(7)
時雨の機動力に眷族はとてもついていけない。
足の遅さははじめから自ら了承していて、その上で破壊力に賭けるのが、眷族のバトルスタイルだ。
だがこうも速く動かれて、ことごとくこちらの攻撃が避けられていては、イライラも募るものだ。
そうして攻撃が荒くなっていく。当然威力も増すのだが、「荒さ」は「緻密さの減少」と同義だ。そんな攻撃を、時雨が喰らうはずがない。
スレスレで時雨はかわす。
かわそうとすれば、もっと距離をとってかわすことが出来るのに、あえてギリギリでかわす時雨の本意は、ひとえに、攻撃後のスキにある。
アーケード格闘ゲーマー的に例えれば、技の発動時のスキ。ほら、皆様も、往々にして「キャンセル」の動作を使うであろう。そのスキを無くすために。
大ぶりになる攻撃には、必ずスキが出来る。そうしたら即座に攻め込んでいける。
腕が伸ばされたら返す刀で斬り裁き、そして体勢が崩れたら本体へ、猛スピードの突き。
連打、連撃、
怪物からしてみたら、本当にか弱き存在である、一介の少女である。
だが、怪物は知っている。
その少女の目が、自分と同じ目をしていることを。
戦闘に酔うこともなく、怯えることもなく、
斬ることを躊躇うこともなく、死線に踏み込むのも恐れることもなく、
ただ、ただ、己を討とうとしているその姿は、
まさしく「化物」の目であり、姿であった。
手加減する余裕などありはしない。
己の前の「化物」を、両者ともに、殲滅するのみ。
だが、巨大な化物が、暴虐の本能(と、若干の恐れ)を基として暴れるのに対し、時雨の心には、ふつふつと、静かな怒りによって、回転ギロチンの様をありありと見せつける。
眷族は、両手の爪に生えた、炎の長い長い爪でもって、空間を切り裂く。
空気が燃える。
しかし時雨は、その炎の爪を、「気」でもって斬り裂く。斬る事叶うことのないはずの爪を、モノのように斬る。
時雨の集中はどんどん増していった。
その足取りは、斬り口は、いや増して、研ぎ澄まされていく。
一番奥底にあるのは、静かな怒り。
「――あの子は、結局……」
ダンスを踊るかのように、眷族と戦う。
刃と剛腕が触れ合って、斬り飛ばされる。
腰をよじって体勢を整えようとするも、斬撃は身体を貫く。
時雨は、怒っていた。
あの忘却少女をこのようにする、すべての人物に。
……それは、自分たち二人自身も勘定に入っていたところに、時雨の救われなさ、どうしようもなさが見て取れる。
「――いいように……利用されてるだけじゃないッ!」
片腕を失った眷族、時雨をこれ以上暴れさせないために、壁に叩きつけて押しつぶそうとする。
炎で目くらまし、その上で剛腕。
が、時雨はその一連の行為に怯むことなく。
視界は遮られているはずなのに、辺りは炎に包まれているはずなのに、さらには、剛腕が時雨に向かっていることを知っているはずなのに、時雨は、退転せず、向かう、向かう。
果たして、時雨は弾き飛ばされた。
押しつぶそう、と眷族は壁に手を伸ばそうとする。
伸ばそうとした。
だが次の瞬間、壁に叩きつけたはずの時雨が、こちらに向かって、壁を蹴って、スーパーボールのように跳ね返ってくるではないか!
時雨の機動力は極まった。三次元方向感覚の全てを駆使し、相手の攻撃に「乗って」、壁に辿りつき、そしてその勢いを持って、ありえないバランス感覚で壁を斜めに蹴った。
三角飛びの要領であるが、実現された行為はそれと桁違いである。
ほとんど曲芸。
そんなスーパーボールに、一筋の、よく、よく、斬れ過ぎる刃物がついているとしたら、はて、皆さま、何とする?
時雨、いつものようにマントラを唱える。
「雷帝割大樹、凡夫唯驚愕(らいていたいじゅをわり、ぼんぷただきょうがくす)。時而空之所以在、誰抗天地海流乎(ときとそらのゆえんあり、だれがてんちかいりゅうにあらがうか)。……乎ッ(カッ)!」
ひたすらに、意味はない。
リズムはあれど、意味以上の異常な意味、無意識にアクセスする、奇妙な漢詩。
師匠――母から教わった、多分自分がこの世に居られる証。流派・「我流・シュトフィール・改」。
それが、彼女の誇り。
あるいは、彼女が寄って立つもの。
ただそれも、相手に勝つことによってのみ得られるもの。
だから、彼女は負けるわけにはいかない。
例え、相手が太古の眷族であろうとも。
「――秘剣、型之参、『延長』(Extention)ッ!」
時雨はその技を放つ。
長い長い、大きな青い刃がそこに現れた。
怪物全体の巨躯を両断するほどの、長い刃が。
その切り口、通常の斬撃と変わることなく。
一撃、二撃。
三撃目に達するまでもなく、断末魔の叫び声とともに、眷族はズタズタにされていく。
やがて、各ブロックに分かれた身体から、時雨は「あるもの」を見通す。
「それと……それと……それッ!」
正確に、彼女にわかる、「そこにあるもの」を、「風斬り刃」で射ぬいていく。
果たしてそれは。
怪物の生命の所以、「核」であった。




