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●3.遺跡での敗走、あるいは忘却少女

新章はいりました。

ダンジョンです、バトルです!

そしてアホがいます!

 「それで二人はどれくらいにゃんにゃんな仲なのでありますか?」

 

「その話、もう三回目だろが、大概にせいよ」


 草原を歩く道すがら、アーク――二人とほぼ同じくらいの背丈――の少女が、臆面もなしに二人に問いかける。


 エヴィル、すでに三回目に突入したルーチン的うんざり感をあらわにしつつ、


 (こいつ、どうしたものか)


 と唸るばかりであった。


 ちなみににゃんにゃんとは明らかに死語であり、今の言葉に直せば「イチャラブ」だろうが、あえてこの言葉を使うあたり、相当に感性がずれているというか、てめえオッサンじゃねえのか、とか、いろいろ類推出来るわけで。


 ただ推理しても、結局出る結論はひとつ。


 「アークという少女はアホの子である」


 ギルドを出て、村で装備を整え、早速遺跡にGOであった。

 電車でG○はTAIT○の登録商標である。伏字になってねえよ。どうでもええわ。

 それよりはウィザードリィと言った方がファンタジー的にいいのではないか。えーかげんにしてちょーなまし(方言)。


 しかし、路銀が尽きたのに装備? と問われるかもしれないが、エヴィル、懐の「物置」の中に各種ジャンクなり奇妙な物品なりを貯め込んでいるのである。


 今回は、当座の食糧(新鮮な)を買うだけの金を稼ぐべく、泣く泣く(のように時雨には見えた)けったいな魔術道具を質屋に入れていた。


 それにしても、さんざっぱら自分と相手とは恋仲でも夫婦でもないと言っているのに、返ってくる言葉が、


 「にゅふふふふ、おぼこちゃんでありますねー。お姉さん、羨ましい限りですよ」


 とほざいてくるばかりなので、何べん「どついたろか」と思ったこと限りないエヴィルであった。


 ちなみに年齢を問いただしてみたところ、


 「乙女に年齢を聞くのは、『めぇ~』ですよっ!」


 と何故か身をくねらせながら叱られた。


 その動作に突っ込むべきか、「めぇ~」は羊であって、「めっ!」だろが、と突っ込むべきか、二人、十秒くらい迷って、放置した。


 百戦錬磨の旅人、人外魔境の人非人、時雨とエヴィルをしてここまで困惑たらしめる少女というのも珍しい。


 それでも時雨はともかく、エヴィルがキレてないのは、話を吹っかけて、返ってくる反応が面白いから、ということであった。


 ほとんど犬扱いである。


 そういえば、全体的なアークの所作はどことなく犬チックである。ポメラニアンっぽい。


 ……ポメラニアン? 少し筆者の中でこの比喩が引っかかったので、ポメラニアンについてきちんと調べてみた。


 性格は家庭的、友好的で、忠実で人懐っこい。


 しかし、あまり叱りすぎたり、ストレスフルな環境にあると、歪みやすい、と文献にはあった。


 ともすると、この少女アホの若干ズレた言動は、これまでの緊張を絶えず求められる環境において、自分を守る術として発達させてきた、悲しいものなのではないか?


 時雨とエヴィル、ポメラニアンという名前こそ使わなかったものの、大体同じような類推をした。


 が、あまりにこの少女から発せられる言動がアホなので、考えることをやめた。


 考えた方が負けのような気がしてきたからだ。


 で、一応、お互いがどんな人種であるかを説明しておくべく、自己紹介と相成ったのだが、少女アーク、自分の名前と所属ギルドと、「何でも屋」であるということ以外語らない。


 はじめエヴィルは、この反応は「存外あのギルドも機密事項が多く、その駒としてやっていくのはそれなりに緊張を強いられるのか」と推理したが、しかしアークが言うところには、


 「私、今まで何をやってきたか覚えてないんですよー」


 ということであった。


 覚えていない? 


