第16話
砂塵を巻き上げながらコスモポリタン所属のツィガーヌが赤鉄の大地を踏みしめる。
先行して射出したTAUの偵察ユニットが潜んでいたフッリーヤのトラッドの姿を捉え。
コウキの火器管制によりミサイルの信管に火が入る。
「こちらアルファ2……ストーカーを発見」
『チャーリー1、目標地点に到達。どうやらダンスパーティには間に合ったようね』
索敵情報には7機のトラッドと、乗り捨ててある内燃式小型トラックも確認できる。
ハルが忙しなく戦域の状況を確認すると、TAUから得ることが出来た位置情報をミサイルへと送信する。
『コスモポリタンより各機へ、包囲は抜けるか?』
『ブラボ-1攻撃を受けている! ロックオンアラート!』
敵側の勇み足であろうか、フッリーヤ陣営からロケット弾と思われる飛来物を感知。
ツィガーヌのFELによってただちに迎撃されたのか、反応がレーダーから消失する。
それが呼び水となったのか、敵側から複数のロケット弾がコウキの元へと飛来するのを感知。
ハルが危なげなく対応するとFELによって全て迎撃することに成功した。
「俺の目では光学観測できないな、ハル?」
「捉えました……稜線射撃のようです。
BD-DATALINK開始、FF引けば当たります……トリガー」
コウキがトリガーを押し込むと、ツィガーヌの肩部ミサイルランチャーから弾体が発射される。
噴煙を噴き上げて弧を画きながら丘の上へ向かったミサイルに対し、トラッドはインパクトガンを構える。
発射されたインパクトガンの弾頭をミサイルを制御していたハルが回避させる。
がら空きとなった腰部にミサイルが着弾、爆炎を巻き上げながらその場で崩れ落ちた。
「one down(一機撃墜) 敵の兵装はロケット弾だけか?」
「アルファ2より全機へ、アザーンを身につけた重歩兵を探知。
索敵情報をマークします」
『チッ! こちらアルファ1! 囲まれちまった!』
アザーンは歩兵が身につけるアブドアッラー Ind.製の強化外骨格である。
戦車用の対装甲火器を装備、歩兵の隠ぺい力と戦車並みの火力を兼ね備えている。
時折吹き荒ぶ火星の砂嵐によって敵兵の姿を捉え難くなっている。
コウキは前方に展開されたトラッドが囮であることを見抜いていたが、敵の狙いを外してしまった。
アルファ2以外のEVCの周囲にだけフッリーヤの装甲猟兵が包囲を展開しているのが分かる。
そしてハルのミサイル攻撃を地形を利用して回避しながらも高速で接近する一機のEVCがあった。
「敵機確認 アブドアッラー Ind. マカームです」
『コスモポリタンの2番機……これ以上我々の邪魔はさせん』
その距離僅か300m――近代戦ではありえない接近戦。
落ち着いた様相で語りかけるムミートの声にコウキは全身の血の気が引いていくのを感じた。
ツィガーヌの機体性能はトラッドを遥かに上回っている。
油断していたのだろう、EVC同士の戦いでここまで肉薄することは通常ありえない。
データリンクを使ったミサイル攻撃は、射程が1000㎞を超える物もあり、宇宙であれば更に長射程となる。
100m先で弾体をレーザーで迎撃したとしても、物体はそのまま慣性によって直進する。
しかし弾体の形や方向が狂えば100mで10㎝のズレだとしても1㎞では1mのズレが発生する。
有体にいってしまえば、この距離は迎撃不能。双方の“確殺距離”でもあるのだ。
「ハルッ! 肩部兵装破棄、全力回避ッ!」
先手を取れないと判断したコウキはハルに対して指示を出す。
ハルは指示される前からマカームの構えるインパクトガンの銃口から射角を予測、回避運動の準備を始めていた。
双眼鏡のように見える特徴的なマカームの頭部に光が揺らめくと同時。
ツィガーヌよりも遥かに太い二の腕でインパクトガンを抱え込むと一気呵成に弾体を発射する。
(ここだッ!)
