それはとても理不尽ななにか
日本がファンタジーの道を歩んでいる頃。
突然違う世界に連れてこられた元ファンタジーの世界の住人達は、大多数が苦しんでいた。
何しろ突然衣食住が消滅した挙句、聞いたことも無い法律とやらを守らされるはめになったのだ。
頭の良い者や、状況を把握できた一部を除き、初期はほとんどのモンスターが従うことが無く、人間を殺し、モンスターも殺され、地獄のような世界だったという。
事実、スノウと一緒にこちらの世界に来たリビングメイルは、人間の魂を食料とするためかほとんど消滅している。
どれくらい生き残っているかはスノウ自身把握していない。
こんな世界にはいたくないから早く帰りたいと日々願い続け、裏切られ続けている。
スノウも、そんな世界を経験し、自身の命を守るために人間社会を学んだ。
学ぶ機会無く殺されていったモンスターがたくさんいるので、その点は相当運がよかった。
そして学べば、学ぶほど、こちらの世界に来る元凶となり、人間と訳の判らない条約を結んだ皇帝サシューを呪うこととなる。
実際、恨みを大量に買っていた皇帝は、同国の娘に殺されたと歴史書には記されていて、その娘も人間に殺されている。
皇帝も強いモンスターも弱いモンスターも人間も命は一つなのだ。
そして死んだら、一部の、私のような死霊系モンスターを除き終わりだ。
死なないとはいえ、身体が消滅したらお終いなので、死なないように余計なことに巻き込まれないよう気をつけている。
気をつけてるのだが…。
それでも、想定外の事は起こるのだ。
『10月10日 22:34(日本時間) 豊下市、上池公園』
「あーソこの少女、人は一人ダト大変デスよ」
『………( ;д; )』
スノウに振り向いたと同時に涙を流しながら携帯に打った文字を見せてくる、名も知らぬランドセルを背負った少女。
真ん丸な目が特徴的な小柄なスノウより、更に小柄な体型をしている。
泣いている顔文字を見せつけ実際泣いているのに、何も考えていないようなぼんやりとした悲しそうな嬉しそうな喜怒哀楽が判らない表情で涙を流しているため少し怖い。
自分より小さい身長を見るところ、小学生ぐらいであろうか、こんな時間に一人で出歩くのはおかしい。
「もシかシテ、話セ無いんデスか?」
『そうなの、はなせないの( ;д; )』
携帯を持つ少女は泣きながら、スノウに携帯を見せてくる。
口を開かず、歯を食いしばっても涙は止まらないようで、袖で拭う事無く、次から次に涙を流し続けている。
その涙は頬を伝い、少女の持つ携帯をも濡らす。
鼻水まで出てきたので、見ていられなくなり、スノウの持っていたハンカチでそれを拭う。
がそれでも止まらず、少女はすすり泣き始めた。
「おい絶好の狙い目やないか、悲鳴とかあげれへんのやろ」
「襲ッタらダメデスよ」
隣の少年がまったく空気を読まない発言をする。
少女に聞こえるように言っている辺り、食べるのはほぼ確定事項なのだろう。
田中は基本的に一部の例外を除き、人間は食事としか考えてないから当然なのであるが、スノウは首を振る。
少女のためでは無く、自分達のために首を振る。
田中の言葉が聞こえてるはずなのに、何の反応もすることが無い少女は泣き止む事無く、
スノウのハンカチが涙でびしょびしょになっていく。
「えーット…、何デ泣いテるんデスかね」
スノウがそう聞くと、少女は涙で濡れている携帯に文字を打ち込む。
防水でも無いと携帯が壊れそうだが、大丈夫なのだろうか。
『やっとあえた( ;д; )』
やっと、やっととはどういう意味だろうか。
スノウの記憶にはこの少女と出会った記憶は無いし、少年に視線を向けても首を振る。
二人揃って知らないというのに、何故やっと会えたなのだろうか。
「それで、どうするんや」
「こんな時間に夜の公園なんテ殺人犯や物騒な魔物まみれデス、帰ッタ方が良いデスよ」
「なんでや!」
『びくっΣ(゜Д゜)!?』
少年の突っ込みが思ったより大きく、スノウと少女は携帯に文字を打ち身体を震わせる。
携帯に文字を打ってから身体を震わせるのは全然怯えていないと思う。
理由はある、あるのだが、獲物予備軍である少女がいる前で説明していいものか。
「理由はある、あるんデスが…」
スノウは少女に目線をやる。
田中の最初の一言で、何か対処しなければならないが。
それ以上のことも言っていいだろうか、スノウが悩んでいるとそれに気が付いた田中が声をかける。
