エピローグ
荒野を行くは、一台のホロ馬車。
柔らかでどことなく可愛らしいホロ(パンに似ている)を乗っけた、小柄な馬車を、屈強な馬が引いていく。
あくまで、のんびりとした道程であった。
馬を駆っているのは、時雨だった。
馬車の中では、エヴィルと屍霊術師が、懇々と話しこんでいる。アークはそれを聞いているのかいないのか、イマイチ判然としない。
「……つまり、以上のような仕組みでアークの頭脳は成り立っている。これを屍霊術、とくに傀儡術の『使役法』に充分に適応させることは可能なハズだ。まずは記憶のデジタル化、人格のデジタル化。身体の方も同じように出来ればそれに越したことはない……」
「大丈夫よ、大筋は把握してるし、貴方ほど上手くは出来ないけど、肉体改造術も精神把握術も会得している。あとは、それを貴方のメソッドで磨きあげていく……その楽しみを、奪わないで頂戴?」
かすかに、微笑んでいる。最初会ったときはほとんど死人のような面構えだったのだが、こうして議論に花を咲かせていると、人間らしさというか、年相応というか、童顔らしさというか、健全な活気が術師の顔から出てくる。
まあ、単に、人間や死体を駒として好き勝手使役させる、より都合のよい方法を延々議論しているだけなのだが。この外道ども!
「お二人さんは仲良しさんでありますなー」
それを呑気に受け流すアーク。多分話の内容は分かっていない。分からない方が人生まっとうだ、という指摘もさもありなん。
「お前は覚えていないけどな、この術師はお前と相当仲良かったんだぞ?」
「ちょ、貴方!」
「間違ってるか?」
「そう……評される資格は私にはないわよ」
「あ、じゃあ絶対仲良かったであります!」
「!?」
驚愕する屍霊術師。アークの空気読まない発言にももう(過去の経緯からして)慣れっこであるはずなのだが、こうも好意を率直に表されると。
「そういう風に言う人は、絶対私の友達だったに違いありません! お約束ですっ!」
術師、いろんな意味でぷるぷるしている。これでいいのか、という思いと、不条理な論理だ、という思いと、あと、何か妙な面白さと。
「ま、そういうこった。これから仲良くしていけや」
術師が思い悩む前に、決めきってしまうエヴィルであった。グジグジ悩まれるより、こうして強引に「結婚セッティング」してしまった方が、話が早い、と、青年思ったからだ。お前は仲人か。
「何か、楽しそうだね?」
くすくす笑いながら、時雨は振りむいた。
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あの後、村に返った時雨とエヴィルの二人、ギルドに行き、事態が全て解決したこと――化物荒れ狂い、死者たちは操られ、しかしまだ生きている人間はいて、吸血鬼がこの辺りの掌握に動こうとしていることすべてを、長に告げた。
術師のことは伏せた。あるいは、「倒した」と一応は告げておいた。それ以上詮索されないように。
長は言う。
「すぐにでも手配させて救助に向かわせよう。しかし、アークは……」
「相談なんだが」
エヴィルが言う。
「どうやらアーク、ここいらの記憶を全部飛ばしてしまったようでな。ギルドで働いていたことも全て。それくらい強力な敵だった。俺様たちも窮地に追い込まれたが、何とかこうして。どれくらいだったかは、遺跡の中を見てくれや。一発でわかるから。でな……」
「で?」
「もう、そうなったアークを、この場に引きとめておく理由もあるまい?」
言外に、「自由にさせたれや」と、無言の圧力を加える。
「あいつはもう便利屋としては使えないよ。だったら、他の町にでも行って、新たな人生を送らせてやった方が、あいつのためとは思えないか?」
背後でその話を聞いていた冒険者数人が、言う。
「どうせあいつ、その先のことも忘れちまうんだろ? だったら、ここで飼っておいた方が、あいつのためにもなるってもんだろ」
「そうだ、そうだ。あんな都合のいい奴なんて他にいないんだか」
「だから」と言葉が続かなかったのは、時雨が一瞬にして抜刀し、それこそ目に止まる間もなく、二人の首元に刃の切っ先を突き付け、人間がここまで冷酷な目を出来るのか、というほど、ギロチンの刃の煌めきのような光をたたえて、睨みつけたからだ。
「それ以上くだらないこと言ったら斬るよ」
「お前さんも、同じ見解か? ギルド長」
「……」
「俺様たちに潰されたくなかったら、言うこと聞きな」
「……何だ」
「今回の報酬は四分の一でいい」
実際、当初出された金額は、先の賊を売り飛ばした報酬の数倍だった。一介の旅人には、法外な金額である。
それを、エヴィル、四分の一でいいとする。
「その代わり、アークを自由にさせろ。いいな」
有無を言わせぬ、強い語気。
長にしても、これだけの案件を片づけてくれた二人に恩がある。そして実際、アークを好き勝手使っていたのは事実だったからだ。
なんら申し分ない。
だが……
