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(6)

それを唖然とした表情で見る屍霊術師。

 「言ったろ? 時雨君が本気を出せば、ってな」

 「あの時、やろうと思えばやれたんじゃない」

 前回の撤退時のことを言っている。

 「あの時は場合が悪すぎた。まあ、お互いの弱点をピンポイントで狙われたからな。その分析力には俺様もシャッポを脱ごう」

 「褒められているのかしらね?」

 「そう受け取っておいたほうが自尊心のためだ」

 「はぁ……で、取引って何?」

 油断は出来ない、と術師、踏んでいる。

 眷族と時雨、現在互角である。

 それだけでも驚愕に値するほどだ。何しろ、相手は神話時代の怪物なのだから。

 それをただの人間が――いや、アレは「ただの人間」と片づけていいのか?

 違う。

 アレも化物だ。

 そして、目の前にいる、黒魔術師。これも、また、化物だ。

 交渉ひとつで、こちらが一斉に不利になる可能性もある。まして、時雨が眷族――自分の最強の切り札だ――を完全に屠ってしまった場合、自分には後がない。

 だとするならば、ここできちんと話を聞くことは、自分にとって、少なくともプラスになる――以上のことを、一瞬のうちに考えた、術師。確かに、頭が回る。

 エヴィルは告げる。

 「こちらからの妥協案見は、お前を潰さない、ということ。この事件の首謀のことも、ギルドにはお前のことを明かさない」

 「ずいぶんな好条件ね。裏がありそうで仕方がないわ」

 「ただ、もうここでの『実験』『探索』は止めにしろや。それから、操っている、『まだ生きている連中』の解放、それが俺様が求める、まずひとつのこと」

 「……私が負けること前提の話ね。貴方の連れ? 相棒? その彼女が負けるということは?」

 「あり得ない」

 断言するエヴィル。

 「そこで見ていればいい。剣聖が、見事に太古の眷族を斬り伏せる様を。俺様は妥協案を出しているんだぞ? 今の内に有利な状況を手にしたいとは思わないか?」

 「ずいぶんな、自信家ね。話には聞いていたけど。というか、貴方ほどの自信家はそうそういないわ」

 「良く言われるが、照れちゃうじゃないか」

 「褒めてねーわよ!」

 あ、またキャラ崩壊した。

 「貴方相手にしてるといろいろと疲れるわ……」

 「褒めるなよ」

 「褒めてねーわよ!」

 キャラ崩壊もそろそろ次のステップに突破しそうだ。

 「はぁ……で、私は何をすればいいのかしら?」

 「アークを自由にしてやってくれ」

 「……?」

 術師、それまでの不気味さから豹変して(もういくらかキャラ崩壊してるから今更ではあるが)、ぽきゅっと首を横に傾け、どことなく可愛らしく。

 その真意を術師は問い正す。

 「どういう意味?」

 「あいつには、俺様たちがここでこうして存分に暴れるだけの、余地を与えてもらった。その代わりとして、自分の記憶――俺様たちの記憶を、全部消して、な」

 「なるほど……あの子らしいわね。そして貴方たちが今ここにこうしている理由もわかったし、何をしたいのかもわかる……あの子の希望……この事件を片づける、という約束を取り付けたのね」

 「なあ、お前さんはアークと以前敵対してたって言ってたよな、それにしては、お前、妙にあいつに同情的じゃないか。自分を討とうとしてた奴だったんだろ?」

 「以前、ね」

 術師は昔を思い返すように、遠い目をして語りだす。

 「吸血鬼、最初はここいらの覇権を握ろうとしたのよ。今でこそ、こうやって裏から攻めようとしてるけど、まあ、ああいった貴族様だから、最初は高圧的に行こうとしたのね。その時の『剣』となったのが、私と、私の屍霊術。アークは、その時に対抗として駆り出された傭兵的な立場だったわね……それ以来、何かにつけ、顔を合わす付き合いになったわ。もちろん敵同士で」

 「おめ―も懲りないな」

 「こっちが勝ったり、負けたり――ひとえに、あの子のあの『力』によるものよ。ここいらの連中のレベルなんて知れたものでしょう? なのに、こちらが大々的に攻め入ることが出来ないのは、あの子の起死回生の一手があるから……貴方も、二回見たでしょう。常識外れの特異体質。記憶を消すだけで天使にも悪魔にもなれるという」

 「すげえ言い方だな。天使か。悪魔か。……まあ、あいつがそんなにすごいっつーのは、見てくれでは全然わからんが。話しても分からんが。いや、あいつと話してると……」

 「気持ちはいろいろとわかるわ……わかりすぎるほど。それでも、あの子は、異常よ。貴方たちと同じレベル……とまではいかなくとも、準超人、のレベルには達しているでしょう」

 「その代わりとして、お前が言ったように、全てを失い続けている」

 「遅かれ早かれ、彼女、廃人になるでしょうね」

 「……お前もそう思ったか」

 「ええ。哀れな……哀れな、子よ。だから、もうあの子に対しては、敵意なんて全然ないわね。むしろある種のイラつきがあるのは……こうまでして、あの子を使おうとする、あのラルド村の、彼女の能力に付けこんだ、『いいように使ってやれ』精神ね」

 「だからこそ、だ。俺様がこうして提案しているのは。交渉しているのは。もう、この場に固執する必要もあるまい?」

 「そして、あの子を私に託すの? もっと酷いことになるわよ?」

 「それはない」

 「何故そう断言出来る?」

 「語るに落ちてるぜ。はじめから、あいつのことを、哀れだと思えども、見下してはいなかったからな、お前」

 「……」

 すべて、見透かされているような思いだった。

 あるいは読者は、このエヴィルの議論の進め方を、すべて推論によるものと思う向きもおありかと存ずる。

 が、エヴィルの第六感は、「この流れ」で間違いない、と踏んでいる。

 目を見れば、大概のことはわかる。

 旅人はよく、そう言う。

 エヴィルも、魔術師で、学者であると同時に、幾千もの修羅場を潜り抜けてきた旅人だ。

 その点を言ってしまえば、アークや術師よりも、「世慣れ」はしてるのだ。常識を平然と破壊するという点が、常人と異なるだけで。

 その勘が、人を見る目が、確かに告げている。

 この術師になら、あの忘却少女を託しても大丈夫だ、ということを。

 それは、術師が見せた、少女に対する哀感。

 「悲しい人」に対する、憐れみ……よりも、親しみに似た、表現が難しい、ある種の同類意識。

 「いいように使われてきた」と術師はアークを評した。

 だが、世の裏側で、望んだ生き方とはいえ、差別を受けながら、見下されながら、屍霊術師として生きてきた、ということを、この術師は――この少女は、エヴィルに率直に言っている。

 「お前を潰さない。だから、アークを救ってくれ。これが、俺様の、提案だが、いかがする?」

 「断ったら?」

 「そのときはそのときだ。億が一、時雨君が倒れたとして、今度は時雨君と俺様とでタッグを組んで、お前らを潰す。こうなったときの勝ち目なんてあるか?」

 圧倒的な自信。

 だが、それを裏付ける光景が、エヴィルの背後で、着々と行われて――

 

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