第18話
軌道エレベーターにあるステーションから、一隻の船が出港した。
FCSS(高速戦闘艦)コスモポリタンは、メナエム・リヴカが設計に携わった唯一の戦闘艦である。
VASIMRモジュール14基を備え付け、船体の外周を回転するリング状の居住区域。
高速戦闘時には外壁から排出するジェットによって擬似的な気流を発生させ、船体を保護する機能を装備。
中空となった装甲内には高速の水流が常に流動しており、宇宙線による被曝を防護する。
毎秒1G加速――9.8m/sの速度で緩やかに星空にセイルを張ると、月に向かって航行を始めた。
「ハル、今の運動質量はどのぐらいだ?」
「RS(相対速度)10㎞/s(秒速10㎞)です。
本船はフライバイを行って加速、慣性は月方面に向かって乗っています」
宇宙空間では中心軸が存在しないために、重量も運動質量という概念に置き換えられる。
これは物体に乗った運動量そのものを数値化したものだ。
当然の事ながら、速度を上げるほどにこの運動質量は重くなるとされている。
「正面切って交差するのは遠慮したいところよね」
イーリアはコスモポリタンで学んだ宇宙戦闘のイロハから、これから発生するであろう戦闘の危険性を懸念した。
コスモポリタン本船がRS10㎞/sであれば、当然格納庫のEVCもRS10㎞/sで飛んでいるのである。
所持している銃器も撃ち出す弾体も全てRS10㎞/sで飛来することになるのだ。
本船を加速させ慣性の乗ったEVCを射出、先行して前方に展開する敵軍に対して殲滅攻撃をかける。
これがコスモポリタンにおける宇宙戦闘の基礎概念である。
「話によると地球軍は火星軍にコッ酷くヤラレタようだぜ?」
「へッ! ざまァ見やがれってんだ!」
ニコが入手した情報を隊員達に伝えると、マイケルがそれ見たことかと身を乗り出す。
地球人にとって不慣れな宇宙戦闘であったのだから、当然の結果とも言えた。
その時、どこからか迷い込んできた子供達が通路を横切ると、ハルの手を取り引っ張り出す。
「ハルお姉ちゃん遊ぼ?」
「……コウキ?」
乗船する際に知り合ったのだろう、ハルは子供達の輪に入るとコウキに向かって許可を取る。
「あぁ、行って来い。
召集が着たら格納庫、忘れるなよ?」
ハルは子供達に手を引かれながら、保育スペースへと向かっていく。
火星からの避難民はかなりの数に上る。もしこのコスモポリタンが撃沈される事態になれば、その被害は計り知れない。
最早自分達の命を守るだけの戦いではない、コウキは責任の重圧をしっかりと心に刻み付けた。
無事、離陸を成功させたコスモポリタン中央部では光学観測による索敵情報から進路を推考していた。
報告の為に船室内に訪れたリュウはメナエムの元へと歩み寄る。
「失礼します。EVC第1班現場監督者のリュウです。
部隊再編成の経過報告に上がりました。
コードWR-1013です」
リュウは一息を吐く間、船内が慌しくなるのを感じ、リュウは船室の内部を見渡す。
RESに比較して操舵系統は簡易化され、それを補うように観測機器が充実している。
メナエムの眼前に該当書類がスクリーンに表示されると、数秒も経たぬ内に小さく頷いた。
「悪くはない……だが私の機に護衛機は不要だ。
提出時には修正を頼む」
「え? あ、はい」
メナエムの思わぬ申し出にリュウは困惑の表情を浮かべる。
現在、チャーリー1・イーリア機のみが単機編成であるが、それでも他チームとの連携があっての物だ。
コスモポリタンの艦長が戦場に出撃してもしものことがあればと内心気が気ではなかった。
その時、観測員の1人がメナエムに報告の声を挙げる。
「メナエム艦長、コスモポリタン予想進路7500万km上に地球軍船籍と思われる機影を発見しました」
地球と火星との距離はおよそ5500万km~4億kmと公転の接近距離より幅がある。
コスモポリタンの巡航速度はRS・50km/sである為、約1~3ヶ月をかけて月に到達する計算になる。
進路上に敵が存在したとしても、コスモポリタンの船速は地球圏最速。
ここまま進行経路を若干カーブさせれば、接敵する事はないだろうと容易に推測できる。
「何故、このような場所に地球軍の艦艇が?」
「直ちに予想進路、全域を含んだ分光観測を開始せよ。
CPUの90%を画像解析に回せ――どんな小さな物体も見逃すな」
メナエムの指示によって、コスモポリタン内の幾つかの機能が緊急停止する。
やがて観測結果が表示されると、事態を把握した聡明な船員達からは怒号がわいた。
「地球軍のステルス艦から発射されたと思しき氷隕石を複数発見」
「解析結果出ました、畜生! 偽装されたハイドロゲンブレット!」
