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サイドストーリー

作者: 甘珈琲

 12月24日 仕事帰り。

 珍しいことに天気予報が当たり、雪の降り積もるビル郡。

 クリスマス・イヴという今日は見渡す限りのリア充共。

 そして、


「……死に晒せ!!」


 俺は目の前でキスしていた、たった今元、が付いた彼女と、ムカつくぐらいイケメンな弟に向けて、ついさっき買ったばかりの晩飯をぶん投げた。




 俺の弟は俗に言うイケメンというものだ。平々凡々な兄貴とイケメンな弟なら、勿論弟の方がモテる。俺がこれまで好きになった女の子は皆弟に惚れ、好きな子に弟宛の手紙を託されたときは血の涙を流した事だってある。結局俺は就職するまで彼女というものが出来なかった。が、仕事先で弟という脅威がなくなり、俺はついに人生初の彼女が出来た。

 職場の後輩である彼女……いや、元カノ曰く、俺の仕事姿勢とプライベートのギャップに最初惹かれたらしい。

 最初の理由はともかく、俺は外見では無く、内面を見てくれた元カノに本気で感謝し、同時に惹かれた。元カノは並より可愛い感じの女性だったが、外見なんかより俺は俺を見てくれた元カノの人となりに惚れたんだ。

「……それでも、やっぱアイツの方がいいのか」

 気分は最悪。何処で元カノと弟は出会い、ああいう関係へと発展したのだろう。少なくとも昨日今日ではないだろう。イヴだけでなくクリスマス当日も別の予定が入ったと言われ、仕事以外基本大雑把な俺はクリスマスシーズンという強敵と敵対している真っ最中ということもあり、あっさりと頷いていた。今思えば、少なくともあのときにはもう弟と過ごすことになっていたのだろう。

「ホント、最悪」

 もう一度悪態をついて、足を止めた。

 目の前を歩いていた女の鞄から薄桃色の携帯が落ちた。

 見てしまったからには無視は出来ない。俺は薄桃色の携帯を拾い上げ、リア充の群れに紛れ込みそうなぽっちゃりぎみな女を見失わないように追いかけた。



 12月24日 帰宅途中。

 仕事で失敗しました。

「はぁ……」

 慰めてくれる恋人なんていません。男性は苦手なのでむしろ要りません。せめて美味しいお菓子を食べながらパソコンの向こう側にいるお友達に早く慰めてもらうべく、私は帰宅する足を速めました。

「……ちょっと」

 背後から男性に肩を叩かれたので、私は腹の底から声を上げました。

「キャーーーー!!」

「!? ちょ、」

「触らないでください、声をかけないでください、私なんて放って置いてください!!」


 くきゅううう。


 何とも切ない悲鳴が私のお腹から聞こえてきました。

「……きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

「……あぁ、もう。話し聞かなくてもいいから、これは受け取ってくれ……」

 相手が男性である上にお腹の音を聞かれ、恥ずかしさから私は滅茶苦茶に腕を振るっていましたが、目の前の男性は私の猛攻に当たりながらもむんずと私の左手を掴んできました。

「っ!? き」

「後、これは驚かせた侘び。それじゃあ」

 何かを左手の平に乗せ、ついでに紙袋の取っ手も握らされました。男性はすぐに身を翻して、去っていきました。

 左手には私の携帯が乗っていました。

「……あれ?」

 鞄の中を探しても、コートの中を探しても私の携帯は無く、左手の平の上でした。

「あれ……?」

 ひょっとして、私大変失礼なことしちゃった?

