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(2)

ダンジョン探索回です

はじめにエヴィルがしたのは、薄暗い室内を照らすため、魔法で光源を作ることであった。

 

ちょっとの呪文を唱えて、ランタン程度のほのかな明るさを照らす、優しげな光の球を空中に浮かびあがらせた。

 

エヴィル達が動くと、その光球は先導するように走っていく。


 「……こんな風に、簡単に魔法って使えていいものなんでしょうか」


 「俺様、天才だからな。ていうか、テントとか給水とか見てただろ」


 「それでも慣れないというか……」


 ここに来るまでに野宿をしたが、その際、テントをエヴィルの「物置」からするすると出したり、エヴィルが魔法を唱えて新鮮な水をじゃばじゃば流すのを見てきて、アーク、それまでの「魔法」に対するイメージが音を立てて崩壊していった。


 魔法は、少なくともアークの――否、一般の認識では、そんなに簡単に行えるものではない。


 いくつもの術式、手段を通して、やっと「効果」が現れる程度の迂遠さしか持っていない。


 それだったら最初からテントを担ぐし、水筒に水を入れるというものである。


 それを青年は、何でもないかのように――例えるなら、現代の我々が水道の蛇口を開けるが如く――行うものだから、一般には「秘儀」であろう魔術というモノに対する見方が、大いに変わってきてしまうのも無理からぬことである。



 「天才」「化物」



 そう聞かされてきたとはいえ、そのような所業をこうまざまざと見せつっけられては、やはり自分との格の違いを思い知らされる。


 「じゃ先導してくれや。この遺跡についても詳しいんだろ?」


 「あ、はい。一応、何回か潜ったことありますし、前も冒険者さんの救助したこともあります」


 「そんなにここ、冒険者キラーなのか」


 「見たところ、トラップとかなさそうだけどね」


 狭くもなく、かといって広くもない洞穴を三人は歩いて行く。


 時雨を先頭にし、アークとエヴィルはその後ろに着く。


 こうした陣形を取っているのは、時雨がこの面々の中で一番武闘派であり、何らかのトラブルに即座に対応出来るだけの、異常なまでの動物的感――剣士としての直感を有しているからである。


 賊の気配を察知したことを思い返してみても、それは見てとれる。


 そのような時雨が、「なさそう」と言っているのだから、基本的に今のところは安全だといえた。


 ほのかな光が照らす洞穴の壁は、象形文字や壁画が描かれている。


 (この当時の)現代では読めなくなった古代文字、解読不能な意味を有している壁画。


 が、エヴィルはそれらに、何となく検討がついているようである。


 「大してここいらの風土ってのも変わってないんだな。基本的に、神に対する記述というものが一緒だ。『熱砂の王』『バ・ディア』両方に対する尊崇の念」


 「え! ぱっと見ただけで分かっちゃうんですか? 学者さんなんですか? エヴィルさん」


 「およそ俺様の対象外な学問分野はないと言っても過言ではないな。基本は黒魔術だが、しかしそれを踏まえても、世界は驚きに満ちているものだ。興味の対象は尽きない」

 

「はあ……全部、ですか。そんな人見たことないです」


 「俺様が特殊過ぎるだけなのかもしれんな」


 「だからああいう風に本を買いまくるんだよね」



 ぐさり。



 この仕事を引き受ける原因となった暴挙を持ち出して釘をさす時雨。


 ほら、彼女や嫁さんはこうやって痛いところをいつまでも覚えていて、男性諸君をビクッとさせるのだ。


 リア充は爆発せんでもいいから、自分を自慢する前に、こういったところを注意すべきだと思うのだが、いかがか。筆者は誰に言っているのだ?


 「あ、それ私も聞きました。あれだけの報酬をつぎ込めるって、後先知らずですよね」


 率直な意見をアークは述べる。


 やはり一般的な視点からして、どう考えても使いすぎである。


 例えるならコミケで数十万単位をバラまくような所業である。


 ほら、あなたの友人でもいるのではないのか、夏の炎天下、冬の極寒の中、何が楽しくて、享楽にふける重度のオタクが。まるでその瞬間に生の煌めきをほとばしるかのような人種が。