「お前らがあいつの面倒先を最後まで見る、ってか?」
「お生憎様。もうその相談役は決まっているんだな」
「誰だ?」
「それは秘密」
これ以上、話が続かない、と思い、ギルドはこの案件はここまで、とし、アークの身柄を、まったくの自由にすることにした。
「俺たちはこれから、あんたらが切り開いてくれた、賊どもの殲滅作戦と、同時に、明確になった対吸血鬼戦線とを同時進行していく。あんたらの力も欲しいところなんだがな……」
「そこはお前らが自分でやれよ」
正直な話。
エヴィルは、賊と村の連中と、吸血鬼とを、総ざらいで潰し合わせて、全て御破算にする目算を腹の中に抱えていた。まさに外道としか言いようがない。
それくらい、各方面に対して、苛立っていたのだ。
村のあちこちでは、これからの作戦、というか対決に向かって、勢いづいていた。露店などで、様々なダーティ・ワードが進化していた。「これを買わないようじゃてめえは所詮アナルファッキンマザファッカじゃぁぁあぁぁぁ!」くらいにまで加熱している市場であった。酷い。ところで尻で致すというのは近親相姦的にアウトかそうでないのか、どちらなのだろう?(黙れよ)
時雨とエヴィル、そんな村を後にした。あるいは、冷酷に見捨てた。
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そして、時雨、エヴィル、記憶をなくしたアーク、その面倒を見る屍霊術師、という編成で、村でホロ馬車を借り受け、「熱砂の王」の支配する荒野を、ひた走っていった。
これ以上あの村に居る理由もないし、居るつもりもない。
アークには、そして術師には、他に転地があるはずだから。
時雨とエヴィルにしたって、あの村でじくじくやってても仕方がないのである。
その馬車の旅は至極順調なものであった。
何しろ、何代も前の、強大な力を秘めていた「熱砂の王」の眷族を屠ったのである。恐れこそすれ、邪魔立てする要因が、この地の主にはなかった。
よって、モンスターや、地形的要因の邪魔が入ることない、至極順調な旅と相成った。
馬車の用意が出来るまで、アークと術師は湖に隠れさせておいて、村を二人が発つと同時に拾い、そのまま荒野へGOであった。電車でG○はTAIT○の登録商標である。(ネタの使い回しはやめなさい)
青年エヴィルと、屍霊術師、ひっきりなしに屍霊術についての意見交換を、議論を行っている。お互いの指向・性格が合うので、議論に花の咲くこと。
アークは……アークは、果たして、確かに、時雨とエヴィルについての記憶をなくしていた。
一度、術師は時雨とエヴィルの二人に問い正してみたことがある。
「何か思わないの?」
と。
「思わないわけないさ」
エヴィルは言う。
「友達、ひとり、永遠に失ってしまったわけだからね」
時雨は言う。
「ただ、まあ、これから先の人生は、なるべくあいつにとって、失うことのない人生にしてもらいたいと思っている。その転機点となったのが俺様たちだったら、まあ、『忘れられた人助け』という自惚れを持つことは出来るか。ハッ……」
「だから、その後のあの子の人生を導いてほしいんだよね、貴女には」
二人からそう言われたら、何も言えない術師であった。
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やがて、荒野を抜け、道が二つに分かれている場所に辿りついた。
北に一本の街道、西に一本の街道。
時雨とエヴィルは北のルートを選ぶことにし、アークと術師は西に向かう。
「お別れだな」
「貴方たちのことだから、いずれ歴史の表舞台に出てくることでしょう。それをもって、私達は貴方たちの近況報告を聞くことにするわ」
「やっぱりこの人たち、すごい人たちなんでありますなー」
「ええ、そうよ。貴女は忘れてしまったけれど……でも、確かにこの人たちに、貴女は助けられたのよ」
「ごめんなさい、覚えてないであります」
「いんだよ。気にすんな。術師、おめーも一々義理だてせんでもいいから」
「でも……ね。古い戯曲にこうあったわ。『愛は消えても、親切は残る』って」
出典のわからない言葉。実際筆者がこの言葉を聞いたのだって、村上春樹の本の中で引用されていた、カート・ヴォネガットの言葉をさらに引用してきたまでのことだから、どちらにせよ、出典はわからない。けど、この言葉が、ここにはふさわしかろうと思った。
「へぇ、そうなの……なるほど、ね」
素直に時雨、感心する。
「貴方は自惚れだって言ったけれど……確かに人を救ったのよ」
「それはアークに言ってやりな。お前さんは、今まで『ど』がつくほどお人よしに親切しまくってきたんだから、もうこれからは自分の好きなように生きな、ってな」
「流石、己の本能のままに動く人間は違うわね」
「褒めるなよ」
「褒めてねー……いや、褒めてるのかしらね? もうわからないわ」
微苦笑。
