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9チーズ目:あの日起こったこと。

 「隊長…!どうするんです!?」

 「逃げるぞ…ここの洞窟は複雑に入り組んでいるから、逃げ切れるはずだ!」

僕はゴツゴツした岩を蹴りながら、全速力で洞窟を駆け回った。ジェニーと隊長は僕よりも足が速く、少し置いていかれる形になる。背後のディノシュレッダーはどんどん加速をつけて迫ってきている。パラパラと天井から粉が降ってくる。

 「カスはカスなりに、早くこいつに食われるたほうが楽だぞ!」

クレイヴ・ドルマンのどすの効いた声が暗い洞窟内に反響する。次第、僕は肺が空気を求めて軋むのを感じた。深く息をするようにして、足元をみなかったその一瞬、地面から飛び出た岩の角に膝がぶち当たった。視界は一気に反転して暗くなる。顔や体が岩と激しく擦れる音が聞こえた。

 「何やってるんだユウキ──…!」

ジェニーは勢いのついた体をひるがえすと、そのままスピードを殺さずに僕の方へ素早く向かってきた。しかしこの距離からして恐らく僕の方に先に着くのは…

 「馬鹿なネズミ達だな…どうせディノシュレッダーのエサになる運命だというのに…!」

急いで体を起こすと同時に、頭上から大きな牙が降ってきた。目の前に真っ赤な牙が現れる。

そのとき、僕はいつかの場面を思い出した。森。洞窟。頭上。モルラット──

 瞬時に、頭をかばう様にして腕を交差させたが、全く手ごたえがない。それどころか、僕の足元にはポタポタと白い粘着質な液体が垂れている。

 「…?」

ゆるゆると腕を戻すと、目の前に光景は凄まじいものだった。大きく上下に開いたディノシュレッダーの赤い口を、牙には触れないようにしてキップ隊長が抑えていた。足元にある液体は、どうやら怪物の口から吐き出た唾液らしい。隊長の体は重みに耐えるようにして震えている。

 「隊長…!!」

 「…っ」

キップ隊長が息を呑んだ瞬間、ディノシュレッダーは体の力を一気に隊長に乗せるようにして突進した。踏ん張っていた隊長の足が岩場ときつく擦れて僕の方へ押されてきた。さらに口をガチンと閉じると反動で外れた隊長を回転しながら尾で吹き飛ばした。硬い皮膚と隊長の柔らかい体が衝突し、よれるのが見えたと思った瞬間、尾の風圧に巻き込まれて僕も同じ方向へと飛ばされた。洞窟の壁に激しく叩きつけられ、切り裂くような体への打撃が走る。目の奥がチカチカするような光が見えた。

 「…ぐ…」

 「ユウキ。ここは私がやる」

そのまま重力にひきつけられ僕と隊長は地面へとへたり落ちたが、キップ隊長は素早く立ち上がった。ぼやけた視界で血がついた隊長の腕が見える。あれほどの腕力で叩きつけられたんだ、ダメージがないはずがない…まだ視界がチカチカしている僕の方を見ると、隊長は静かに微笑んで呟いた。

 「お前は洞窟の奥へ進め」

 「でも…」

 「…お前は私が、負けるとでも思っているのか?」

 嘲笑を含んだような声に、隊長を見上げた瞬間、暗闇の中でたいまつが見え、一瞬にしてジェニーが現れた。そして力強く僕を立たせると、研ぎ澄まされた雰囲気で僕の体を押すようにして洞窟の奥へと走り出した。僕は走りながら確認するようにして後ろを振り返った。するとキップ隊長は尾を振り回すディノシュレッダーを避けながら、僕に叫んだ。化け物の唸り声が洞窟を揺らして、それに呼応するようにして隊長の体は覚醒していった。目に見えて鋭利化していくキップ隊長の体。その表情は覚悟と怒りに満ちていた。覚醒したら、本人の意思とは関係なく敵を殺していく。…自我が消えうせる最後の瞬間、隊長は僕に向かって叫んだ。

 「お前の望みは──お前で叶えろ!」

 



