(4)
バトル回です
最後は下ネタで落とすのはオッサンだけにしてもらいたいが、ともかくも一応の話の決着がついたところで再び彼らはてくてくと街道を歩く。
と、ふと時雨、ぴくっ、と、何かに気づくようなそぶりを見せた。
「居るね」
そう零した時雨は、腰に下げた黒い剣をさわる。
「毎度ながらよく気がつくよな。盗賊か? 魔獣か?」
「人だね。居る。やな目付きを感じるよ」
周囲には誰もいない。それなのに時雨は「居る」と言う。
しばらく歩くと、果たして、やはり、周囲の雑林から、ざくざくざくと足音が聞こえてきた。
急き立てられるような、襲いかかるような。
そう、まさに襲いかかるのである。
時雨の言った通り、両脇から、二人を挟み打ちする形で、六人の雑盗が突如として姿を表した。
手には片手剣や短剣、それもむき身の刀身。
すなわち「出せ、従え、さもなくば殺す」という、洋の東西を問わない、至ってシンプルな恫喝である。
それに加えて、賊の目付き口元には、下卑た笑みが浮かんでいる。好色な、と言い換えてもいい。
カモが自ら慰み者に来てくれた、とでも言わんばかりに。
まさにその通りに、賊のリーダー格であろう、時雨とエヴィルの真正面に立つ、背の高く血色の悪い、みすぼらしい格好をした男が言う。
「なあ嬢ちゃんたち、誰かとはぐれたのかい? お供も連れずにこんなとこ来るようじゃ、好きにしろ、って言ってるもんじゃないか。これは正当だぜ?」
それは賊どもにとって、これから「目の前の上玉に好き勝手する宣言」であった。
あえて言葉にすることによって興奮する、というものであり、これもまた洋の東西を問わない。
言葉にはそのような効用がある。
疑うようならばエロゲの主人公のテキストを声に出して読んでみると良い。エロゲ言うな。
「正当、という言葉の意味を知ってるのかね、辞書でも引いたらどうだ、法典でも引いたらどうだ、と言いたいが、こいつら字読めるのかね?」
あからさまなエヴィルの嘲笑。
ちなみにこの時代、識字率は高くなく、しかしそれを差し引いてもこの発言が、賊どもを嘲け笑っている、見下している発言なのは容易に知ることが出来、
「てめえ、言ってくれるじゃねえか、貴族様はそれだけでエラいってのか?」
このような、ごく自然な因縁をつけられるのである。
ちなみに貴族云々、嬢ちゃん云々というのは、明らかに二人の容貌による認識である。そのようにしか見えないからだ。
「俺様は貴族ではない……」
おもむろにエヴィルは言う。
「黒魔術師だ。そしてお前らは盗賊だ。よって死ね。もしくは消えろ」
男どもの目付きが、好色なものから、剣呑なものへと瞬時に変わる。湯が一瞬で沸騰したかのような。
「さて時雨君、行こうか。時間を無駄にした」
「そうだね」
あっさりとそれに同意する時雨である。
ちなみに少女、ここまで特に面白そうな顔をするわけでもなく、淡々と話を聞いていた。
というより、「またか」的なルーチン要素すら見出している。いつものこと、みたいな。
で、すたすたとその場を歩き去る二人――盗賊の存在を完璧に無視して。
それを許す盗賊がどこにあろう?
刹那、六人の群れの代表、背の高い男が、片手剣を振り上げて、エヴィルに襲いかかってきた。
切りつける、といった切り方ではない。
それでは「この先のお楽しみ」に差支える。
せいぜい、反抗出来ないように打ちすえる、といったように。あるいは、恐怖に怯えさせるように。
が、青年も少女も、それに対して、何の興味も示さない、といった塩梅に、いたって淡々としている。
そして、向かいかかってくる男に対して、ばっ、とエヴィルは右手を突きだした。
その瞬間、男の上半身に爆発が起こった。
どかん、と。ずどん、と。
そよそよとそよいでいた林はその爆発音にざわめき、空気が震えた。
清廉な空気の中に、爆炎がぼっと燃えた。
結果、男はどかん、という音と共に、ばたっ、という音を立てて、その場に仰向けになって倒れた。
ぴくぴくと痙攣している。意識はなく、立ちあがることは出来ない。
「……は?」とでも言いたげな怪訝な視線に、盗賊どもの目付が変わった。そして行動が止まった。
わけがわからない。
なぜこのレベルの爆発系魔法が、詠唱・魔法陣なしでいきなり行われるのか?
そもそも今の爆発は何だ?
そして、一味の中で、なかなかの腕前であったはずのリーダーが、一瞬で倒されたのはどういうことだ?