 しかして青年、


 「買ったものは仕方がない!」


 開き直りおった。


 「楽しければ、学問的に充実していればそれでいいのだ!」


 開き直りおった。


 「まあ、この仕事が無事に終われば、それ以上のお金が入ってくるんだから、いいんだけどね」


 フォローを欠かさないところ、明らかにエヴィルと人格の差が現れている。少しは見習え黒魔術師。


 「そして私のおだちんもしっかり入ってくるわけですね!」


 「あ、抜け目ない」


 時雨がぼそっと零した。


 さてさて。


 段々と下っていく通路。


 相変わらず周囲には古代文字やら壁画やらが描かれている。


 エヴィル曰く、豊穣を祈願したり、天災に怯えたり、天の恵みに平服したり、あるいは、神々の起源についての叙事詩・神話のようなものが、絵巻物のようにつづられていた。


 やや右にそれたり、左にそれたり。緩やかに蛇行しながら、三人は洞窟の奥へと入っていく。


 そして、やがて、大きなドーム状の空間に出た。


 ぽっかりと天井が高くなり、それまでの閉塞感が多少抜ける。空気の質感も、室内とはいえ、少々のびのびとしたものになる。


 ようやく遺跡中心部にまで辿りついたようだ。


 が。


 時雨は剣呑そうな目付をしている。


 「どうした時雨君」


 「んー……あんまりにも、死臭がしなさすぎてね」


 「……ああ。そういうことか」


 「え、どういうことですか?」


 二人の中で淡々と類推が進んでいくのに付いていけなかったアークが率直に疑問を呈する。


 「ギルドの長の反応では、ここは冒険者を引きつけてやまない魔窟だという」


 「はい」


 「が、それにしたって、『途中脱落者』の姿が『見えなさすぎる』」


 「見えないことはいいことじゃないんですか?」


 「奴は至急の案件、と暗にほのめかしていた。だとするならば、ここに至るまで、それなりに悲惨な状況であることを覚悟していたんだ。ところが、どうだ。遺体ひとつ、人骨ひとつありゃしない。ただ……血のりの類はそこここに見られるがな」


 そう言って、エヴィルは光源をあちらこちらに飛ばす。


 もはや乾ききった血のりが、べとっとあちらこちらに張り付いている。


 あまりにかさかさになっていて、スプラッタ劇場の体をなさず、赤い砂のような感じすら見受けられる。


 「……ということは……」


 アーク、それまでの話の流れから、眉をひそめる形となる。


 「貴女の考えてる通りだと思う。『安全な』考察としては、賊に皆捉えられているか。あるいはモンスターに飼い殺し……それなりの知性を有しているモンスター、だと仮定して、の話だけどね」


 「それで『安全な』方ですか。じゃあ、『危険な』方は……」


 エヴィルが答える。


 「今俺様の脳裏に浮かんだのは、屍霊術師ネクロマンサーあたりの駒と化しているのではないか、というものだ。つまり、もう皆お陀仏。まあ、類推が働き過ぎているかもしれんが、遺跡に入って、入って、で、戻ってこれない、となると、これくらい酷い状況になってる可能性もなきにしもあらず、だ。……一応、ありとあらゆる可能性は考慮しなくては、な」


 それくらい、この広場は静かすぎた。


 争いの形跡はあるのだが、遺体のひとつも転がっていない。


 白骨化した死体もない。ただあるのは、血糊だけ。


 その惨劇の後だけが、「何か」を語っているように思えてならない。


 広場は様々な方向へと、円周上に道が通じている。


 まるで、どの道にも、賊なり怪物なりが潜んでいて、手招きしているような。


 「なあアーク、お前さんはこの手の救助を請け負ってきた、って言ってたよな。で、この遺跡にも幾度か足を運んでいるわけだよな?」


 「はい。ただそれまでは、この広場どまりでした。行っても、通路のひとつを少し行って、生き倒れになってる人を介抱したり、みたいな。今回みたいな集団案件ははじめてです」


 「それでも、一度入ったことのあるダンジョンではあるわけだ。道案内頼むぜ。あと、トラップの発見もな……これは、時雨君の領分かもしれんが」


 「何かさ、さっきから、匂いとか、トラップとか、私って、犬みたいだよね」


 「そうふてくされるな。それくらい人間離れしてるってことだ」


 「フォローになってないことに気づいているのかなぁ」


 例えるなら、

 「お前は人外だ! すごい!」


 と褒められているようなもので、さらに例えれば、

 「よっ! 神経質!」とか「さすが食い道楽!」


 みたいな、ある種の過剰性を、若干引きながら称賛しているようなものである。


 エヴィル、引きはしないものの、純粋な興味は抱いている。


 が、化物扱いには変わりない。


 まあ、そんな扱いにも慣れているので、時雨、淡々と受け答えする。


 「化物に化物言われてもね」


 「仲良し穴兄妹! というわけですね!」


 「君、何も考えてないね?」


 時雨、そのフリーダムなアークの発言に、そろそろ感心している。


 「私も女として生まれたからには、時雨さんのように可愛いお顔で可愛らしい服を着こなして、あるいはエヴィルさんのような超然とした美貌を持って、ぶいぶいいわしてみたいものです」


 「あってそれほど楽しいもんじゃないがな」


 青年、率直で夢のない発言をする。


 「このストイコビッチ! と一度でいいから言われてみたいものです」


 「「……」」


 やはりこいつ何も考えてないで話してるな、と二人は認識を新たにした。


 ストイコビッチとは、筆者たちの世界で言うセルビア語圏の名前のひとつであり、ビッチといった要素は微塵も含まれていない。全国のストイコビッチな人に謝れ。


 が、何かもう、ここまで来ると、突っ込んだ方が負け、みたいな様相すら浮かんでくる。


 もはや諦念の境地である。


 釣りをしている太公望のようなものか。中国史・文学に通じてないと分かりにくい比喩というものに意味はあるのだろうか。これも考えた方が負けのような気がする。

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