第17話
宙域では火星軍に出資しているTV局の無人UOSが戦場を撮影している。
放送時には映像から友軍の都合のいい映像のみを編集する事で、プロパガンダに利用するためだ。
“きれいな戦争”と呼ばれる偏向報道によって、殺し合いの戦場に一方的な“被害者”と“加害者”を作り上げる。
駆逐艦オーロラの女艦長は内心苦々しく思いながらも表情には出さずにいた。
「撮影の進捗はどうだ?」
「今しばらくお時間を……」
オーロラの女艦長ヴィオラは軽く溜息を吐くと、黒髪を手櫛で梳きながら足を組み椅子に腰をかける。
その妖艶な美貌は女の武器を利用して、軍でなり上がったという噂が立つには充分であった。
しかし彼女と共に訓練に携わった者は、その鋭敏な知性と有意な判断力に驚かされ忠誠を覚える。
対照的にクルーの信頼が募るにつれ、ヴィオラの心中は苛立ちを募らせていった。
(情報部の怠慢……EVCを過小評価していたのか?)
アンセムによる単独突入にて火星軍は戦艦四隻・巡洋艦一隻・母艦一隻の損害を被っていた。
当然その艦艇には数千人のクルーが着任していたのだから、一瞬にして一万人の命が宇宙の散った事になる。
ヴィオラは宇宙で行われる艦隊戦のリスクに疑問を覚え始めていた。
「通信手、ユートピアへ回線繋げ。専用回線」
「はい……応答ありました。通信はいります」
宇宙空間には太陽風から発生する電波障害が度々発生する。
暗号をかけなくとも弱い電波回線を利用する事で、通信傍受に対してある程度のかく乱効果を持つ。
ヴィオラの眼前のフィルムスクリーンにユートピアの艦長、ダンドネル提督が映し出される。
『ラブラドリカ艦長。
君の機転で後続艦の損害は最小限で抑えられた。よくやってくれた』
「お忙しいところ申し訳ありません。ダンドネル提督。
提督に少しお聞きしたい事が……」
ヴィオラが全てを言い切る寸前。眼前のフィルムスクリーンに、オーロラを急襲したアンセム機が映し出される。
もう一方のスクリーンには、見覚えのない機体がもう一機表示されていた。
「こちらの機体は?」
『戦艦三隻を玩具一つで壊滅させた化け物だ。
今回の戦闘で宇宙艦艇運用の有用性に疑問符が投げかけられた形になる。
結果がでてしまった以上は火星軍司令部も現場の声を無視できまい』
秒速数十㎞と言う速度で飛び交う宇宙戦闘において、質量が大きいが故の鈍重さは致命的である。
あらゆる角度から敵機が襲い掛かってくる宇宙戦闘では、被弾面積の大きい艦艇は明らかに不利であった。
だが艦艇の建造は高額であることから軍需企業の旨みが大きい。
火星・地球の両司令部は艦隊戦による決着を標榜した。
僅かに運用されていたEVCによる新戦術に地球側が水をあけられた形になる。
「地球軍が千の兵を失うのと、火星軍が千の兵を失う事は同義ではありません。
僭越ながら船員の命を預かる身として、早急の対応を願うばかりです」
『……私からも強くかけあってみよう……ヴィオラ艦長』
「はい?」
『いや……なんでもない。
君のような優秀な仕官に恵まれて我が軍は幸いだ。通信終了』
ヴィオラが通信を終え、シートに深く腰をかけると物憂げな表情で目を落とす。
そんな艦長の表情を察したクルー達の投げかける視線に気付いたヴィオラは気丈に背筋を正した。
ユートピアの艦長であるダンドネル提督は通信を終えた後に頭を両腕で抱え込む。
彼の心痛は現場の声と司令部からの軋轢にある、進言はヴィオラに限った話ではなかったのだ。
前線では誰もがEVCによる短期決戦を望み、司令部では長期戦を熱望している。
曰く地球軍には資源を宇宙に上げる為の軌道エレベータ-が存在しない。
対して火星では4本の内3本の軌道エレベーターが健在であり、兵站構築においては優位にある、と。
(火星軍が勝利する為には短期決戦以外には有り得ない。
物資面で優位を保てたとしても、人的資源の損耗は避けられない)
例え兵器の数に勝っていたとしても、それを繰る兵員が居ないのであれば意味がない。
地球の総人口は100億人を超え、兵の総動員数は1000万人は可能だとダンドネルは見立てる。
AIを利用する手段も考えられるが、核爆弾によるEMP効果には無防備になるのが問題となる。
特に真空の宇宙であれば、一発の核弾頭によって壊滅する事も考えられるのだ。
「やはりそういう思惑なのか?」
これでは兵員を悪戯に消耗する事その物が、火星軍・地球軍双方の目的のようにも思える。
ダンドネルは深い溜息を吐くと、シートに深く腰を降ろしフィルムスクリーンを空中に表示させた。
(EVC部隊の増員を急がねばなるまい。
それにコスモポリタン……。
彼らの技術提供がなければ、今日の勝利もなかったやも知れん)
一企業からの技術提供によって機体の慣性制御の安定。
企業内に潜り込んだ工作員の手により、EVCの自律制御にもめざましい進歩が見られた。
「願わくば彼らには味方であって欲しいものだな」
不意に艦長室のドアが開き一人の男が入室、ダンドネル提督に向かい敬礼する。
「失礼します。航行不能となった艦船の収容が完了しました」
「今会戦での死傷者数はどうなった?」
「はっ、目下確認中でありますが、21900人程かと思われます」
「……そうか、そんなにか」
具体的な数字を聞いたダンドネルは自らの背筋が凍えるのを感じた。
この損耗が幾度も続けば、仮に勝利できたとしてもかなりの痛手を負う事になるだろう。
火星の若者が死に実働労働力が低下することは、生活基盤そのものすら揺るがしかねない事態だ。
(我々は何故こんな戦争を始めてしまったのか……)
ダンドネル提督の心中には行き場のない焦燥の念が渦巻いていた。




