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第一話おわりです。

「は、放せ! 返せ!」

 

「お前バカにも程があるだろ。この状況でまだそんなこと言うのか」


 賊の無知に呆れ果て……いやむしろ、これほどの阿呆を見て、感心するみたいに、エヴィルは手に宝玉を弄びながら嘲笑する。自分はここまでバカにはなれない、みたいな。


 「さてさて……召喚系の魔宝玉か、それとも何らかの術式をプログラムされているか。お前らには過ぎた代物だが、果てさて、何が入っているのか。お前の動作からして、破裂させることによって魔術が展開されるようだ。仕掛けはシンプル。ポンと投げ出し、あとはお任せ、タイプか。それともこちらの指揮が効くタイプなのか。どうなのよ? そこんとこ」


 賊に聞くエヴィル。


 それに対し、賊はむしろ不遜な笑みを浮かべて、挑発してきた。


 「やってみろよ、興味があるなら」


 教えるつもりはない。


 何が出てくるか分かったものではないモノを、お前は扱えるのか? 


 そんなリスキーな真似をするのか? 


 大体こういった挑発である。


 「おーい時雨君、こいつの手なり足なり斬り飛ばしてくれ」


 「ヒッ!」


 余りに冷酷な脅しをかけられ、条件反射的に怯える賊。


 少なくとも、あの三人を一度に斬り伏せた時雨の腕並みは知っている。簡単に斬り飛ばすことが出来ることは、容易に推察できた。


 が、


 「やだ」


 少女時雨、意外にも反対する。


 「別にいいじゃないか、命とるわけでもないし。こいつにしたって、腕足の一本くらいなくなった方が、世間のためになるんじゃないのか? 賊が減るわけだし」


 もうこうなってくると、賊とエヴィル、どちらが悪人なのかわからない。


 発言の残酷さを見たら、エヴィルに軍配が挙がる。


 少なくとも、エヴィルはそのようなことをするのに、何らの躊躇も抱いていない。


 そこにブレーキをかけているのが、時雨という少女なのであった。


 「お、おい、あんた、助けてくれ!」


 時雨に自分がちょんぱされることを取りやめてくれるように懇願する賊。


 冷静に見れば、断頭台そのものに向かって「やめてくれ!」と言うに等しい行為なのだが、それしか助けはないのであった。


 「じゃあエヴィル君に話した方がいいんじゃないかな?」


 「ぐっ……」


 「よーし時雨君、足と腕両方斬ろう」


 「や、やめろぉおぉおぉ!」


 「やだよ」


 「別にいいじゃないか、世のため人のため俺様のため」


 「私の趣味に反するの」


 「はぁ……相変わらずだな。俺様のためだというのに」


 「そこ、地味に拘るね?」


 どうやらこの時雨という少女、剣士のわりに血を流すことは嫌いのようである。


 現に、時雨が片づけた三人は、いずれも峰打ちで収めている。


 「ふ、ふん。所詮女が」


 時雨が自分を傷つけることはないと知った賊、思いあがる。


 「あ、言っとくけど、時雨君、昔、千人斬りやった人間だから。比喩表現でなく、ほんとに千人」


 それを聞いて、この男が役立たずと見なしたガクブル賊と同じように、この男もガクブル賊となってしまうのであった。ガクブル賊ばっかじゃないか。


 「何だ……何なんだよ、お前ら……」賊はうなだれる。「殺すなら殺せ……」


 「よし時雨君、首を」


 「うわぁあぁぁぁぁあぁぁぁ!」


 「やだよ」


 「じゃ教えろ」


 「教える! 教える! 教える!」


 人間ガクブルも極まると、同じ単語を連発するものらしい。

 筆者も昔、まだあげ初めし前髪の学生時代、遠出する旧友に買い物を頼んだ際(当時、地理的に手に入らない品物だったのだ)、余りの品物欲しさにガクブルし、「頼む! 頼む! 頼む!」と懇願し倒して、謝礼を払って「ありがたやありがたや」と品物を受け取った。かように人間窮地に追い込まれると語彙が少なくなるものである。


