時雨とエヴィルと忘却少女 1. 人斬りお嬢と天才変態黒魔術師 (1)
はい、ほうき星町の最初のほうをお読みになられたかたはおわかりですね。
「あの」文体です。
街道をてくてくと歩く二人の若い人間がいる。
片割れは少女、黒い長い髪をたなびかせ、繊細な仕立ての白いワンピースにケープを羽織る。
手にはトランク、腰には段平。
片割れは青年……青年? 美女にしか見えないが、ともかくも青年である。
真っ白なボサボサの髪、よれよれの肩までかかる、手入れのされていない髪。
黒いロングコート(この時代には珍しい品物である)をたなびかせ、手ぶらでとことこ歩いている。
少女は言う。
「忘れたいことってあるの? エヴィル君?」
青年――やはり男には見えない――エヴィルは言う。
「長年旅をやってきてるだろうが、時雨君。ああいろいろ思いだしてきて、腹立たしい。あのデブ! あの酒乱!」
お互いに「君」付けをするのがこの二人。
にしても、息をするように毒を吐くのが、この優麗典雅を絵に描いたような美貌を持つ青年の特徴である。
そういう人間に似つかわしく、両目は、良く言えば好奇心、悪く言えば猜疑心に満ちた、吊り上がった目付をしている。口元も皮肉っぽさを常時浮かばせている。
要するに、形作りは美しいのだが、どうにも内面の頭の早さと性格の悪さが出てしまう、というのがエヴィルという人間なのである。
しかもそれを隠そうとしない、いやまして、そのまま世間をずけずけと渡ってしまえと考えているところ、青年エヴィル、相当に人生を舐めている。
「あー、トルベ町のことね。酒癖悪かったね、あの鍛冶屋さん」
「デブ! メタボ! 怠惰に身を任せることしかしない無能な鍛冶屋が拵えるモノなど、ついに神代のグングニルに匹敵するわけがないわ! 大体鍛冶屋なら、太くとも、鋼の腹をしているのが相場だろう、それにあの目付きはなんだ、こちらが黙っていれば色目を使って、適当にあしらったら豚みたいに喚き散らし、ああ、これだから中途半端な職人はウザい!」
10秒でここまで淀みなくスラスラと言葉が紡ぎだされた。
少女、時雨は言う。
「そこまで覚えてるってことは、よほど腹にすえかねてるというか……というか、そもそもそこまで覚えなくてもいいことだよね?」
「本当はな」
エヴィルは言う。
「だが記憶は『思い出』がブーストして刻み込まれる。もっとも記憶と思い出の違いを今はとやかく言わんが……メシと一緒だ、味や匂いがキツいものがあれば、身体が覚えている。そう、脊髄反射的に、人は思い出を思考するものだ」
「フィジカル(身体的)に語る、人間らしい?」
「確かに多少動物らしくはあるが、どうせ人間そんなものという気もしなくもない。かように人間の思考はままならず、記憶の管理というのもままならないものだ。俺様、数年前にかかりきりだった研究テーマがあるのだが、それの論理的矛盾――当時はそれほどではない、と、ほっといたとこがな、今更ぐぢぐぢと傷口を掘り返すように思い返してきて、結構頭のリソースをとられてるんだ、どうしよう」
その皮肉っぽい、あるいは冷淡ともとれそうな印象すら与える容姿に反して、エヴィルは話し出したら結構べらべらしゃべる。
もちろん、誰よりも自分の心を打ち明けられる「相棒」――多分、この世でただ一人、「君」付けする――時雨という少女を相手としているからであるからだからなのだが。
「どうしよう、って言ったって、私にはどうにもできないよ。難しい話。学問の」
「それこそ君は、自分を過小評価している。時雨君の言ったことが、ひとつのブレイクスルーになったことが今まで結構あったろう?」
「そういうふうに言ってくれるのはありがたいけどね」
自然にはにかむ時雨。
邪気のないその笑みは、自然と人を幸せにする類のものである。隣で歩いている黒い魔術師も見習った方がいいと思うが、もはや手遅れというものである。
