第15話
支社に併設された格納庫にコウキ達RESコスモポリタン組織防衛部の面々が集結する。
予定を繰り上げて火星から脱出し月へと向かう為の船団が急遽編成される事となったからだ。
「コウキ、無事でよかった」
「あぁ、俺達も相当悪運が強いらしい」
コウキの姿を確認したリュウが歩み寄り声をかける。
落着したハイドロゲンブレッドは多弾頭であったが故に広範囲の被害を受けた。
しかしイニティウムを囲むドームによる防護と弾頭一つあたりの威力が小規模な為に若干被害を抑えられたのだ。
「見た事のない面子が居るな?」
「あぁ、本社からの出向組だ」
格納庫内にメナエム艦長が姿を見せると社員は私語を止め整列を始める。
メナエムの表情は一件穏やかに見えるが抑えきれないほどの怒気に満ち溢れていた。
普段は感情を表に見せる事のないメナエムの変貌に一同は事態の深刻さを再認識した。
「――地球軍の水爆攻撃によりイニティウムは甚大な被害を被った。
幾年にも渡り積み上げてきたものは灰燼と帰し、それを嘲笑うように地球軍は火星に宣戦を布告した」
コウキは横目でハルの姿を追う、部屋の隅で膝を抱え蹲っている姿は人間の女性のようにも見えた。
余りに多くのことが短時間で発生した為に記憶したデータを整理しているようだ。
「それでも――我々は真実を見失ってはいけない。我々の敵は“戦場には居ない”のだ」
頭を抱えていたハルが顔を上げると、復讐心に顔をゆがめていたマイケルの表情もふと我にかえる。
ニコは何かを述懐するように両眼を瞑りメナエムの言葉に耳を傾けていた。
「私は兵士だった」
メナエムの発言に格納庫に整列したメンバーは一様に息を飲んだ。
「若い頃の私は復讐に心を囚われていた。この世界から決別しようと迷わず武器を手に取った。
そして僕は敗れた――世界にではない、ただ一人の青年に」
メナエムの口調が変わると、様子を眺めていたリュウの顔にも狼狽するような表情が浮かび。
尊敬していたメナエム艦長の余りの弱々しく今にも消え去りそうな言葉に慌てた様子を見せた。
しかしメナエムは一転して子供のような無邪気な笑顔を見せると両手を上げておどける。
「あれはどこだったか、太平洋だったか?
戦ってる最中に二人で仲良く其処にドボンさ、私は慌ててコクピットを開いて銃を手に取った。
そこで私は何をみたと思う?」
防衛隊の面々は面を食らった様子でお互いの顔を見合わせ。
無邪気な子供のように身振り手振りを加えながら、饒舌になったメナエムの言葉に聞き入った。
「彼は何も持たずに私に対して無言で手を差し伸べていた。
私達は敵同士だと告げると“ここは太平洋のド真ん中、国なんかない”って言われたよ」
人間味のない怜悧さしか見せなかったメナエムの今の姿は、その友人のお陰なのだろうとコウキは思った。
「僕達は新しい世界を作る事を誓い合った。
“ぼくらのコスモポリタン”を――」
コウキは子供じみたメナエム艦長の理想に思わず口角を釣り上げる。
ハルはキョトンとした様子で皆の顔を眺めていた。
この場に居る者全員がそうだった。国という共同体から爪弾きにされ流れ着いた先がここだった。
「私は国の為に戦えとは請わない、未来の為に戦えとも、誇りの為に戦えとも請わない。
今はただ良き隣人の守る為に――銃を手に取ろう」
皆の表情が和らぐ中、ただ一人イーリアの表情だけは変わることはなかった。
「理想論だわ」
パイロットスーツに身を包み腕を組んだイーリアが、整備中のコウキの頭の上で仁王立ちしている。
コスモポリタンは計画の一部を変更し、火星からの難民を乗せ中立地点である月へと向かう作戦を立案。
その準備に追われ格納庫では、慌しく整備員が行き交っている。
「またその話か? メナエム艦長の判断は正しいと思うぜ」
「どちらの勢力にもつかず、月へ逃げるだけでしょう?
そういうのを日和見主義って言うのよ」
「じゃあ逆に聞くけど、俺達が地球軍と戦争して何のメリットがあるっての? レンチ」
イーリアはコウキの反論に眉を下げ。反証しようと幾らか考えた様子を見せたが、上手い反論が思いつかず。
苛立ち紛れにレンチを取るとコウキに目掛けて放り投げた。
「痛ッ!」
「火星が地球の植民地になるじゃない!?