 それぐらいの一生懸命さ、必死さが、この賊に最初からあれば、このようなことにはなっていなかったのだ。全く持って三流とは度し難い。


 「その宝玉は……吸血鬼が作った、毒霧を発生させるものだ……」


 エヴィル、一瞬で得心がいったようである。ふむ、と頷き、


 「なるほど、だから『やってみろや』か。俺様たちがこれを破裂させたら、俺様たちがダウン。どうせお前らは抗体ワクチンを自分の中に打ち込んでいるんだろう。お前らに害はない。少ない知恵しぼって考えたもんだ」


 「……」


 もはや黙り込む賊。


 「さて」


 エヴィルはころころと宝玉を手のひらで弄び、しげしげと眺める。


 そしてコートの懐に手を伸ばし、何やらがさごそと取り出そうとしている。


 「こん中今散らかってるからなー、村に行ったら整理するか」


 まるで物置を相手にするかのような言いぶりである。


 しかし、その形容こそが正しかったのだ。


 エヴィルは、懐から、肩までもある杖をするするすると取り出したのだ。


 「は!?」


 賊、それを見て大層驚く。


 無理もない。


 何らかの魔術の類であろうが、そうでもなければマジック(奇術)に見えただろう。


 ほら、一部の読者の方も、こういった「どこからともなく飛び出せポン!」なマジックのセットを買い、夜な夜ないつか来るお披露目の場(主に宴会)に向けて練習しているものとお見受けする(余計なお世話だ)。


 しかしエヴィルが平然と行っているのは、衆目を驚かすものではなく、ただ単に、「格納」という、至って事務的なものなのである。


 空間系魔術。


 ある異次元の空間を一定の量、立法体として確保し、エヴィルはそこを自分の懐とリンクさせ、トランク替わり、物置替わりとしているのである。


 これにてエヴィルが手ぶらでいる説明がついた。そして類推出来るのは、時雨が携えているトランクも、この手の魔術によるもの――早い話がエヴィルが作ったものであるということ。


 が、それにしても。


 そんな魔術を常時展開していて、しかも汗ひとつかかない、というのは、先の略式魔法と同じく、地味ではあるが、しかしレベルが高いものではあるのだ。


 高レベルの魔法の常時展開は、例えるなら、コンピュータで常時エロゲを起動させているのに近い。


 リソースは割かれる。が、エヴィルの魔力、頭脳には、その程度の所作、まるで意にも介しない。


 ところで、エロゲ言いすぎではないのか。それほどエロゲ好きか。(大好きです)


 長々と空間系魔術「物置」について語ったが、つまり、凡夫にとっては、それほど桁違いの魔術であるのだ。


 しかし何とも愛想のない名前である。


 もっと中二的に「失われた刻の記憶~ヴォイドロッカー・ザ・インフィニティ~」みたいな名前にでもすればいいと思うが、今適当にでっち上げたこの名前、書いていてむずがゆい。痛い。やっぱするな。


 で、青年、そのような脅威の魔術を尻をかくが如く(もっとマシな比喩はないのか)楽々行い、杖……奇怪な形をした杖を取り出す。


 その杖は、長い柄の先に、大きな三日月が乗っていた。


 金色に鈍く輝き、先端から末端に至るまで魔術文字が刻まれた三日月は、奇妙な波動を放っているように見える。


 エヴィルは宝玉を三日月の両極の間に浮かべる。


 浮かべる、そう、手を離したその時、宝玉はふわふわ浮いたのだ。


 やがてその浮遊も一点で止まり、三日月の両極から、電流の糸のようなものが、宝玉に突き刺さる。


 「ま、この色は吸血鬼が作ったもの……吸血魔法による、お決まりの色だな。問題はどのレベルの、どの類の毒かってことだが……さて、『抽出』してみるか」


 エヴィルが杖を握ると、糸から三日月に向かって何かの電磁波が走っているように見える。


 そして淡く光る三日月本体を、つつっ、と触り、ふむふむ、とエヴィルは得心する。


 「神経麻痺系、か。まあ予想出来たことだが。お前らの目的には合致するものだ……強姦魔が」


 要するに動けなくなった女性に好き放題、あるいは刃向う男性をなぶり殺し、という類の魔術がここには封じられている。


 この手の手口、やはり参考にすべきはエロゲである。そんなにエロゲが好きか。(三回目)


