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「アーク、もう一発だ、時間稼ぎ!」


 「はいであります!」


 二回目の閃光弾を放とうとするエヴィルとアーク。


 が、それを追撃するようにして、屍霊術師、


 「『投げ』なさい!」


 散り散りになって倒れている者達、魔法陣の一部となっている者達に向かって、一斉に指令を飛ばす。


 ほとんど動けない状態の彼らだが、それでも管理者の意志の方が重要視される。アドミニスレーターとはそういった存在だ。


 次々に、手元にある棒きれ、コテ、短剣、など、など、など、が、エヴィルとアークに投げつけられる。


 攻撃ではなく、あくまで妨害。


 もっとも、倒れている者、魔法陣の者たちに、攻撃できるほどの余裕などありはしない。だからこそ術師は行動を限定して、「出来る行動」を取らせたのだ。


 塵も積もればなんとやら。果たしてその行為は、確かに二人の足どめには充分に成功した。


 エヴィルもアークも、突然のにわか雨のように降り注いでくる物体の対処にてんてこ舞いだった。エヴィルは魔法で、あるいは右手に忍び込ませてあるクローでもって。


 アークは手に持った銃を強引に振り回して。古代魔法アイテムコレクターの目からしてみればとんでもない使い方である。


 やがて。

 屍霊術師の五指から、各地の死体――元冒険者――に向かって、赤外線のような細い閃光が放たれる。屍霊術を使ったのだ。死体を、傀儡とする術。


 その指令を受けた死体は、突如としてビクン! と「起動」する。生命が宿ったかのような。あるいは、スイッチの入った機械のような。


 刹那、エヴィルに向かって死体どもが押し寄せる。


 エヴィル、当然の如くして、魔法で撃退する。


 だが、死体どもは、倒れる直前に、一斉にエヴィルに向かって、豪速球で何かの革袋を投げつけた。ある死体は、自分が倒れるという事実よりも、その革袋をエヴィルに当てようとして近づいていった。


 その無我夢中の行動に、エヴィル、判断が戸惑った。


 そして、いくつもの革袋は、見事エヴィルの顔面にヒットした。


 「……酒? ガハッ……!」


 口にした瞬間、エヴィルは倒れ込んだ。


 倒れたエヴィルに、まだ倒れ切っていない死体は、さらに酒を浴びせていった。呑め呑め呑め呑め呑んだくれろ。


 エヴィル、のたうちまわる。


 アークはその狼藉を働く死体どもを追い払うが、時すでに遅し。


 「お酒? ……うわっ、すごい臭いであります! 腐ってるです! 大丈夫ですかエヴィルさん!?」


 「うごごぐぎぎがががぁぁぁ……」


 もはや声になっていない。


 「まさかこれほど効くとはね……酒に弱いとは聞いていたけど」


 「ねえ……貴方、ひょっとして、村にスパイを紛れ込ませてたの?」


 時雨が、感心している術師に聞く。質問というよりは、確認的意味合い。


 「私はここから動く必要がないし、逆にしてはいけないし。情報源として、『人形』は欠かせないのよ……どんなカモがやってくるか、ある程度の情報がないといけないでしょう? 貴女たちだって、ギルドでやってることと同じじゃない。情報収集」


 確かにエヴィルの「酒嫌い」は、宿屋・食堂を中心として知れ渡っていた。


 が、術師にしても、これほどの効果があるとは予想外であった。


 あれほどの魔法無双の天才ぶりを発揮していたエヴィルが、腐った酒を浴びせかけるだけで、これほどにグロッキーになるのだから。


 これが、時雨の「装甲の薄さ」に並ぶ、エヴィルの弱点。「酒にとことん弱い」。


 ときに、皆様は如何にして酒を楽しまれるか(二十歳以降の読者限定の質問)。


 筆者はもろもろの事情にて酒が呑めないのだが、酒を楽しまれる方々は、往々にして、リラックスを指向したり、精神の解放を求めたりする傾向にあるようだ。そのせいでシラフの筆者、大いに呑んべえどもの愚痴を聞かされるハメになったが、それはさておき。


 そうやって「ポン!」と、アルコールの揮発と共に、精神を「飛ばす」酒の効果というものは、逆にエヴィルのように、頭の中が相当に入り組んでいる者にとって、害しか及ぼさない。


 エヴィルの頭脳はまるでジャングルのように、アラベスクのように入り組んでいて、始終それの整頓が求められる。そこに酒が入ってしまったものでは、整えていようとする行為とはまるで逆のことである。


 その混乱にエヴィルは耐えられないのだ。


 今エヴィルの頭脳はハチャメチャである。エヴィルが執拗に酒を拒んできたのも、これがあるからだ。


 ましてや、腐りに腐りきった酒。悪酔いはさらに酷くなるばかりである。


 以前学生時代に筆者、旧友に古くなりすぎてほとんど腐ってるんじゃねえのか的な泡盛とウィスキーを頂戴した(呑まされた)ことがあるのだが、アレはひどかった……一口だけだったから幸いしたものの、そういった類のをしこたま呑まされたエヴィルに至ってみれば、それの何十倍もの悪夢であろう。


 「潤滑油替わりに、死体に悪い酒を持たせておいたのが幸いしたわね」


 「やなもの持たせてるね」


 「結構死体には効くのよ、腐った酒は。生時の快楽を思い出させる逆快感かしら、それとも、共に腐りゆく、滅びゆくモノ同士、共鳴するところがあるのか。死体には、死酒、死屍、死革がおあつらえ向きなのよ。屍霊術のコツね。その黒魔に聞いてみればよくわかると思うけれど……聞けるかしら?」

 

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