貴方達だって惑星が国家に所有される事を望んでないんでしょう?」
傷のある背中に偶然直撃したレンチをコウキが背中を擦りながら受け取ると、コクピットの端末を取り外しハルに手渡した。
「火星が勝っても火星軍が所有を宣言するだけさ。
地球からの更なる侵略に対抗する為、一丸となって~ってなもんよ」
「そんなこと!?」
「成る程、合理的ですね」
ハルがコウキの推測に納得した様子を見せると、イーリアは口を噤んでハルの頬を左右に引き伸ばす。
三人の対話に傍らで聞き耳を立てていたマイケルは舌打ちをすると、何もない壁を当り散らすように蹴り上げる。
現時点で起きている状況のどれもが。
火星の所有権を得る為の壮大な自作自演だという疑念を持たせるには、充分な説得力を持っていた。
「Damn!」
「フム……誰が黒幕にせよ現状打つ手ナシってワケか?」
ニコが顎を擦りながらそう零すと、メナエムの判断も感情ではない合理的なものにも思えた。
しかしながら、メナエムが受け手に回るという判断を下すことも、付き合いの長いニコにとって不自然なことのように思える。
「コウキ、地球軍が私達を見逃す事など有り得るのでしょうか?」
「有り得る訳ないな……火星側は表立って俺達に干渉することはないが、地球側は別だ」
「そいつァいい、大口を開けて喰らいついてきた所を逆に噛み砕いてやる訳か」
コウキは整備を終えると、コクピットブロックから体をあげ機体を見上げる。
メナエムが過去の戦乱の最中に開発したへヴィ級EVC“ツィゴイネルワイゼン”。
この機体が埃を被っていた倉庫から再び日の当たる戦場へ戻ってきたという事実が、メナエムの真意を表していた。
形式番号HAL-1それが彼女に与えられたコールネーム。
彼女は何の変哲もない一般人である青年、コウキのパートナー役としての仕事を与えられている。
彼女は“完全な自律性”を求めるために0から学習されたAIである。
その性能の真価はシミュレーターのスコア293.ptという数値にあった。
通常のAIであれば300.ptを取ることは容易だろう。YESとNO、正と負、0と1。
それまでのAIに求められて来たのは、如何に素早く正しい解を導き出すかという点に集約されていた。
「ハル、そろそろ行くぞ」
「……はい」
ハルはその場立ち上がろうとすると足をもつらせてよろけ、そのままコウキの腕に支えられる。
ハルは体躯のバランスを取り外し、立ち上がるのに“失敗”したのである。
「しっかりしろポンコツ」
「お手数をおかけします」
HALのAI機能には今までにない試みが複数組み込まれている。
その原点となるのがAIの中核を成すトライシステムにある。
正解を算出し最適解を得るだけでなく、敢えて間違った行動や思考経路を取ることで人間と同じように失敗から学ぶ機能を備えているのだ。
幾度もの失敗を積み重ねて算出するワークフローは、AIに与えられたあらゆる難関に対して。
膨大な乱数のぶれから生まれた可能性から、それなりの解法を得ることができる。
「おっと忘れてた。ほらよ」
「あっ、ブタさん」
安っぽいセルロイド製のブタの人形の腹部を押すと間抜けな音が響き、ハルは満足げに鼻息を吹いた。
街に出た際に買い忘れていたもの。彼女のお気に入りの児童書のキャラクターである。
コウキから与えられた人形を大事そうに抱えたその姿は、まるで本物の人間の少女のようにも見えた。
ハルのAIには執着による段階分けを行う機能もある。
物事に対して「好き」「嫌い」「どちらでもない」の3つにカテゴリーを分類して情報を整理。
無尽蔵に増える外界からの情報を重要度の低い順から消去し忘却することが出来るのだ。
「コウキ――待ってください」
両者の手の平が合わさると、ハルの触覚にコウキの体温と柔らかさが伝わってくる。
その感触がハルは“とても好き”だった。
ドジばかり踏む自分を苛立ちながらも根気よく支えてくれる。コウキが好き。
コウキが初めて読んでくれた絵本だから好き。その絵本に出ていたキャラクターだから好き。
コスモポリタンのクルーも火星の子供達もこの世界は覚えきれないほどの好きで溢れていた。
「――!」
「どうした?」
それが消去されたと知った時、ハルは言い様のない悲しみに襲われた。
好きな物が消えるのは悲しい。
AIにとっては擬似的なコードにしか過ぎない。
だがそれは人間も同じ事だ。
深い悲しみも怒りも脳によってもたらされる化学反応に過ぎないのだから。
「思い出が消えてしまいました」
「――あぁ」
ハルは火星で出来た友人達との消えていく思い出にタグを貼り付けバックアップを取った。