 時雨とエヴィルは、大いに首をひねった。はじめ、それは謙遜の言葉かと思った。


 アホとはいえなかなかに洒落た言い回しをするではないかと。


 だが、話を進めていくにつれ、「本当に」この少女は、自分の名前と、自分に何が出来るか、以外のことを記憶していないのだ、ということを思い知ることが出来る。


 「何も覚えてないの?」


 時雨が問う。


 「はい、自分はバカでありますから!」


 「にしたって、そうやすやすと忘れるもんかね? あと、そう簡単に自分を馬鹿って言いきるのにも少々感心だが」


 「褒められても何も出ませんよ~、あ、肩たたき券出しましょうか?」


 「いらんわ! ていうかしょぼいな!」


 段々疲れてくるというか、のれんに腕押しというか。


 しかしそれにしたって、過去のことをまるで覚えていないというのであったら――記憶喪失者ではないか。


 そのような者が、よく何でも屋、案内人のようなことが出来るものだ。


 そう話を振ってみたら(当然の成り行きである)、


 「『何をしたか』というのは覚えてないんですよ。あとでおさっさんあたりから聞いて、ああ、自分は仕事をしたんだな、って認識するのであります」


 「……健忘症ってやつか?」


 ひとつの病気であって、要するに極度に忘れやすい。記憶を留めておくことが出来ない。


 が、返ってくる答えは、


 「私、記憶を消せるんですよー」


 と、いたってのんきに答えるのであった。


 んな簡単に、とエヴィルは思った。


 ラルド村に辿りつく道すがら、時雨と散々話した「記憶」の定義について、今一度思いを馳せてみよう。


 エヴィルの導き出した結論は、記憶とはナマモノであり、そう簡単に忘れ去ることが出来ないものだ。


 それを、ゴミを捨てるがごとく、ひょいひょいと簡単に捨てることが出来るのなら、人間そうは苦労しない。


 筆者の人生だってそうだ。忘れたくても忘れられない惨めな記憶がある。その惨めさゆえに余計のたうちまわる。思いだしたときに。そういうのって全然消えないものである。


 ナマモノ性、というのはそういった意味合いだ。


 が、この少女、本当にそういうことが出来るようである。こうなったらアホどころの話ではない。何らかの病気を疑ってしまうのも道理である。


 しかも、


 「そういう特技なんですよ」


 とあっけらかんと言われてしまったら、もう返す言葉がない。


 楽に人生を送れたら、それはそれでひとつの達成であろうし、その結果その人生の色彩がいくぶんくすんだものになろうとも、しかしエヴィルには知ったことではない。


 第一、こうやって話していて、一応はコミュニケーションに差支えがないのだったら、まあいいのではないかと思う(結構差支えがあるような気がするが)。


 「辛くはないの?」


 エヴィルより遥かに人間味……というか「一般的な優しさ」を持ち合わせている時雨が聞く。


 「いつものことですから」


 いつものこと。その発言に迷いはなかった。


 記憶をポロポロ無くしていくことに、何らの迷いも後悔もないような。


 それは……人間として、何かが欠けているのではないか? 


 と時雨が思ったのも無理からぬことである。


 が、自分だって、ある種の人斬りであるのだから、人の事は言えない、と思った。


 ということで、


 「アークは記憶が消せる」


 という認識に、時雨とエヴィル、双方の認識が定まった。


 「お前そんなんで、ちゃんと案内出来るんだろうな?」


 当然すぎる問いをエヴィルは放つ。


 「心外ですねー、ほら、ちゃんと遺跡が見えてきたじゃないですか」


 村から一日半歩いて、ようやく遺跡が見えてきた。


 巨大な洞窟のように見えた。


 太古には、そこは何らかの住居であっただろうが、今見ると、どう見ても洞窟である。


 草原の上に突如として、こんもりとした土塊が見えた。


 その中心には穴が開いていた。


 装飾もなく、華麗なところもなく、いかにもダンジョンである。


 その土塊は、草原をでかでかと占有していて、大きな建物のようにも見えた。


 窓といったものは一切なく、奥に奥に、と広がっていく。


 それにしても、確かにアークの言うとおり、案内人としての「何でも屋」の実力は確かなものであった。


 目印ひとつないだだっ広い草原を、コンパスなしであっちこっちに誘導し、ちゃんと二人を遺跡にまで誘導してきたのである。


 記憶がない記憶がないと言ってるわりには、この辺りの地理を完全に把握している。


 ほんとに記憶がないんかいな、といぶかしむほどである。


 「まあ、腕があるのは認める。俺様たちが村で情報仕入れてここに向かおう、ってなっても、確かにこの3倍くらいの時間がかかっていただろうからな」


 「あ、褒められちゃったです! 肩たたき券いりますか?」


 「いらんわ!」


 この天丼的ルーチン会話にも、少々耐性がついてきたエヴィルであった。


 「中には何が居るのかな?」


 時雨が、洞窟――いや、遺跡の内部について思いを馳せる。


 「ロクでもないモノには変わりなさそうだがな」


 やれやれ、みたいな面持ちで、エヴィルは答えた。


 まるで冒険者を呑みこむような洞窟。


 蛇が動物を呑みこむようにして、一度入ったら逃がさない。


 「ま、入ってみなければわからない、か。じゃ、行ってみようよ」


 「ああ」


 「行きましょうっ!」


 かくして、遺跡探訪のミッションが開始されたのであった。

 

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