悪い」
『聞こえてるぞ、今日は3ブロック終わらせるからな、キビキビやれよ』
とはいえ、人間のオペレーターの役割は緊急時の再起動のみであり、作業の多くは自動化されている。
コウキは特にすることもなく、船外作業ポッド内で数独を解いていた。
「そのボックスの数字は4ではなく7です」
「知ってるよ、ちょっと間違えただけだ、お前は仕事やってな」
「オペレーションシステムは独立していますので、私も手持ち無沙汰です」
「なら、さっきのリュウの話でも教えてくれ、戦闘があったんだって?」
チカチカとコンソールが明滅すると、ディスクアクセスを始める。
すると突然船外作業ポッドが大きな揺れを感知し急停止した。
コウキは慌ててつんのめりモニター前面に額を強打する。
「痛ってェ! 何やってんだハル!? 嫌がらせか?」
「コスモポリタンが航路を急転回しているようです、現在ホストコンピューターに接続中」
「言うのが遅い……リュウ! 何があった!? Damn! 繋がらない!」
「レーダーに大型の飛来物を感知、距離10000㎞回避行動中」
フィルムモニターに三次元レーダーが投影され、コスモポリタンを追尾するように突入する飛来物を捉えた。
命中予想時間まで8分、コウキはコンソールを手動に切り替えると、激突方向の裏側へと機体を回り込ませる。
激突時の反作用でガイドポールが破損し投げ出される恐れがあるからだ。
「ハル? マイケルは今どの位置だ?」
「我々と同じく船体の裏側へ、飛来物はなおも高速接近中、衝突まで00:01」
「弾体の撃ち漏らし? なわけないよな……土人野郎の襲撃か!?」
「念の為、マグネットアンカーを射出しておきます」
次の瞬間激しい衝撃をコスモポリタンを襲い、機体表面を伝わる振動が船外作業ポッドを大きく揺らした。
コウキ達が作業用EVUから船内へと帰還すると、コスモポリタン船内では慌しく人が行き交い狂騒状態と成り果てている。
それはRESに激突した際の被害ではなく、飛来物が軍用機である為だった。
コウキが船外作業から帰還し減圧室から船内に戻ると、メンテハッチにリュウとマイケルが両名が無事な姿を見える。
「一体何事なんだ?」
「随分と暢気だなコウキ、コスモポリタンが攻撃を受けたのさ」
「出鱈目を言うなマイケル、無所属のEVCが衝突しただけだ、相対速度を合わせたから損害は軽微……」
「無所属? 火星軍の機体ではないのですか?」
ハルが目をぱちくりとさせながら、迂闊な事を口走るとリュウがコウキを睨み付ける。
コウキは誤魔化すように苦笑いすると、不機嫌そうなハルの口を押さえて黙らせた。
「まぁいい、確かに火星軍の機体だったよ。パイロットは死んでたがね」
「オートパイロットを切り忘れて、民間船に漂着したって訳か、迷惑な話だぜ」
「それだと拙いんじゃないか? 土人野郎が後を追ってくるかもしれない」
「いや、その可能性はない……とは言い切れないな、すまない少し席を外す」
現在、宇宙では地球と火星とが戦争状態にある。
火星が植民星としての立場から大規模なテラフォーミングが進むにつれ、母星から自立した生活が可能になった。
その後、地球からの要求が次第に苛烈化、火星の一部勢力と抗争が続いている。
「地球ねェ……面倒事になりそうだぜ、こいつは」
「コスモポリタンは民間船舶で絶対中立、安全です」
「奴らからすりゃ、宇宙に居るのは全員火星人さ……」