そんな様々な疑問が、数秒の間に、男どもの間に恐怖と困惑とに変わって、それによって彼らは突き動かされた。
「とにかく潰さなければ」
と。
が、冷静に考えてみれば、それだけのことをしでかす黒魔術師に、真っ向から事をしかけるほどバカなことはなく、まさに自殺行為、と言って差支えないのだが、賊どもには、そんな冷静な思考など出来はしない。
そこがこの賊どもの三流である所以であるが。
後ろの三人の賊は、背を向けている二人――とくに時雨を狙った。
走った。
走ろうとした。
ところが次の瞬間である。
時雨の手には片身の刃――この世界で「刀」と呼ばれる、細身の、とある国独特の、一般的ではない剣――が、右手に握られていた。
時雨の身体は抜刀して、左手は腰の鞘に添えられ、一歩足を踏み出し、しかし前傾の姿勢をすることなく、あくまで静かにその場に佇んでいた。
そしてその場には、三人の賊が倒れていた。
一瞬の出来事だった。
カメラを巻き戻してスローモーションで再生すれば、彼女が、賊が襲いかかったその瞬間に、恐るべき速度で体勢を変え抜刀し、ある男には腹を、ある男には胸を、またある男には腹を、といった具合に、ど、ど、ど、と打ちすえているのが確認される。
だがそれは「速度を遅くして再生して見える」レベルのものである。
前に居る残り二人の賊には、何が起こったか判断すらつかない。
さらにぽかんとする、その二人の賊。
時雨は刀を、かちゃり、という音を立てて握り直した。その所作だけで、二人の賊は戦慄した。
この期に及んで、ようやく賊は――ようやく賊は、その手数の半分を、十秒もたたないうちに失って、この目の前の得体の知れない二人の得体の知れなさに怖気がさすようになった。
形容を二回繰り返すな、と聞こえてきそうだが、事実賊の心情は、これくらい意味が混乱しているものなのだ。
「大丈夫、殺してはないよ」
あくまで淡々と言う時雨であったが、それは「殺そうと思えば殺せたよ」に等しく賊には聞こえた。
道の先、目の前の賊の片割れは、脂汗をだらだら流し、顔色を思い切り青ざめ、じりじりと後ずさりした。
それまでの下卑た視線、好色な視線は、木星くらい遠くに消え去っている。木星はさすがに言いすぎではないか。月まででも相当あるだろう。一体何を弁解しているのか。
そして、もう片割れの賊は、それ以外の連中よりはまだマシな……そこそこに、多少は、微塵といえども、冷静な判断力を下すことが出来るようで、手元から何かを取り出し、思い切り地面に投げつけようとする。
同時に、
「逃げるぞ!」
と、青ざめた……平たく言えばガクブル(ガクガクブルブル)状態の片割れの賊に声をかける。
が、ガクブルも極まるとまさに金縛り状態になるらしく、賊、奇妙に引きつった顔をしながら、あるいは奇怪な笑みすら浮かべながら、その場から動けない。
口は半開きで、よほどこの一連の動き――実際には本当に十秒しか経っていないのだが――にノックアウトされたようだ。
「チッ」
と、冷静な方の賊が、役立たずを侮蔑するような視線で見る。
それもあって、手にしたもの――紅い色をした宝玉を、地面に叩きつけるまでにいかない。
賊の手をとって無理やり引きずって逃げようとする。
冷静な、と筆者は今書いた。
だが本当に冷静なら、その宝玉をとにかく投げつけるべきだったのだ。
その何かが封じ込まれていそうな、いかにも不可思議な、曰く付きであることを全身で主張しているような、紅い、紅い、血の色の宝玉を。
少なくともそうすれば、何らかのアクションは起こる。
賊が想定していたであろう、「切り札」が発動される。
それをしなかったのが、この冷静な、しかし実のところ「少々頭が回る」程度の脳味噌しか持ち合わせていない、この賊――実際的な、チームの副リーダー的存在――の器の限界であった。
そして。
逃げようとした次の瞬間、ガクブルな役立たずは、リーダーと同じように、エヴィルによって爆ぜられた。
さらに次には、エヴィルの袖から放たれた、鍵爪付きのワイヤーによって、宝玉を投げつけようとした無能が、がんじがらめにされた。どこにそんなモノを隠し持っていたのか、と問いたいが、持ってるんだから仕方がないではないか、と言わんばかりに、エヴィル、自然である。
「何だ、ただの馬鹿どもかと思ったら、面白そうなもの持ってるじゃないか」
ここにきてやっと、エヴィルが楽しそうな表情を見せた。
それまでは、目前の敵を殲滅するのに、全くの無表情、いかにもつまらなさそうに、どかんどかんと魔法を使って薙ぎ倒していたエヴィルである。
略式魔法、と呼ばれる、簡単な手足の動きだけで、魔法陣や詠唱、術式の展開といった、魔法の発動に不可欠な一連の動作をすべて省略して、魔法効果だけを瞬時に発動させるという、魔術体系の中でも、相当に高度な技をエヴィルは行った。
汗ひとつかかず。
例えるなら、ひき肉と玉ねぎをポポンポンと叩いただけで熱々のハンバーグが出来るような、そんなアホな常識外れの人外魔法なのである。出来たら良いなあ、と筆者も思う。ハンバーグ、美味しいから。そんな話をしているのではない。
もっとも、もっとも、もっとも。
この賊たちが、完全なプロフェッショナルの一流だったら、エヴィルの略式魔法をちらと見ただけで、撤退を決め込むのが常套である。
そもそも。そ・も・そ・も。
この賊たちは、待ち伏せをしていたつもりであったであろうが、それより以前に、時雨にその存在を気づかれていたのである。その時点ですでに勝敗は決していた。
身の程を知らない者はこうなる、といういい見本である。
さて。
青年エヴィル、非常に悪そうな笑みを浮かべている。
男が手に持ち、起死回生の一手として放とうとした宝玉を……
次の更新分なのですが……規制、かからないかしら?