 「さて」


 ぎゅわん、きゅきゅ、きゅいいいいい、と音を立てて、エヴィルは宝玉からその神経麻痺系の「毒」を抽出する。


 内部の魔術をあえて展開し、自分に害が及ばない形で。つまり、空間に毒霧の圧縮した液体を浮遊させる。


 三日月から、どくどくどく、と、クリーム色の流体が流れ込んでいく。空間に、球が形成される。


 そしてエヴィル、悪そうな笑みを浮かべ、


 「これを改造しよう」


 と言う。


 また懐から、いくつもの試験管を片手でつまみ、器用に扱いながら、適量、適量、適量、とその球形の圧縮液体に、更なる液体を流し込んでいく。


 「けっけっけっけっけ」


 青年、奇怪な笑い声をあげる。


 あたかも魔女、あるいはマッドサイエンティスト。


 それに慣れている時雨はともかく、常人はどん引きである。


 筆者もこのような奴を主人公にすることを、そろそろ後悔しはじめている。第一章だと言うにも関わらず、すでに。


 「出来た」


 おもちゃを扱うように、エヴィルは、禍々しい色に変化したその球形を、空中でふわふわ弄びながら、さらに笑みが酷くなっていく。


 「さあ、楽しい人体実験のはじまりだ」


 今、エヴィル、健全な青少年向け小説いわゆるラノベの主人公として、許されないセリフを吐いた。都条例にひっかかったらどうしよう。


 しかしエヴィルはそれをしたくてたまらないようだ。


 時雨はそれを「ああ、またか」みたいな目で見ている。


 賊にかける情けが時雨にあるのなら、止めろよ、とここで言いたくなるのが人情というものだが。


 「おい、何するんだ、やめろ、やめろ! そこのお前も何か言え!」


 と盗賊が時雨に懇願するのも無理はない。


 が、少女。


 「だったらはじめから私達を襲わなければいいのに」


 と正論でバッサリ。


 どうやら時雨は、エヴィルのように相手に対して異常に好き放題するという趣味は持ち合わせていないが、「負けた人間が口などきけない」という、ドライな面を持っているといえる。


 弱肉強食。


 それは時雨が生きてきた、剣士としての苛烈な生涯において、最大の原則である。


 恐らく時雨ひとりだったら、適当にあしらって(つまり六人を一瞬でボコって)、さっさとその場を立ち去っていたであろう。


 災難だったのは、悪魔の思考を持つエヴィルという黒魔術師がいたことである。


 「喜べ、神経麻痺に加え、臓腑が焼け、皮膚は高速で腐り、それでいて思考は酩酊すると同時に覚醒するという、一切の効果がドロドロかつシャープな効き心地を約束する……はずの猛毒を試験的に拵えた。魔術と科学の発達のために、お前ら六人にこれを投与することとしよう」


 「ぎゃああああぁぁぁぁあああああ!」


 六人に、一斉にその液体を分割して放つエヴィル。


 断末魔の叫びを発して、まさにエヴィルが言ったように、その効果は即座にてきめんに表れた。


 「くくく、思った通りの結果が出た。実験は成功だ……とは言いつつも、酩酊感が薄いか? 神経意識の覚醒感がシャープなのだから、それをもってよしとすべきだろうが、しかし悪夢感は俺様の理想には少し違う……まだ改良が必要、か。くっくっくっく……イーッヒッヒッヒッヒッヒ! やっぱり実験は楽しいなぁ!」


 どう見てもこちらが悪人である。本当にありがとうございました。

 

第一話おわりです。ひどいヒキ。引かれるわ。誰がうまいこといえと。

次回から第二話「村で情報を集めよう」です。

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