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時雨視点です。もどりました。

さてさてそれから数時間後。

 

空はまだ薄暗く、かといってやや朝も近く、辺りを覆っていた宵闇が、地平の彼方へすうっと消えていく頃合い。


 そんな時刻に時雨は起きる。


 時雨の朝は早い。


 ちなみに筆者の朝も早い。どやかましいわ。この原稿も大体朝五時くらいに書いている。誰も聞いてねえよ。


 とにかく、旅人にしては珍しく、時雨は毎朝きちっと、早朝に起きる。


 大体旅人なんてものは基本ずぼらになりがちで、こんな風に規律正しく毎朝を過ごす、ということはなかなかない。


 日々を過ごすのに精いっぱい、というのもあるし、ただ単に自由業なだけにだらけた毎日を送っているだけ、という説もある。娼婦を買って爛れた生活をしているというのもある。(黙れよ)


 しかし今の時雨――宿の外、裏手の薪を割るスペースに出て、意識を集中している時雨には、そのような堕落さなど垣間見えない。


 すっと立ち、腰の刀に手をかけ、じっと精神を集中する。


 やがて、中空に向けて抜刀する。


 そこには何もないが、あえて言うなら「空気が割かれた」。


 鋭利な斬りつけで、風そのものが斬られた。


 その斬撃、まさに疾風迅雷。


 時雨はそのような剣戟の「型」を、幾通りものパターンを変えながら行う。まるで目前に、敵が居るかのような。


 右側に刀を払う。


 と同時に軸足に力を込め、不動でありながら、即座に次の行動に移れる機敏さを感じさせる。


 矛盾しているようだが、「一流」の所作には、往々にして何らかの矛盾が見受けられるものなのだ。


 それは瑕疵ではない。


 それこそが「○○的天才」の刻印なのだ。


 時雨は何も言わない。


 呼吸すら乱れない。


 そのさまに、冗談のひとつも言えやしない。


 あまりの緊張の高さ。


 このように地の文でダラダラ語るスタイルの小説としては(あ、自覚してたのか)、そういう状況は好ましくないのだが、そういった小さな愚言など、時雨が聞くはずもない。


 筆者が描いているキャラなのに、それは如何、と聞こえてきそうだが、筆者と今の時雨との力関係は、なんだか時雨の方が数段格上のように思えてならないのである。


 というわけで、小説的掛け合いの面白さもなく、小説的ストーリーテリングのダイナミクスもなく、淡々と剣舞の所作を行う時雨は、やがて無心の境地、さながら神に捧げる音楽のような静謐さをも感じさせるまでに至る。


 眼前を一線、横薙ぎに。そこから下から上へと袈裟切り。


 しゅっと爽やかな音を立てて、納刀する。そこで時雨、やっと一息つく。


 張り詰めていた空気が緩む。


 あたかも真空状態のような、あるいは無菌状態、無音状態のようにも感ずられた時間であった。


 時計で計っておよそ30分。


 が、その様を凡人がずっと眺めていたら、およそ三倍くらいの時間を体感したのではないかと思われる。


 やがて時雨は、焚き木として加工する前の、森の中から木こりが切ってきた木の丸太(普通の女性が頑張ってようやく持てるサイズ)をひとつ、材木置き場から持ってきて、突如、空中に放り投げる。


 次の瞬間、視認することも敵わない速度で抜刀、十に渡る剣筋を浴びせかけて、一瞬ののちに、丸太は、手頃なサイズの焚き木となって、時雨の足元にバラバラと落ちる。全ての角材が均等な形で、均等な大きさで斬られている。まるで機械のように。


 そんな常識外れの「焚き木切り」を、しばらく続ける。


 あっと言う間に、その日一日分くらいの焚き木が出来上がる。


 「うん、小遣い稼ぎ」


 と、時雨ははじめて声を発する。


 大抵時雨は、宿に泊まると、小遣い稼ぎと称して(実際そうなっているのだが)、この焚き木切りを、毎朝のトレーニングの一環として行っている。


 それにしてもやはり、あの時(賊を斬った時)「打ちすえる」だけで終わったのは、ただ単に時雨が血を見るのを嫌ったからに他ならなかった。


 やろうと思えば、この木のように、一瞬でバラバラ殺人劇が行える技量を時雨は有していた。


 そんな人斬りお嬢――時雨はこの呼び名を嫌っているが、事実としてはそう呼べる――の彼女の一日は、こうして張り詰めた空気からはじまる。


 それは剣士として、己のテンションをひとつ、高いところで保っておかねばならない、という意気込みであり、それを緩めてしまったら、自分の剣士としてのレベルが下がってしまう、と本能的に悟っているから、彼女はこういった儀式――儀式? ともかくも儀式めいて見えるそのトレーニングを、毎朝欠かさない。


 恐らく、そこからして凡夫とは違うのだろう、剣聖というものは。

 

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