第19話
「Scheiße! こうなると思ったぜ!」
宇宙海兵隊特戦隊所属のギュンター曹長は、レコーダーの記録に残る事も構わず謗りの言葉を放つ。
敵は僅か7機、僅か7機……オード12機、キーナー2機、ギュンターの繰るトラッドカスタムの精鋭6機を宙域に展開中。
こちらの戦力が遥かに上回っていた筈だった、1機のEVCが到達するまでは。
『オード部隊はどうなった!? コールしても応答がない!』
「そんなもん、とっくの昔にやられちまった!
TAUが……ウジャウジャいやがる」
メナエムの射出した32機のTAUから更に子機が発射される。
その数96機に達するTAUがRS・93km/sという速度で、間断なく暗黒の帳の中を走り抜けていくのだ。
余りにも統率されたその機動によって、オード部隊は成す術もなく一瞬にして壊滅した。
(こいつはAI操作なんかじゃあない。
あのEVCの仕業か?)
前方から飛来するへヴィ級EVC、ツィゴイネルワイゼンの姿をギュンターの光学観測が捉えた。
ギュンターは残り少ない推進剤を前方に傾け、加速するタイミングをずらしながら死を覚悟した突撃を敢行する。
TAUから照射されるFELによって、ギュンター機の表面温度は融解寸前に達しているのだ。
四方八方から照射される不可視の光線によって、オード部隊は文字通り“蒸発”してしまった。
トラッドカスタムの鏡面装甲は積層装甲の1つに使用され、フォトニック結晶の100%に近い反射率を誇る。
だが、赤外線等の光線に含まれる熱エネルギーの全てを鏡面反射する事は不可能だ。
ギュンターは舌打ちしながら、喧しく鳴り響く警告音をOFFにするとメナエムに肉薄する。
「なんなんだ、お前等……一体!」
『問答無用――貴様等の堪え難い蛮行、最早許す訳には遺憾』
トラッドカスタムのコクピット内に、ツィゴイネルワイゼンからの通信が入る。
激昂するメナエムからの返信にギュンターは反発しながらも、機体を自転させながら熱エネルギーを分散する。
敵の質量は重い、近接戦闘用のコンバットツールを手首から射出し更に加速する。
RS・93km/sという相対速度域で振るわれる、その運動質量――必殺の一打。
「正義の味方気取りが、これは戦争なんだよ!」
『戦争だと? ルールのない戦いなど虐殺に過ぎん!』
両機体が瞬く暇を与える事無く、宇宙空間で交差する。
眼前のスクリーンに迫り繰る鉄塊の姿をギュンターが目視した時、彼は舌打ちを返した。
「So ein Mist!」
トラッドカスタムはツィゴイネルワイゼンの剣をその体に受け散華。
ツィゴイネルワイゼンはインパクトの瞬間に剣を脱落させ、剣から伝わる反作用を瞬時にして流す。
極大なる運動質量を身に受けたトラッドカスタムは急制動、慣性の反動によってギュンターは即死した。
トラッドカスタムの機体は衝撃によって完全に破断され、宇宙に浮かぶ彼の墓標となった。
曳航を引いて飛来するステルスミサイルを、ハルの射撃管制によってその全てを迎撃する。
コウキは先ほどから戦艦が自らのいる座標へ回避運動の舵を切らないよう祈っていた。
『こちらアルファ1、キーナーはコレでスクラップだ。
ブラボー1、デートの方は順調か?』
「茶化してる場合じゃないぞ、ニコ。
戦艦がこちらに回避運動を取った」
『ブラボー1、貴方がやるの? できる?』
ツィガーヌを椀部マニュピレーターが作動、背部に装備していたモーメンタルランチャーを掴む。
コウキは目を瞑り深く息を吸い込むと、あの日の光景を幻視した。
これは復讐ではない、あの悲劇を再び起こさぬ為の覚悟だと心を決める。