「……うう、胃が痛い……」

 と、携帯ばかりに目がいっていましたが、ようやく紙袋のことを思い出しました。よく見れば、知る人ぞ知る、穴場喫茶店の袋でした。



 12月27日 昼休み終了間際。

「吉田さん。昨日はありがとね!」

「いいですよ。昨日は予定も無かったので」

「彼女は?」

「イヴに振られました」

 ドンマイと朗らかに笑う伊藤さんの声をBGMに、俺は昼飯を食べ終えた。彼女が出来たとは言ったが、誰とは言いふらしていないため、俺の彼女=元カノという方程式は成り立っていないようだ。

「それじゃあ、俺仕事に戻ります」

「がんばってねー」

 エプロンを付け直し、俺は午後の戦場レジへと向かっていった。途中、元カノからの視線を感じたが、黙殺した。

「いらっしゃいませ」

 ここに勤めてかれこれ六年。慣れたような手さばきで客を捌く俺の目の前に、ぽっちゃりぎみな女性客が現れたのは、おやつが食べたくなる時間だった。



 12月27日 今日は休み。

 イヴの時に携帯を拾ってくれた人がくれた紙袋にはケーキが入っていました。ケーキは生もの、ということで美味しく頂きました。このことをネット上のお友達に言ったところ、運命の出会いじゃない!? といっていましたが、無いと思います。むしろあってたまるかです。確かにお礼はしたいけど、私男性は嫌いなんです。

 ともかく、せめて謝罪とお礼はしたいと思い、紙袋のお店にやってきました。給料日などの自分ご褒美の時なんかによくココに来ます。

 あの男性がココで働いているわけではないと思っています。常連かもしれないし、たまたまここでケーキを買っただけかもしれませんが、ココ以外にあの男性の手がかりになりそうなのはないです。

「いらっしゃいませ」

 レジの向こう側で営業スマイルを浮かべる平々凡々な顔つきの男性店員を見たのは、ちょうどおやつの時間でした。



 12月27日 午後三時。

「あ」

 ぽっちゃりぎみな女性客はレジに立つ平々凡々な顔立ちの男性店員を見て動きを一瞬止めた。が、すぐにおずおずと動き出し、男性店員の前に立った。

「ご注文がお決まりでしたらお伺いいたします」

「……カフェラテと、シュークリームで」

「カフェラテとシュークリームですね? かしこまりました。店内でお召し上がりになりますか?」

「はい。……あの、」

「はい」

 女性客は男性店員を自信なさげに見上げ、ゆっくりと口を開いた。

「あの……24日に私の携帯拾ってくれた人ですか……?」

 言いながら女性客は鞄から財布と同時に薄桃色の携帯を取り出した。

「……あ」

 男性店員は今思い出したという顔を一瞬だけ見せた。

「あの時は失礼なことしてすみません! 本当に助かりました!」

「……いえ、見たからには無視できなかったので。……あと、目立つのでもう少しトーンダウン願えますか?」

「……あ」

 男性店員が極めて冷静に指摘すると女性客は途端静かになった。

「お会計は二点で480円になります」

「……はい」

「五百円お預かりいたします」

 男性店員は女性客から五百円を受け取るとエプロンからペンを抜き取った。レジキーを叩き、レシートをとるとすぐに裏返しペンを走らせる。

「20円のお返しになります」

 男性店員は何事も無かったかのようにおつりとレシートを女性客に手渡し、商品を揃えだし、その間に女性客はレシートを裏返した。

「……」

「お待たせいたしました。ごゆっくりどうぞ」

 カフェラテとシュークリームを受け取る際、男性店員は女性客にだけ聞こえるように呟いた。

「外は寒いので、六時にもう一度ココで待っていてください」

 その言葉を最後に、男性店員は次の客に意識を向けたので、女性客はゆっくりとその場を離れ、席に向かっていった。

「いらっしゃいませ」


 女性客は席で一人、レシートの裏側を見つめていた。

『六時以降仕事が終わります。話はその時に』

 必死に「これは謝罪とお礼の為、これは謝罪とお礼の為」とぶつくさ呟く女性客をいぶかしげに見つめる目は多かったが、女性客はそんなもの気にもしなかった。



 ぽっちゃりぎみな女性客はどういうわけか男が嫌い。

 平々凡々な顔つきの男性店員は弟にコンプレックスを抱き、恋愛不信者となった。


 美男美女の波乱万丈メインストーリーの傍ら、何処にでもいそうな男女の山も谷も無いサイドストーリーにスポットライトを当てたっていいんじゃないでしょうか?


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