灯りの消えた
喉の奥が煽るか嘲るように音程を上げるものだから無性に噛み付く。
疲れた蛍光灯が点滅するのを見ない振りで不必要な労力を使う。
今は自分を責めるものを視界に入れて平然と出来る自信が無いから。
意味も無い常套句を挨拶に会社から帰る人波に混じれなかった自分は大して苛立つ事もなくキーボードを叩く。
先輩が部下になり、役職が大袈裟になって見渡せば敵味方の区別が付いた。
恋愛に衝動的に為れない質を思い知ってその場限りを繰り返した。
今日も終電に置き去りにされる。
静かになったフロアに手を打った。
一段上がれば馴染むまでが多忙と笑った上司はやはり予言者だ。
仕事が恋人状態とはまさに、他人の肌とは暫く遠い生活が不満ではないが。
元々欲には淡白な方で、稀薄とまで言われる程では何もない。
消音したスマホが点滅する。
今頃仕事内容でもあるまいと無視しようとして脳裏に嫌味な笑顔が浮かんだ。
舌打ちの音を態々響かせれば空気が歪んだよう。
メールフォルダを開けば案の定同期の名前が表示されて一度画面の光を落とした。
部署が同じだった短い間に慌ただしく目立っていき、その後直ぐに秘書課に移った話題の女性。
見目の良さに囚われて有能さに惹かれた役員に秘書課へ引き抜かれ今現在の社長秘書へと。
数年の間に先輩主催の親睦会という名の出会い作りに付き合わされる毎に呑めども顔色の変わらない互いを見て合う、と確信してしまったのが運の尽き。
多忙の割に会う頻度の多さを思うと後悔の念が浮かぶ。
美人の大抵は悪女だ。
役員を取っ替え引っ替えする彼女が生き残れたのは単に彼女の仕事への力量の高さが救っただけ。
気楽な相手で在ることは確か。
唯、何となく気に食わない。
フォルダに新着が一つ。
無題。
添付画像のみの嫌がらせ。
彼女のデスクに赤ワイン。
1986
嗚呼、何だこの内容の濃さは。
手帳を捲る。
ヒールが響いた。
『孤独に残業ね』
「秘書課は定時だろう」
『今日も会食』
「直帰優遇はどうした」
『貴方に回す書類を忘れてて戻ったの』
紙一枚を指先で揺らすと渡される。
「誰の陰謀だ」
『社長に一任された私』
口角を綺麗に持ち上げる仕草が気に障る。
「飲み会の幹事くらいお前なら適当に捕まえろよ」
『今回は役員込みで私も幹事よ。面倒事は貴方とが楽なの』
パソコン画面が落ちたのを見届けて閉じれば空気感に合わない軽い音を立てた。
「逆らっても無駄だろうな」
隣のデスクに腰を乗せた彼女が品良く足を組み替えるのを無言で立ち上がり通り過ぎた。
視界から温度が消えた。
白が端に覗いた。
ネクタイに逆らえない身体が反転して思わず音を立てて手を付いた。
「殺す気か」
『悪戯じゃないかしら』
「お偉い方を誑かすのは終わりか」
『もう十分でしょ』
貴方の方が面白い。
何だその理屈は、思いながら艶を含んだ口許が寄るのを諦めた。
遠くで慌てた音の気配がした。
暫くは話題が此方へ寄るだろう。
彼女の気配が変わったように思える事のみで何だかもう訳が分からなかった。
拙い小説に最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
彼女は狙って無自覚、彼は素直に無自覚だろうなと思います。