何故火星の近くに地球軍のステルス艦が存在するのか、その答えは単純な物だった。
火星に先制攻撃を加える為に、戦列から離れた艦が火星の近傍まで航行し潜伏していたのだ。
光学観測で捉える艦の形も、隕石を模したような偽装が施されている。
物体の大きさで判別する一般的なレーダー観測とは異なり、光学観測には画像解析に大量のリソースを必要とする。
火星軍の艦艇の目を逃れていたとしても、不思議ではなかった。
「機関室通信開け、本船は10分後より緊急加速体制に入る」
「中央より機関室へ、緊急加速体制へ移行せよ。
予定船速――RS・100km/s繰り返す」
にわかに慌しくなった船内にリュウは戦闘が不可避である事を察知した。
「出撃はsol.時刻で5日後になる、急かす様で悪いが防衛部の再編成を頼む」
「はい! 直ちに隊員に伝えます!」
リュウは一礼すると中央部の船室から退席した。
その姿を見届けた傍らに立つ補佐官はメナエムの眼光からその心中を察した。
出撃の朝がやってきた。コスモポリタンは道中に展開していた偽装砲弾を処理。
敵艦には既に気付かれている様子で、敵部隊も既に予定戦域に展開を終えているようだった。
コウキは格納庫に足を踏み入れると、珍しい物が運ばれていくのが目に入った。
モーメンタルランチャー、それはインパクトアサルトのような小銃系の弾体ではなく長尺のフレシェット。
少なくとも正当防衛で扱うにしては過剰な兵装であったが、敵艦の行った所業を顧みてコウキは心中折り合いをつけた。
「Qué bonito!」
「ん? お宅は確か? 本社からの出向組?」
「メルセデスよ、コーキー宜しくね」
本社からの出向組である南米系の女性メルセデスは、コウキに声をかけるとの顔を食い入るように見つめている。
コウキが視線に気付くと、彼女は軽く舌を出しおどけて自己紹介を始めた。
日本人の顔立ちは幼く見えるのだろうか、色々と思い違いをしているようだった。
やがて格納庫内にパイロットスーツを着用したメナエムの姿が見える。
隊員達は整列すると作戦行動に関してのブリーフィングを行い、予め決定した作戦行動を再確認した。
「よく集まってくれた、今回の任務は作戦宙域に展開する敵艦を可及的速やかに排除する事だ。
決行に当たって、敵からの激しい抵抗が予想される。データを……」
「はい、宙域にはオードと呼ばれる宇宙戦闘艇が多数配備されている。配置図はこれだ」
「戦車のお次は宇宙飛行機かァ?
まさか正面しか攻撃できないとか言わねェよな?」
マイケルの指摘する通り、確認するデータの限りでは全方位に砲塔が配置する訳でも稼動するレールも見当たらない。
360度から敵機が襲う宇宙戦闘で正面しか攻撃できない、到底欠陥品にしか思えなかった。
データが切り替わると、プロビデンス.Indのキーナーが表示される。
「今度はプロビデンスのキーナーか……」
「ニコは知っているのか?」
「FELのみを搭載した機体ラシイな。
宇宙戦用で調整され、出力だけならクレズマーよりも上だ」
コウキの疑問にニコが返答すると、一堂は敵の主力はキーナーにあると推測した。
オードは宙域に展開された一群の中央に集結、その両翼にキーナーを配置している。
最終防衛ラインには宇宙戦用に改修が施されたトラッドカスタムが配置されているようだ。
「ソレじゃそろそろお宅訪問と洒落込もうか、ニコ・アルファ1」
「ブッ潰してやるぜ! マイケル・アルファ3」
「焦ればあちらの思う壺だ、混水摸魚を忘れるなよ。リュウ・アルファ2」
「はっ!? ち、ちょっと待ってくれよ、俺がアルファ2だろ?」
元アルファ2であったコウキが突然疑問の声を上げると、ハルがしてやったりの表情で返答した
「再編成になったのです。コウキ・ブラボー1」
「メルセデス。ブラボー2」
「ハルちゃんに任せきりにするからそうなるのよコウキ。
イーリア・チャーリー1」
「メナエム、エコー1……すまないな、コウキ君」
ユニットリーダーを任されたコウキは肩を下げ項垂れながら、ツィガーヌのコクピットに向けて跳躍した。
胸部のスフィアブロックへと乗り込むと、ハルと共に複座席に着き動力に火を入れる。
ハルがOSへのディスクアクセスを開始すると、ツィガーヌの無機質な双眸に火が灯った。
Sic-07MP キーナー
全身にFELを配置しているレーザー砲台。プロビデンス社のEVCの大半は人型ではなく球形に近い物が多い。
この機体の場合は機体にレールが備え付けられ、その上をFELモジュールが滑走する事でかなりの速度で敵機に照準する事が可能である。
但し全方位に砲塔を向けるには容易だが、質量攻撃がない為に反射装甲の機体には効力射が与えられない。