ムミートは確証を持ってAIの回避運動を予測するとキルゾーンへと誘導する。
AIは問題に対して“最適解”以外を求めない、それは歴戦の勇士にとっては鴨撃ちも同然であった。
なぜなら特定の銃撃パターンを加えた場合、AIは必ず同じ回避運動を取る。
ムミートはコウキがAIによるサポートを受けている、という確信を持っていたからこそ単騎で相対したのだ。
『なにィッ!?』
肩の装甲を弾き飛ばすと同時に、ツィガーヌは反作用によって前のめりに倒れ地面に横転。
そのまま転げまわるとムミートの銃撃は空を切った。
ツィガーヌのインパクトアサルトが火を噴き、マカームの装甲を剥いでいく。
宇宙空間と比較して相対速度がついていないとはいえ、成形炸薬弾には相応の威力がある。
メタルジェットによって受けた傷はまるで粘土に空いた穴の如き銃創を与えると、マカームは咄嗟に身を隠した。
『AIではなかったのか!?』
「Yes、ケツにブチ込んでやりました」
「こちらコスモポリタンコーポレイトガード、直ちに武装を解除せよ」
死角から不意を撃たれた時とは違い、岩陰から体を出した瞬間の早撃ちであれば。
AIに勝つことは不可能であろうことはムミートにも充分に理解していた。
一見仕切り直しに見えるこの状況は、反応速度の遅い人間にとっては詰み同然の状況である。
『貴様らはそればかりだな。武器を置け話し合おう……
そして相手にどこまでも譲歩させて全てを毟り取るのだ』
「……おい、妙な考えは止せ」
『貴様らはテロリストを殲滅するという名目で我々の頭上に鉛の玉を降らせた。
その上で開放したインフラを占拠し我々を余所に勝手に資源の分配を始めた。
なんのことはない……世界平和など蛮族から土地を奪うための口実に過ぎなかったのだ』
テロリストや独裁者がインフラや土地を不当に占拠、解放軍がそのインフラを破壊して殲滅。
その後に先進国がインフラ整備の為に大量の資本が流入した。
『復讐だ……“生命には生命、目には目、鼻には鼻、耳には耳、歯には歯、凡ての傷害にも、同様の報復を”!
貴様らの嘆き悲しむ姿だけが、我々の魂の慰めになるのだッ!』
資金提供を受けたテロリストは原油の供給ラインを集中的に破壊。
原油の供給量をテロによる破壊活動で操作し莫大な利益を上げた。
何時の間にか中東の利権は一部の資本家の元に収奪され、投機の盤上と化したのだ。
何が不当で何が正当だったのか? ムミートは爆撃によって瓦礫の下敷きになった家族の傍で天を仰ぎ泣き叫んだ。
『 الله أكبر !』
ムミートは最後の時、眼前に光り輝く閃光を確かに見た。
姿勢を立て直し膝立ちになったツィガーヌ、機内には異常を示す警告音が鳴り響いている。
トリガーを引いたコウキは汗ばんだ手の平をゆっくりと操縦桿から放すとその場で頭を抱える。
モニターには荒涼とした赤い砂漠だけが広がっていた。
「――しかし、その報復を控えて許すならば,それは自分の罪の償いとなる」
誰の声とも分からない呟きが赤い戦場に響いた。
イーリアの搭乗するツィガーヌのインパクトアサルトが轟音を上げて発射される。
岩陰から銃口だけを表出させ、乱射するトラッドの弾体をサイドステップで回避するとつぶさに反撃を加える。
「どうせなら可愛らしい娘に追いかけられたいわ」
誤射による着弾の衝撃波だけで、岩陰に隠れていたフッリーヤの重歩兵は体内を撹拌され。
激しく叩きつけられた石礫によって肉体を引き裂かれた。
(……HEAT弾で壁越しの敵機に当てるのは無理か)
『コスモポリタンよりチャーリー1へ、突出している。警戒せよ』
僅かな高低差のある丘陵の間や影に機体を隠蔽し、ツィガーヌに執拗に射撃を加えてくる。
イーリアは網膜に映し出されるスクリーンによってめまぐるしく変化する機体制御の情報を把握。
機体の自律制御の完成度の高さに驚嘆する。
先程から行っているツィガーヌの回避運動はイーリアが制御しているものではない。
進行方向など重要な操作はイーリアの手によるものだが、パイロットの操作と回避運動が矛盾しないように最適化。
足元の着弾を僅かに高く上げた足で回避するなど、通常では考えられない回避運動を難なく披露している。
「熱烈なアプローチね」
ツィガーヌのインパクトアサルトが火を噴き、バースト射撃によって岩肌を抉り取ると、
露出したトラッドの頭部と肩部に弾体を直撃させた。
『こちらアルファ1、やっこさん手酷くフラれたみたいだな』
「あら、軽口叩いてる暇はあるの?」
圧倒するコスモポリタンではあったが、フッリーヤの錬度が低かったわけではない。
椀部マニュピレーターによって銃器のみを露出することで被弾面積を最小限にガンカメラを利用した攻撃。
カバーリングを最大限に利用したポジショニングはフッリーヤ側に優位があった。
しかし如何せんソフトウェアが古すぎるゆえに人の手で制御する部分が多い。
人力の手動操縦よりもAIによる自動操縦の方が、反応速度が勝るのは周知の事実である。
更にツィガーヌは磁力を利用した慣性制御によって急制動を可能とすることで、運動能力自体を底上げしていた。
(運動性能がUNIT-9とは比較にならない)
イーリアは重力圏ではハリボテに過ぎないUNIT-9を遥かに凌駕するものだと感じた。
(この技術さえあれば――アレスが勝利を掴む事ができる)
ALL-06 マカーム
アブドアッラーInd.の技術者が西側のEVC関連技術を研究して製作された機体。トラッドと同程度の性能を持つ。
タンデムHEAT弾を投射する対戦車用ロケット等を標準装備として備え付けており、特に砂塵の舞う砂漠戦等で高い稼動性を発揮する。
レーザー対策のアイデアが非常に秀逸でこの機体で得た剥離塗膜の技術特許によって、アブドアッラーInd.の経営が安定した。




