悪役令嬢の書物召喚
「……あなた、姿勢がだらしないですわ」
「シェールド。魔法の訓練の際に殿方に声をかけるなどもってのほかですわ。魔法訓練は男女が別れて行っていますの。ルールを守ってくださいません?」
「……食堂という皆がいる場所で、男女がそのように抱きついているのは、おかしくはありませんの?」
入学式があった四月から一ヶ月が経った。
すっかり桜もなくなり、緑の多い学園でわたくしはため息をついていた。
……何やら最近、自分に対する厳しい視線が多くなったように感じた。
普段から男子の視線は多かった。その多くは、わたくしの胸を見るものだったり、わたくしの容姿を見るものであったり……。
そういった視線はたまに嫌になることもあったが、今はそれ以上に気分が悪い。
廊下を歩いていたわたくしは、風魔法で聴覚の補助する。これにより、遠くの会話でも風にのせて聞くことができる。
「……リーフィ様、またシェールドにちょっかい出していたらしいわよ」
「シェールドが、男性方に人気なのが気に食わないのではありませんか?」
「あんまり大きな声ではいけませんわ。リーフィ様に聞かれてしまいますわ」
聞こえていますわよ。
それでもわたくしは大人な態度でその団体を無視した。
軽く頭を下げてきた彼女たちであったが、わたくしがすぎてまたすぐに話を始めた。
何が、ちょっかいですの。
わたくしはむしろ、男たちからの過剰なアプローチがなくなって清々していたくらいですわよ。
苛立ちはあったが、ここは学園。それを顔に出すことも、ましてや歩行に出すこともいけない。
そう思っていたわたくしの前に、シェールドと男貴族が歩いてきた。
男貴族はシェールドへと手を伸ばし、楽しそうにしていた。シェールドもまた、そんな男貴族を拒もうとはしない。
……学園の規則では、男女が必要以上に接触してはならないと決まっていた。
ここは学びの場であり、愛を語らう場ではない。
確かに、その規則は今ではそこまで力を持ってはいない。
だからといって……わたくしが放っておけばこの場でキスでもしそうなほどのべたつきはやめてほしかった。
「……あなた方、もう少し場所をわきまえてはくれません?」
「……リーフィ様……申し訳ありません。その彼は悪くなくて……」
シェールドがそういうと、男貴族がぶんぶんと首を振る。
「そんなことはない! リーフィ様! 前から思っていましたが、あなたは厳しすぎますよ。そんな態度ではいつまで経っても、男はできませんよ」
「あなたに心配されることではありませんわよっ。とにかく……ここは学園ですの。しっかりとした規則があるのですから、しっかりしてください」
……シェールドは、学園の魔法の成績はかなり良いほうだ。
だから、わたくしも良いライバルだと思っていたほどだ。
だがしかし、彼女の成績が良かったのは最初だけだ。むしろシェールドは魔法なんて知ったことはないとばかりに、男へと声をかけている。
……まあ、貴族との関係をもちたいというのはわかる。彼女は平民だ。
ですが……せっかくの才能を潰しているようで、凄く気に食わない。
「行こうシェールド」
「……ですが」
そういいながら男貴族に手を引かれるようにさっていくシェールド。
去り際に、ちらとこちらを見たシェールドの口角は、僅かにつりあがっていたように見えた。
……いや、たぶんわたくしがそういう風に感じただけだ。
○
夜。わたくしは部屋の鏡に向かって魔法をかける。
わたくしは風魔法だけが使えると世間には伝えている。
……もう一つだけ、わたくしは隠している魔法がある。
それは、異世界の鏡に接続し、会話を聞き、そしてその世界にある小説、漫画をコピーし、こちらの世界に召喚できる能力だ。
おかげで、わたくしの実家のわたくしの部屋には、たくさんの漫画がある。
小さい頃からやっていたおかげで、わたくしは日本語で話すこともできるし、読み書きもできるほどだ。
家族もまた、わたくしの能力を知っており、その漫画を使ってこの世界で金儲けをしている。
わたくしは今日も異世界に接続し、最近良く観察していた男の部屋の鏡に接続する。
この男、それなりに漫画を持っているため、少しずつコピーしては召喚をしていたのだ。
部屋にある隠し本棚がもう一杯になりそうな頃、彼は部屋へと漫画を持ってきた。
『ちょっと兄さん! その漫画もって行かないでよ! 汚れたどうすんのよ!』
『いいじゃねぇかよ……おまえの部屋で読んでるとそれはそれで文句言うじゃねぇか』
『だからって勝手にもって行かないでよ……。はあ、兄さんが読みおわるまで部屋のゲーム借りるわよ』
諦めたように彼の妹さんが、部屋に入る。
ゲーム! わたくしも一度はやってみたいと思っているものだ。
今日はもしかしたら、寝る時間が遅くなるかもしれない。これから行われるゲームにわくわくしていたが、わたくしはそこで異変に気づいた。
「……わた、くし?」
そう。男が持っていた漫画の表紙には、シェールドとわたくしが映っていた。
……なんというか、わたくしは随分と悪い顔をしているのだけれど。
気になった私は、すぐにその漫画をコピーする。コピーにはおよそ三十分がかかるため、それまでゲームを楽しむ。
何かのRPGのようで、妹さんは一番難しい難易度で最初からプレーを始めている。
……ゲームは凄い。あれほど綺麗な映像、この異世界でわたくしが死ぬ前にできるのだろうか。
たぶん、無理だ。
やがてコピーできた漫画が、わたくしの手に召喚される。時間を無駄にできないため、残り九冊の漫画もコピー準備をしておく。
こうすれば、コピーが終わりしだい次の漫画がコピーされていく。
わたくしはRPGに視線をやりながらも、漫画を読んでいく。
それは……シェールドを主人公とした漫画だった。
漫画のあらすじはこうだ。
平民のシェールドはその類稀な魔法の才能を持っていたために、魔法学園へと入学することができた。だが、平民の彼女に待っていたのは恐ろしい貴族リーフィ。リーフィは、シェールドに対して散々な攻撃を仕掛けてくる。シェールドは無事に学園を卒業できるのか!?