ともかく、話の流れとしては、一介の旅人にしては、やけに衒学がかっているというか、理屈をこねくりまわしているというか、旅人全般を無教養というつもりはないが、「旅すがらの話題」の一般性からは、やはりずれているには変わりない、奇妙な二人である。
奇妙な二人。
それは外見からでも、すぐに見てとれた。
時雨の服装は、先ほど白い服、と端的に述べたが、その実は、各所にレースやフリルをあしらった、仕立ての高級そうなもので、一般的に「お嬢様」が着る類のものである。絶対に「旅人」が着るものではない。そんな装飾など百害あって一利ない。人目につく、手入れに手間がかかる、破れやすい……。
が、そのような欠点(ごく当たり前の)を、まるでものともしない、と言わんばかりに、かわいらしく時雨は着こなしている。随所に赤や黒の細いリボンが巻かれている。ケープにもレースがあしらわれ、真ん中で繊細な作りのリボンで留めている。
ましてやロングスカート。旅ということを考えたら、「舐めているのか」と言えるような、優雅なスタイル。
ただ、足回りだけはやけに頑丈そうな靴を履いている。黒い革のショートブーツ。しかも細いベルトを幾重にも重ねて、いかにも耐久性が高そうだ。
そしてそれ以上に奇妙なのが、そんな少女趣味な格好をしているにも関わらず、腰に物騒な片身の細い剣をさげている、というのが、何とも実に奇妙である。
手にはトランク。それ以外の荷物はない。
しかし明らかに、普通旅をするにあたって必要な物資がそこに入りきるとは思えない。
疑問、疑問、疑問。
しかし青年を見ると、時雨以上の疑問が雲気のように立ち上ってくる。
手に旅荷物のひとつも持っていないところとか、コートの下の(やはり黒衣の上着・ズボン)中身には、まるで拘束するかのように各種ベルトがぐるぐる巻きにされているところとか。
なぜそんなにも美しい容貌をしているのに、ああ、目がつり上がり、猜疑心に満ちた目付き、敵意を振りまく目付き……ひとことで言えば、人と慣れ合うことを拒絶しているような。
ような、ではない。ここまでの会話をお読みいただいた読者諸賢にはお分かりかと存ずるが、とても付き合いにくい人間である。
異様な風貌、異様な自信と自我に満ち溢れた確信的な思考。
ああだからそんなに白髪なのね、神経つかうから、この若年寄、などと言ってはいけない。
不遜を体現するこの青年、そこには妙にデリケートである。
「白髪って呼ぶな! 銀髪と呼べ!」がエヴィルの口癖ではあるが、しかしこの手入れのされなさを見ると、そのような高貴な呼称には苦笑を禁じ得ない。ぷっ。
ともかくもこの二人、およそ「旅人」と言い難い風体である。
この時代の旅人といったら、「生」に関わるものすべてを一通り揃えて携帯して、はじめて動くものである。
もっともそれはどの時代においてもそうであるが、電気もない、車もない、庶民は馬車など保有出来ない。荷物持ちもいない一介のつつましい(あえて貧乏とは書かなかった)旅人諸君にとって、「いかに荷物を少なくし、かつそれらを大事に扱うか」は古今を貫く議論の種である。
ましてやこの中世レッズ・エララ、マクロに見れば国際間の争いが絶えず、ミクロに見れば盗賊や魔獣との争いが絶えず、といった具合に、兎角争い事には不便しない時代であるのだ。
そんな中このように、旅……というか、世界と人生とを舐め腐った態度でノンシャランと旅をするこの二人、阿呆かよほど腕があるか。
否。
彼らならばこう言う。
「出来るからやっているんだよ」と。
自らの強さを語るのではなく、無言実行をもって「見せる」。
真の強者とはかようなものか、と慨嘆さしめるほどの生きざまをもって、旅を生ききるこの二人は、やはり、強いのであった。