首ぽろり殺人事件
『10月10日 22:37(日本時間) 豊下市、上池公園近く道路』
自宅近くの小学校。
朝は大量の子供で溢れているが、今は深夜のため、人は居らず、静まり返っている。
中には警備員がいるだろうが、不法侵入か、騒音でも立てない限り、でてくることは無い。
家への通り道では無い、ここにわざわざスノウが立ち寄った理由。
それは、この道の方が灯りが少なく、人通りが少ないからだ。
家へはかなりの遠回りになるが、リスクが少ない。
とスノウは考えているのだが、連続殺人事件が起きている現在はこちらのほうが警備が強くなっている。
実際食事が取れず、意気消沈しトボトボと歩くスノウは国の魔術師の魔物のセンサーにひっかかっているのだ。
大した魔力も無いし、危険度が低いと判断されたため、見逃されているのだが気が付くことは無い。
大した学も魔力も無く、派閥に属していないので情報も不足していて当然なのだが。
『ごめんなさい、今気が付きました』
「なーに、やッテるんデスかあの娘は」
携帯にようやく反応があったため、歩きながら見ると君塚由葵からメールの返信が来た。
スノウの頭の記憶を見る限り、由葵は周りに思われてるような病弱でクールで母性愛に溢れた少女では無く。
割と元気で放任気味のおっちょこちょいである。
周りからは病気のため何時死んでもおかしくないし、ふらっとどっかに行っても気が付かれない。
そう思い食べる事にしたのだが。
「中々思い通りにはいかないデスね…」
メールに返信しようか、そう思い携帯に手をやると。
空気が重くなり、全身に死を感じた。
「あ゛ぁアガッガッ!!ア゛ア゛ア゛ぁッ゛ッ゛!」
夜の街中で得体の知れない魔力に押し潰されそうになり、激痛で蹲るスノウ。
一瞬で気を失わなかっただけでも、自分を褒めてやりたい、それほどまでに強大な魔力だ。
「な゛んデスがごれ゛…」
先ほどまで持っていた携帯は地面を転がりどこかに行ってしまった。
探そうにも、視界が乱れ自身の生命力が抜けていくのがわかり、それどころでは無いのが判る。
この感覚を何と言うのだろうか。
この場にお前の、スノウという名の魔物の存在を許さない。
そんな事を言われてる様な魔力だ。
実際、ぼやけ、薄れていく存在を必死に我慢しているが、消滅は時間の問題。
運が良いかは判らないが、この魔力。
スノウに向けられた者では無い、向けられていたら即座に消滅している。
「ァ゛ァ゛ァ゛!!ジぬ゛ゥ゛ゥ゛!?」
自身の生命力が壊れていくのが判る。
鎧を捨てリビングゴスロリと化し、ゴスロリ服に魂を載せている彼女は人間の生命力で身体を維持している。
が、地球では滅多なことでは生命力の元である人間の魂を得ることが出来ず、スノウの生命力は空っぽに近いのだ。
「あ゛、う゛、ぁぁ゛ぁっ、ひぐヴッ!?」
なけなしの生命力が消えていくのを感じ、倒れこんだスノウの身体が痙攣する。
激痛が無くなり、快感のような感覚を感じ、身体が楽になってきたのだ。
深夜の街中で倒れ、ゴスロリ服を着ながら痙攣する少女。
文字にしてみると別の意味とも取られないが、本人は必死である。
とはいえ、もう既にどうしようも無いのだが。
「や゛ダ…ジニ゛ダグナイ゛デス…」
ゴスロリ服の中に隠していた、消火器が転がり落ちていくのを見た。
身体が維持出来ず、内部が崩壊していってるようだ。
手と足の感覚ももうほとんど無い。
そして、スノウは気が付いた。
私はここで生命力を無くし、消滅するのだと。
仮にこの場をなんとかしたとしても、食事を取っておらず生命力が無いので、消滅する。
スノウを絶望感が襲う。何が起きたか判らないうちに消滅するのかと。
せめて何が起きたか知りたい、そう思い、身体を転がし、視界を確保しようとする。
そうすると。
「…大丈夫?」
視界に移ったのは、スノウをよくわからない表情、喜怒哀楽で言うならば哀の感情で見つめている由葵の姿であった。
そして視界の端では、氷や炎が飛び交っているのが判る、誰かが戦っているのだろう。
スノウの身体が再び痙攣する。