「『愛は消えても、親切は残る』……私は、その二つとも、今まですっ飛ばして、吹き飛ばして生きてきたんでありますか」
「口癖だったな『そんな生き方しかできないであります』」
「あ、私、よくそんな言い回しする人間っぽい感じがするです――あれ? あれ? その言葉、本当によく、いろんなところで言ってきたような気がするです」
瞬間、アークの双眸に涙がこぼれる。
「あれ……あれ? とすると、本当に私は、何もかもを失い続けて……なんで涙が出ているんでありましょう? こういうこと、ずぱっと解析して、斬って、解決してくれた人が、ちょっと前にいたような気がするであります。それで、それに突っ込んで、微笑んでフォローしてくれた人がいたような気がするであります。それで、それで、それで……」
「ほら、いいから。熱出るぞ?」
エヴィル、本当に珍しく、優しい声で語りかける。
「これから忘れなければいいじゃねえか」
「お二人は……多分、私にとって、すごい恩人だった気がするであります。でも、私はそれを忘れて……恩知らずですね」
「貴女に助けられたのは、私たちなんだけどね……ふふっ」
あくまで、動揺させないように、微笑むことに努める時雨だった。
「ところで、話は変わるが、人体制御のメカニズムと魔法による磁力回路の構築について、お前がさっき思い出せないって言ってたのって、思い出せたか?」
「貴方、空気読まないわね」
もちろんそれは、意図的に話をずらしたのだということは、術師は知っている。
「……喉元まで出かかっているんだけど……」
「俺様、妙に気になってな……俺様が数年前から気になって、結構頭のリソースをじくじくと今になって取られている研究テーマの補論になりそうで……ああ、気になる!」
「わかったらその内手紙でも送るわ。魔術師ギルド経由ならば、いつかは届くでしょう」
「ああ、頼むわ。じゃ、俺様たちは、ここで、だな」
「ええ。世話になったわね……よき旅を。貴方たちには、言う必要もないかもしれないけど」
「まあな」
「本当に自信家ね」
「おめーも、こんなにしゃべる奴とは思ってなかったぜ」
まさにクーデレの面目躍如である。エロゲで言ったら攻略ルート入ってるぜ! そんなにエロゲが好きか(四回目)。
「それじゃアーク、手綱は貴女に任せたわよ」
「はい。あ、時雨さん! エヴィルさん!」
馬車から降りた二人に向かって、アークは言う。馬がとことこと、ゆっくりと機動をはじめていくのに従って。
「いつか、絶対思い出すであります! お二人のこと! 『親切は残る』のなら!」
二人、それを聞いて、
ああ、この忘却少女は、ひとつ新たなステップに登ったのだな、と、それが、素直に、嬉しく。
それは、当然、自分たちのことを覚えていないことが悲しくないわけがない。
確かに忘れていくことは、人間にとって不可欠だ。エヴィルが言ったように、キャパの問題なのだ。
だけど。
ああいう人間を忘れるような旅なら、はじめからしなければいい。
そういう人間に出会えたことが、まずもって嬉しかった。だから二人は、あれこれほじくり返さずに、ただ送り出した。
それが、友人としての、務めだと思ったから。
「あ、今思い出した!」
走り去っていく馬車の中から、術師が顔を出して、エヴィルに、
「論文集だったか、確か、名前は、『レイニ……』」
「さあ、走るでありますよー!」
「ちょ、待、あーっ!」
術師、最後までキャラ崩壊であった。どんどん馬車の速度は上がっていく。
「ちょ、ちょっと待て! 思い当たる節が結構あるぞ! もうちょい! 待てーっ!」
エヴィルがそう叫ぶころには、馬車は向こうに行き、二人の声は届かなくなっていた。
「分かりかけたの?」
時雨が問う
「『レイニ』ではじまる本、論文はいくつかあるんだ。多くは希少価値が高く、禁書指定になっているものもある。それも、どれも本のタイトルがややこしいんだ。ああ、『レイニィ・ザンダ秘書』か、『レイニズル=ドルズニィの書簡集』か、それとも、禁書『レイニノヴァ』か……ああ、どれだ!」
エロゲで例えると、『青空の見える丘』『この青空に約束を――』『この大空に、翼をひろげて』『そして明日の世界より――』『明日の君と逢うために』あたりがごっちゃになってしまったようなものであろうか。ほら、ずっと眺めているとゲシュタルト崩壊していって、何が何だかわからなくなる。そんなにエロゲ好きか(五回目)。
「あはは」
時雨は笑う。
「でも、いいじゃない。思い出してくれたんだから。手紙、送ってくれるんでしょ?」
「まあ、それも、そうか。それに……」
それに。
ああやって、最後の最後で、「思いだす」方向へと、舵をきって動いてくれた二人の在り方というのが、時雨とエヴィルにとっては嬉しかったのだ。
「じゃ、行こうか、エヴィル君」
「そうだな。今度は気持ち分だけ『忘れないように』旅してみようか」
二人は行く、この広い広い、レッズ・エララの中世を。
おしまい