「別にええ、記憶はいじくれるし、でも納得いかんかったら食べるで」
そういえば田中はそんな特技があったなと思い出す。
ならばただの人間だと思う泣いている少女は記憶捜査に耐性など持ってないと思うし。
本当にダメなら殺せばいい、そう思い未だに泣き続け、役割を果たさなくなったハンカチを離し、田中に説明する。
「まズ第一に、怖いからデス」
「はっ?ただの子供やろ、何で怖いんや」
確実に勝てる相手なら良いが、僅かでも負ける可能性があれば勝負なんてしたくない。
見た感じ、こんな泣いている少女に絶対に負けるとは思えないが、それでも嫌だ。
何よりこんなご時勢に、夜出歩く泣く少女。
手を出したら、何か痛い目に合いそうだ。
「あト老人襲うのト、子供襲うのトだト、対応が段違い何デスよ」
「どういうことや」
「この日本トいう国は、子供や女を殺シタり、行方不明になるト連日連夜ニュース沙汰になるのデスよ、そんなこトシタら私らお終いデスね、馬鹿みタいな量の国家の人間がきまス、デも老人や死期が近い人間に対シテは割ト適当デス」
「言われてみるとそーかも、しれへんな…、大きなニュースになってるのは女子供だけや」
「多分口減らシみタいな感覚なのデシょう、私らの世界デもよくあッタデスシ」
田中は考え込む。
自分自身が口減らしの結果、吸血鬼の生贄になったので思うところがあるようだ。
「ソれに…、ドう考えテも、怪シいデスシ」
「せやな、どう考えても怪しいわな…」
スノウにとってこれが一番重要だった。
お腹が減っていたとしてもこれだけ怪しい少女を襲うと何が起きてもおかしくない。
『わたしあやしくないよ、スノウちゃん!たなかくん!(ノ´▽`)ノ』
その携帯の文字を見て、二人は確信した。
スノウと田中は少女と出会ってから一言も名前を呼び合っていない。
だと言うのに、何故会った事の無い少女が私達の名前を知っているか。
国の魔術師ならば、わざわざこんなことせずに最初から二人を殺そうとする。
ならば、答えは簡単だ。
「私達には全然わからないデスね」
「せやな…、あきらめてもいいかも知れへんな…」
何かよくわからないが、何か厄介なことに巻き込まれた。
しかも不安材料多すぎて、食事には出来ない。
二人が考え付く範囲だとそれぐらいの結論にしかならない。
世の中1を聞いて10を知る者もいるらしいが、そんな頭は無い。
二人で悩んでいる間に、いつの間にか結構時間が立ってしまった。
携帯を持った少女はいつの間にか涙を止め、笑顔を見せている。
悩んでもわからないし、とりあえず少女の文字に従うか、そんなことを考え始めていた時。
なんだか奇妙な違和感を感じた。
近くにいる人間の気配がいつの間にか一つ増えている。
はっきりとは聞こえないが、何かを話しているかのようにも聞こえ、怒鳴り声のような大きな叫びが聞こえた。
一体誰だろうか。
空気が軋み、重く感じられ、魔力を感じる。
スノウと田中がそれが何か気が付いた時、既に手遅れであった。
「死ねぇ!」
どこからか響く男の死の宣告、その瞬間スノウにできたことと言えば、これから起こることに絶望し、身が竦め小さな悲鳴をあげただけであった。
自分でも聞いたことの無いようなか弱い悲鳴、言い終えた瞬間、スノウの前に立っていた田中の身体が魔法に包まれ、灰となる。
それだけで、悲鳴一つ残す事無く、長い付き合いであった吸血狼である田中は死んだ。
「そこの魔物達、少女に何をしている!」
スノウも小さな悲鳴をあげ、目の前で灰となった少年のように死ぬはずであった。
しかし、それより先に突き飛ばされていたから、一体何が、というより先に身体が地面に投げ出された。
急な衝撃で頭が取れる。
その頭をすぐに掴み、周りを見渡す。
「少女、無事か!」
心配そうな声だった。必死さを感じた。
だがスノウの視界に入ったのは、魔法の衝撃で吹き飛ばされ辺りを自身の血で染めた少女の姿であった。
「何デ盾に」
言葉を聞く限り、少女を助けようとして魔法を打った男。
スノウと田中は、気が付きはしたが行動に移せず、田中は消滅し、スノウは一瞬だけ命を永らえた。
「貴方誰なんデスか…、何デ助けタんデスか…」
助けても未来なんて変わらないのに。
見知らぬ誰かに助けられるような善行を詰んだことなんて無いのに。
突き飛ばされ、男からの魔法から庇われたスノウ。
スノウの頭は混乱の極みであった。
本来なら命を狙われているなら逃げなければならないのだが、混乱のせいで身体が動かない。