「あぁ、チャーリー1――俺がやる。
ブラボー2は何かあれば対応出来るように後方でフォローを頼む」
『こちらブラボー2、コーキー気をつけて』
相手は戦艦、その搭乗人数は数千人に及ぶだろう。
宇宙戦艦に攻撃を加え破壊する事がどういう結果を生むのか、コウキは知らない筈はなかった。
ハルは前方からの熱線を観測すると、ツィガーヌにリフレクトエスカッションを構えさせ熱線に備える。
「もう1機のキーナーか?」
「戦艦と共にこの宙域を離脱するようです。
A191方向へ向かって転進中――キーナーからの熱量攻撃を感知」
前方に球体のEVC、キーナーが現れるとFELユニットがレール上を滑走。
星間物質によって拡散した光線を浴びて、ツィガーヌの表面温度が跳ね上がった。
リフレクトエスカッション内部に入射されたレーザー光は光共振器内で反射を繰り返し。
ツィガーヌのFELの照射と共に反射された熱線は、キーナーの機体を容易く融解させ撃ち抜いた。
推進剤に火が着き微かな爆発を伴うと、キーナーの機体はその場でコントロールを失い回転を始める。
『Oh、ドーナツになっちゃったネ』
「ブラボー2、通信は明瞭に頼むぜ。
ん? 戦艦の転回が停止したか、ハル?」
「正面から受け切るつもりのようです。
TAUからの位置情報確認、射角誤差修正、装填開始……トリガー」
ツィガーヌの長い槍に酷似したモーメンタルランチャーに推進薬が装填される、後は引き金を引けば命中する。
戦艦側が回避運動を取っても発射する弾体の方が早い、引き金を引くのに迷う時間も限られている。
ハルはコウキが迷っている事を悟ると背後から声をかけた。
「有効射撃時間は7秒です」
「あぁ――I know」
コウキは重い、そして重い引き金を指で引き絞った。
射線上に存在していたサンダウンの艦長、クタニ艦長は一時は焦りの表情を隠せなかった。
ここに来てこの艦に攻撃を加えるのがEVCの2機であることがわかり、安堵の息を吐く。
「クタニ艦長、敵EVCより何かが射出されました!」
「慌てるな、こちらは全長300m近い戦艦だぞ? あんなちっぽけな機体で何が……」
RS・93km/sで入射された弾芯が艦の中心へと命中すると、次々に隔壁を打ち抜き始める。
弾芯の先端が敵艦に命中すると衝突部は速度を失う、しかし弾芯後部の慣性は止まる事無く前進を続け。
それによって押し続けられた侵徹体は穿孔を続け、塑性変形の流体運動で装甲を侵食しながら穴を穿つのだ。
「か、回避!?」
クタニ艦長の言葉と共に弾芯の先端が中央船室へと侵入。
艦内には空気が存在するが故に巻き起こる爆音と衝撃波が、その場にいた船員達を吹き飛ばした。
船内に飛び込んで来る殺傷力を持つ破砕片が、RS・93km/sの慣性を受けて飛び交い、殺戮の嵐を巻き起こす。
コウキは機体の推進剤を噴射、サンダウンから進路を外すと遠ざかっていく艦に向かって冥福を祈った。
CU-01 ツィゴイネルワイゼン
ミンネザングとは逆の設計思想で作られたEVC試作機。
高出力レーザーと数十機に及ぶ小型TAUにより、単機でTAU大部隊の統率を可能にした。圧縮言語と呼ばれる特殊言語で操作する。
機体その物が巨大な為に重力圏での運用は不可能。その質量からミンネザングに比べやや格闘能力は制限される。
恐るべき性能はレーザー起爆と高速度域による圧力と温度条件によって核融合反応を引き起こす”ハイドロゲン・ブレット”にある。
この兵装は太平洋紛争後に機体からオミットされ、変わりにFELの焦点を交差させる事で熱量を上げるFECLが追加された。




