第1話
耳障りな重低音が響き渡る船内、船室でベッドに横臥している男は上半身をもたげる。
船室の青白いランプが点灯し、モニターフィルムに陽気な声の宙間放送が映し出された。
男はけだるげにベッドから立ち上がると、フィルムに指を置き選局する。
RES(資源採掘宇宙船)コスモポリタンに朝が来た。
資源採掘宇宙船の業務はアステロイドベルトに存在する無数の小隕石又は小惑星を牽引して火星まで航行する事だ。
1967年10月10日に発行された“宇宙条約”は国家による惑星や天体の所有を原則禁止する決定を下す。
しかし米国で2015年で制定された宇宙法では個人から法人の惑星資源所有が認められる事となった。
「おい、起きろポンコツ」
「お早う御座います、今日も御機嫌斜めですね」
ポンコツと呼ばれた女は目を見開くと、男が伸ばした足を眉をひそめながら億劫そうに払いのけた。
ちりちりとゴムの焼け付く臭いが部屋に充満する。
同時に女のボディ内部の水冷チューブが循環を始め肉体を冷やす。
「今日はEVU作業の日です、開始時刻はsol/11:00」
「知ってるよ」
「作業開始時刻まで残り29分」
「それも知ってる、いいからメシ……お前は食わなくとも、俺は腹が減るんだよ」
男が言いつけると女はやれやれといった具合に両手を上げ肩を竦めた。
固形パンとレトルトパウチからモールディングパテを盛り付け、テーブルの上に置く、とてもではないが旨そうには見えない。
男は億劫そうに緩慢な動きでそれを受け取ると、サクサクと小気味良い音を立ててパンを齧った。
「たまには柔らかいもんが食いたいな……」
「パテがあるでしょう、私にも少しください」
「やめとけ、後で故障してメンテするのは俺なんだぞ」
「ケチですね、貴方の様な甲斐性無しに管理されたのが私のロボット人生、最大の不幸です」
男は舌打ちすると、パテをスプーンで掬い取り女に投げ渡す。
女は無重力の中飛んできたスプーンを器用に受け取ると、舌を出してぎこちなく舐め始める。
「……味覚もないのに」
「気分の問題です」
男が作業服に着替え部屋から出てくる頃には船内は慌しくなっていた。
火星標準語である英語を喋りながら、狭い廊下をすれ違う船員達。
肌の色も人種もそれぞれ違うが、地球から集められた与太者の今の彼らにとってはそれらは些細なことだった。
「ようコウキ! 早いお目覚めだな?」
「ようマイケル……遅いお目覚めだな? もう太陽は遥か向こうだぜ」
「昨日の映画が面白くってよ、お前も観たかメル・ギブソンの……」
「御二人とも御急ぎ下さい、作業開始時刻から三分オーバーです」
女から注意を受けた白人の男は肩を竦めておどけてみせる、彼女の今朝のポーズもこの男から真似た物だ。
男はにやりと口角を吊り上げて笑うと、磁力ブーツをメンテハッチの方へ向け歩き出した。
「ほれみろポンコツ、俺達の一番乗りだ」
「現場責任者まで遅刻するとは……この船の船員はサボタージュの常習犯ですね」
「まぁ、そうカッカするなよレディ、このテキトーさが人間の美徳だぜ?」
女がメンテナンス用無人機のコンソールから延びたケーブルを、首筋にあるジャックインに差し込みOSに接続する。
無人機のメインメモリにデータが移し替えられ、船外作業ポッドが動作状況がアクティブに変移する。
すると、慌しく走る音を立てて、中国人の男がメンテハッチに息急き切って走り込んできた。
「すまん! 会議が長引いて時間に遅れた!」
「コウキ、何時でもいけます」
「ハハッ! 誰も気にしてねェよ、リュウ」
「何かあったのか?」
「あぁ……この近くの宙域で戦闘行動があったらしい、後でハルに詳しいデータを送る」
「……ということは今日も滞りなくお仕事か、やれやれ」
ハルと呼ばれた女はコウキと呼ばれた男とお互いに顔を見合わせ一息吐くと、船外作業ポッドに乗り込んだ。