となっていた。
……さて、わたくしはどこにどう怒りを向ければよいのだろうか。
苛立っていたわたくしは、とりあえず一巻を読み終えて、頬がひきつる。
まるで、今のわたくしと状況が同じであった。
来週、この学園ではトーナメントが行われる。それで、わたくしは決勝戦でシェールドとぶつかる。
わたくしは彼女と対戦し、何とか勝利した。
敗北したシェールドだったが、あの例の男貴族。
一応一巻のヒーローらしく、約束が守れなかったシェールドを慰めていた。
……そして、わたくしは、平民に苦戦したというレッテルを貼られるようになる。
漫画の最初とかも、わたくしが行ったものがそのままであった。
……考えられるのはこの世界が実は漫画の世界だったとか?
そういった類の漫画、小説も、わたくしは召喚して読んでいる。
まあ、だからなんだという話ではある。
漫画の世界でもわたくしはしっかりとここで生きている。特に気にすることはない。
漫画の内容そのままになると、わたくしの生活が追い込まれてしまう可能性もあるのだけれど。
『なあ』
『何よ』
鏡から会話が聞こえる。わたくしはこれから自分に待ち受ける事態に腕を組むしかなかった。
『このリーフィって貴族、人気あるだろ?』
お?
『は? なんでよ』
『だってこんなに可愛いし、シェールドのことを思っていっているんだろ?』
よく分かりましたわねっ。
この漫画わたくし視点がまるでないのが酷い。
『はぁ!? なんでそうなるの!? シェールドが憎いから嫉妬してんでしょ? 今まで自分がちやほやされていたのに、突然平民に奪われるのよ? 苛立つに決まっているじゃない』
あの妹さんを殴ってやろうか。鏡に拳を叩きこめたらとっくにやっている。
『いや……ほれみろこのコマ!』
指差した彼のコマをわたくしも見る。
……今日、シェールドを注意したシーンだ。
この場面で、わたくしは呆れた顔をしている。
『何よこれ?』
『このシーンで、普通呆れるか? 嫉妬しているなら、多少なりとも怒りを見せるだろ?』
『……まあそうかもしれないけど、そんなの見方なんていくらでもあるでしょ? ていうか、兄さんがドMだから、こういう気の強い子が好きなだけじゃないの?』
『ドドドドドMじゃねぇし!』
……二人ののん気な会話を聞きながら、わたくしは召喚されていく漫画を読んでいく。
全部で十二巻。
一巻でだいたい一ヶ月分の物語があり、三月で卒業。
……その日にわたくしの評判は地の底までおちており、どこにも就職先がなく家に引きこもることになってしまったらしい。
……ほ、ほぉ。わたくしをここまでこけにするとは、ちょっとばかり怒っていますわよ。
ぱたんと漫画を閉じて、わたくしはそれを厳重にしまう。
さすがにこれを、他人に見られてしまうと大変なことになってしまう。
……決めましたわ。
この漫画の最後……わたくしが悲惨な終わりを迎えているようですけれど、わたくしはもともとどこにも就職するつもりはない。
しいていうなら、自宅の漫画製造に携わるつもりだ。
だから、別にこのような結末を迎えるのも良いが、さすがにシェールドの思い通りというのは癪に障る。
「……まずはトーナメントですわね!」
ギリギリの勝利になると、馬鹿にされる。
なら、叩き潰してやる!




