(3)
この回だけ、時雨とエヴィルの視点を離れます。次回更新で、また戻ります
明け方ちょい前のことである。
ラルド村付近の、店主が言っていた湖のほとりに、少女がひとり放心していた。
手足をだらしなく投げ出し、目は中空を見つめ……というより、ぼけっとした目付で、何を見るともなく見ている。
ちょっと長い、青みがかった髪をポニーテールにし、動きやすい革と布の服。
全体的に色彩は、髪と同じく青で統一している。
青い上着に、前をいくつかの鉄製の細工で留めている。
そこから見える白いアンダーと、これまた白いレギンス。
繊細な衣装ではないが、ある種の潔さを感じさせる……要するにシンプルな服装だということだ。
しかし、足回りを見てもわかるように、堅実な肉体労働に耐えるだけの丈夫さは持っている。
そのあたりに、雑嚢が置かれている。使い古された、幾多の仕事に耐えてきた丈夫な品物だ。その中に仕事道具が入っている。
少女、今もなお放心している。
が、やがて、ハッ、とした感じで覚醒する。
ちょうど、うとうとしている人が、ガクッ、と「落ち」て覚醒するかのような。
筆者も未だに経験があるが、あれは慣れない。で、見ていたクラスメイトから笑われるのである。まだ学生時代のことを引きずっているのか。
少女、辺りを見回して、ここはどこだろう、と思う。
辺り一帯は、セイタカアワダチソウやススキに覆われ、湖の藍と、未だ明けぬ空の藍とが混じり合って、美しい、というよりは、どことなく寂しい。
中空には白い月が昇っている。満月には遠いが、一応は円形。
「ああ、またやっちゃったですか」
独特の丁寧語 (ちょっとくだけている)で、少女は独白する。
言葉に出すことで、自らを確かめる、というように。
確かめる。
それは、今自分が生きているということ。
ということは、それ以前に何か出来事があったということで――少女はそれを思いだそうとする。
が、「いつもの如く」その記憶には霞みがかかっている。
何かあったことは間違いないようだ。
だが、それは消去されている。
情報も、雰囲気も、そこに誰がいたかも。
いつものこと――いつもの、能力を使ったまでのこと。
そして、一応は生きている。
そのことに一応は安堵しつつも、それでもどこか「また失ってしまった」と述懐するのも確かである。
「でも、しょうがないですしね」
少女はひとり言う。
自分には、それ以外の生き方は出来ないのだということを、知っている。
やがて少女は立ちあがり、村へと戻る。
何をしたかは覚えていないが、少なくとも仕事は達成したのだから、対価は出るだろう。
湖岸の砂を払って、さく、さく、さく、と、水打ち際を歩いて行く。
「何を……したのでしょう? まあ、いつものことです。です」
藍色の空と湖のもとで、再び少女は動きだす。