(11)
「聞けるかしら」には二通りの意味があった。今のエヴィルに聞けるのか、というのと、「これから潰されるエヴィルに聞けるのか」という、攻撃の明確な意志と。
まずい。
時雨は思う。
とりあえずは形勢を立て直さないと話にならない。
だが、だが。
自分ひとりならどうにかなる。この場の全員を――自分の意志はさておき――バラバラ殺人事件(猟奇じみているな)にして、かつ、あの眷族――眷族というにはあまりに強大な獰猛さ、力を持つ――を破る。
だがエヴィルがああまでグロッキー状態になってしまっていては、ここはひとまず撤退するしかない。
「アーク!」
時雨は声をあげる。
アークの方もそれを認識したようで、周りの死体を片づけて、エヴィルを担ごうとする。
すると、あの血にも似た赤色の、巨大な怪物が、虎の目を――あるいは虎よりももっと妖しい目をして、アークとエヴィルの二人を認識する。
まずい!
時雨は戦慄した。
明らかにあの化物は標的を変えた。見定めた。
その時雨の戦慄を、やはりアークも認識を同じにしていて、即座に、先ほど発射するはずだった閃光弾を魔獣に向けて放つ。
カッ! と光がその場に暴力的に満たされる。
怪物の視界は遮られた。
だが、怪物の長い両腕は、二人をカニばさみのように押しつぶそうとする。その勢い、留まるところなく。
ドガンッ! と鈍く重い、それでいて破裂音を思わせる怪音が響いた。それと同時に粉塵が舞う。
時雨はその場から駆ける。腹に鈍い痛みが滲む。骨は折れてはいないだろうが、ヒビくらいは入っているかもしれない。
だがそんなことを気にしてはいられない。
粉塵と光とに満ちて、怪物、次の一手が踏み込めない状況である。
時雨は例の「心眼」あるいは「気」によって、二人の位置を正確に掴む。
果たして、二人は無事であった。
どうやらアークが、その機敏さでもって避難を無事に成し遂げてくれたようだ。時雨は感謝した。
だがそれでも、魔獣や二人との間には距離が開いている。
それでいて、再び屍霊術師は、足どめと言わんばかりに、死体の群れを動かそうとしている。
――邪魔っ!
イラつきを隠せない時雨であった。
「秘剣、型之弐、風斬り刃ッ(Aero-float)!」
時雨は彼方の群れに対して、刀を振るった。
幾筋もの青い、刃の形をした閃光が飛び交い、亡者の群れを襲う。
亡者たち、その無刃剣にバタバタと倒れていく。これも「気」を使った時雨の技であった。常人に出来る類のものではない。
即座に二人の前に辿りつき、時雨、
「今は撤退!」
とアークの手をとって逃げようとする。
が、それより先に、時雨は思いきりアークの手を引き、こちら側に倒れこませるようにした――奇妙な怖気がしたから。
その予感は当たっていた。
化物が、巨大な炎の槍をいつの間にか構築していて、三人の立っている場に突き刺そうとしていたからだ。
ゴウッ! という轟音をたて、熱気と殺気を振りまきながら、槍は地面に突き刺さった。
間一髪で時雨と、手を引かれたアークとエヴィルはその猛威から逃げのびた。
もはや閃光も粉塵も、目くらましとはならず、広場に御座います皆々様のお目目は、よくも悪くもぱっちり、術師はひとまずの勝利を、怪物は破壊の喜びを、三人は状況の不利さをしっかりと見定めることと相成った。
三人にとって、状況は一気に悪くなっていた。
時雨は覚悟した。アークにエヴィルを任せ、とりあえずは安全な場所にまで避難させ、介抱してもらうこと。そして自分はこの場に居る全員――生あるモノ、動くモノ全部を斬り伏せること。
そのことを告げようとして、時雨、目を疑った。
アークが自分の頭に銃を突きつけていたからである。