呆然と。
混乱し。
スノウを庇ったせいで胴に穴を空け、口から血を吐き痙攣している少女を見つめる。
その原因となった少女はというと携帯電話に何かを打ち込もうとしているが、痙攣のせいでまともに打ち込めていない。
あきらかな致命傷だから当然だ、あんな小さな身体でまだ息があり体が動かせるほうが凄い。
一流の治療術師の下へいけば間に合うかも知れないが、間に合うはずが無い。
そんな中少女は痙攣する腕でスノウに携帯を見せてくる。
『つきて』
「つきて」とは何を伝えたいのか、それもわからない。
男は少女の身体に近づき、首元を揺すり、それがトドメとなったのか、少女は痙攣しかしなくなった。
力が強い人間には判らないだろうが、普通の人間は首に大事な神経が詰まっており、そんなところを強い力で揺さ振ると死ぬ。
時期に痙攣を止め、生命活動を止めるのだろう。
「貴様、何故子供を盾にした!?」
お前の攻撃のせいだろうが、そんな言葉を男に言う暇無く、こちらに走り詰め寄ってくる。
目でも追いきれない、そんな速度にスノウの身体は追いつくはずが無い。
追いついた所であるのは、消火器や工事現場の看板ぐらい。
スノウは思わず笑ってしまった。
「何がおかしい、死ねモンスター!」
「助けテくダサい、私は無実デス」
無くても結果が変わらないであろう、涙を流し命乞いをしてみるが、男の動きは止まるはずも無い。
スノウはしょうがなく、ゴスロリ服の中から近くのマンションから盗み黒く塗った消火器を出し、小さな身体でも攻撃力があるように振り子の要領で後ろへと振りかぶり、殴りかかる。
が、そんな攻撃を男は簡単に避け、何かを唱える。
その動きは最初と違い目に追える、というより周りの速度が遅く感じられる。
「貴様はここで燃え尽きろ、喰らえ漆黒の業炎!」
そのネーミングセンスは無い、そう思いつつ男の手に魔力が宿る。
魔法使えるならわざわざ近寄らなくてもいいし、技名のように叫ぶ必要も無い。
男の趣味なのだろうが、その趣味で私は死ぬ。
生きる可能性を望むが、自分でも生き残る可能性はまったく無いと判りきっている。
あの世界の廃墟と化した塔に生まれ、何の因果か地球で生活するはめになり。
よりによって、防ぎようの無い炎で焼かれて死ぬ。
「やっぱりこうい」
う最期ですか。
そんなスノウの遺言とも言える呟きは言い終えること無く、男の炎を浴びた彼女のゴスロリ服は瞬時に燃え尽き、二度と覚める事のない、闇へと意識を落とした。
『10月10日 22:33(日本時間) 豊下市、上池公園』
「何か言い争ッテるみたいデスね」
深夜にランドセルを背負い歩く少女を見つけたは良いが、何やら俺正義感に溢れてる熱血マンです、と外見に書いている男に携帯を見せ、何やら怒られている。
どう考えても面倒ごとだ、食事はあきらめてさっさと家に帰るべきだろう。
「…なあスノウ」
「何デスか、あれは多分魔術師デスから、逃げタ方が」
「俺ら死んだと思うんやけど何で生きてるんや、あと何であの娘はあそこにいるんや?」
突然、訳のわからない事を言い出す田中に、目をぱちくりさせ視線を合わせる。
「ソれはドういうこトデスか?」
「だからな、俺達はあの男に殺されたはず…でも俺生きとるし…どういうことや」
田中の顔は疑問で溢れていた、自分が何故ここにいるかがわからないと顔に書いてある。
しかしスノウにそんな記憶は無い。何かの冗談であろう。
自分達が死んでいるなんて面白くも無い冗談を何故言うのだろうか。
「私達生きテるデは無いデスか」
「そうやけどな、違うねん、俺達は…」
幻覚でも見せられたのだろうか。それとも空腹で変なものでも見えたのだろうか、どちらにせよさっさと帰るべきなのだろう。
やることなすこと全て裏目に出るそんな気配がするのだ。
それにスノウの中の何かがここから一秒でも早く離れるべきと警報を鳴らしている。
生命に関わりそうな直感には素直に従うべきなのだ。
「訳がわかりまセんが、今日はもう終わりデスね」
「ああそうだな…」
スノウが、少女と男に背を向け歩き出したとき。
ランドセルを背負った少女がこちらを見て「待ってー」と声が聞こえた気がしたが、スノウは無視することにした。
触れてはいけない。頭の中の何かがそう告げている。
「『やッぱり来なくテ良いデス、まタ学校デ。おやスみ』こんなメールデいいデスかね」
「メールまでそんな片言なのかよ」