それを見て、驚いたのか身体を震わせる由葵。
何が起きてるかさっぱりわからない、そんな表情のままスノウの身体は抱きかかえられる。
「何してたの?」
その質問に答えること無く、無言で返すスノウ。
まさか正直に『由葵を襲おうとしたけど来なくて帰ろうとしたら死にかけてた』とは言えない。
身体が消滅一歩手前で言える筈が無い。言ってしまったらすぐにでもトドメを刺されそうなのだから。
「こんな所じゃ危険だよ、家にいこうか」
由葵の身体からは血の匂いがした。
人を殺した時に付く、死臭も感じる。
そして由葵の身体に人間が纏わり付いているのが見えた。
人間には見えない、スノウのような死霊系の魔物にしか見えないであろう、光景が。
(何ダ、私ト同類になッテタんデスか…)
普通の人間だと思っていたのに。
いつのまに、こっちの世界に踏み込んでいたのか。
しかし、そのおかげで、食事を得られそうで助かった。
消滅寸前の身体になんとか魂を引っ張りいれ、生命力を補給し、持ち直す。
命を助けられたから、由葵のために命を捨てよう。
そうスノウは誓い、気を失った。
『10月10日 22:35(日本時間) 豊下市、上池公園近く道路』
由葵はスノウとの忘れていた約束を思い出し、待ち合わせ場所であった上池公園に向け走っていると。
聞き慣れた少女の悲鳴のような嬌声が突然聞こえ、立ち止まる。
由葵がそちらの方に目をやると、スノウがアルファルトの道路に横たわり、身体から消火器やよくわからない物を撒き散らしながら仰け反り、表情がでない顔が恐怖で歪んでいた。
私の目には見えないが何かに襲われているのかも知れない、そう由葵は考えこの場からスノウを助けることにした。
スノウに声をかけ、素早く抱きかかえると、スノウは顔面蒼白で息も絶え絶えになっていた。
幼馴染にこんな痴漢されたあとの姿を見られたら、さぞ嫌だろう。
何と声をかけていいものかわからず、悩んでいると、助けられて安心したのか、スノウは気を失った。
スノウを取り囲む空気が変質し、何かがスノウの身体に吸収されていくのが判る。
恐らく回復魔法か何かだろう。
聞いたことは無いが、ちょっとした魔法を使える人間はよくいる。
私が来た事で何かが変わったのだろう。
「よくわかんないけど、助けたし?これで約束に遅れたこと帳消しだよね」
由葵は息を大きく吐く。
「危なかったにゃ~、スノウちゃんって最近怖いからね~」
スノウが気を失ったので、猫を被るのを止め、普段の口調に戻す。
それにしても軽い、小学生のような身長で痩せているから軽いのが判るが、恐ろしく軽い。
「じゃあ、とりあえず帰ろっか~」
「あっ……!」
気を失ったままののスノウが低く呻くと、突如として頭がはずれ、地面に落ちる。
「はい?」
由葵は何が起きたか判らず、口を小さく開け、首が落ちた後と、転がった首を見返す。
何度も見ては首を傾げるを繰り返し、胸の中から口に悲鳴が沸きあがってくるがなんとか抑える。
腕が震え、悲鳴をあげそうになり、気が動転したまま
服の重みしか感じなくなったゴスロリ服をアスファルトに降ろし、転がっていった首を拾う。
初めて持つ人間の頭は少し軽かった。
首の切断面は見ていない、見たら絶対後悔するのは判り切っている。
「死んじゃった…の…?」
そんなわけがない、多分マジックか何かだろう。
抱き抱えただけで首が取れて死ぬなんて有り得ない。
そして、由葵は、スノウの首をゴスロリ服に繋げ見なかった事にすることにした。
『しかしスノウの首は繋がらなかった。』
由葵の頭の上にそんな文字が浮かび、叫びたくなるが我慢する。
我慢して、我慢して、心の中で悲鳴をあげる。
死んでる、これは間違いなく死んでいる。
しかも私が原因の可能性がある。
(繋がらないよ~…にゃあああああ誰か助けてどうすればいいの)
助けは来ない。
何度くっつけようとしても首はくっつかない。
そのうち由葵は考えるのを止め、ゴスロリ服で首を覆い、家に走ることにした。
(早く隠さなきゃ、誰かに見られる前に)
そんな言葉を心の中で呟きながら。