洞窟の突き当たりを曲がった瞬間、隊長は見えなくなった。







 「……ジェニー」

 「…何だ?」

僕は後ろを振り返らずに、うつむいていた。

 「スティックとアランに会わないと」

 「あぁ」

どんどん回転が速くなっていく自分の足を見る。隣のジェニーの剣が、鎧が、規則正しい音を鳴らしている。

 「隊長、大丈夫だよな」

 「当たり前だろ」

隣の声の主が、あまりに淡々と告げるもんだから、僕はうつむいていた顔を上げた。暗い暗闇を、ジェニーのたいまつだけで照らしながら駆けていく。入り組んだ洞窟は坂道のような傾斜が出来ていて、ふとももに力を入れて一気に上って行くと、やがて光が見えてきた。

 「光だ…」

ジェニーは眩しそうに目を細めた。









 「さて…どっちから殺してやろうか」

 「…」

物音ひとつしなくなった暗い洞窟内で、漆黒と黒の毛色のネズミはお互い牽制しあっていた。

どす黒い体を揺らしながら、ディノシュレッダーは背に乗っている小さなネズミの指示を待っていた。先に動いたのは、クレイヴの方だった。薄ら笑いを浮かべ、指をパチンと鳴らす。すると岩の陰から何かが素早く駆け寄ってきた。

キップは、暗闇のせいでそれが何か分からないようだったが、待てないとばかりにディノシュレッダーのほうへと詰め寄った。

クレイヴは、そばの陰に何かを告げると、うずうずしているディノシュレッダーにすぐさま命令を下した。

 「先に行った二匹を追いかけろ!」

それを聞いたディノシュレッダーは、大きな牙の並んだ口から涎を吐き出し、一気に走り出した。進行方向に立ちふさがるように立っていたキップがそれを見逃すわけはなく、牙をむき出し、爪で襲い掛かろうとする。

 「キップ!!!」

 「──!?」

どこかから聞こえたその声に、キップは一瞬躊躇した。その隙を狙い、クレイヴとディノシュレッダーは加速してキップの頭上を駆け抜けていった。間髪居れずに黒毛のネズミはディノシュレッダーを追いかけようとしたが、背後から忍び寄った何かが彼を押し倒して馬乗りになった。キップは、影の顔を見て、殺気の漂っていた表情をさらにきつくした。ひげがピンと張り詰め全身の毛は立っている。フーフーという荒い息と共に、キップは影の名前を告げた。

 「ヒルトン…!!」

影、こと灰色のネズミはそれを聞くと素早くキップの上から飛びのいて間合いを取った。そしていつものように礼儀正しく微笑むと、いつでも爆発しそうなほど張り詰めているキップの雰囲気を諭すように呟いた。

 「キップ…いや、キップ隊長。久方ぶりですね」

 「何故、お前がこんなところに──!!」

ヒルトンはキョトンとした目でしばらく考え込んだ後、うれしそうに尾を振りながら言った。

 「ただの偶然でしょう」

それを聞いたキップの爪が、かつてないほど巨大化した。

 「何…だと…?」

 「…」

 突如キップは巨大化した牙でヒルトンに襲い掛かった。鋼鉄のような岩に、鋭く牙が突き刺さる。キップが血走った目で辺りを探ると、近くの小高い位置にある岩に飛び移っていたヒルトンが冷たい表情で見下ろしていた。それを見た黒ネズミはますます唸り声を震わせた。

 「お前…!!あの事を忘れているんじゃないだろうな…!あの時起こった…!」

 「もちろんですよキップ隊長…忘れるわけが…」

 「嘘をつけ!!」

ヒルトンがしゃべり終わる前に、巨大な牙が岩を粉々に破壊した。素早く岩から岩へと飛び移るヒルトンを、キップは血眼になって追いかけ続けた。その鋭い牙がありとあらゆる岩を粉砕して、粉にしていく。洞窟の壁から突き出している岩は、あとひとつのみになった。パラパラと、岩の粒が地面に溜まっていく。

 「あの日…お前がしたことは…何があろうとも許さない!」

 「……わかっています!」

キップは最後の岩場を破壊し、ヒルトンは軽やかに地面へと舞い降りた。灰色と黒毛のネズミは対峙するような格好でにらみ合っている。

 「──サラは…サラ・リバースはお前のせいで死んだんだ!」

 「…」

ジャリ、という砂を踏みしめたような音がして、キップは血走った目から水が零れてくるのを止められなかった。喉の奥からくぐもった声を発した。

 「お前はサラを殺したんだ!」

 「…」

次の瞬間、洞窟を纏っていた空間がグニャリと捻じ曲がった。暗闇がユラユラと揺れる。渦を巻くようにして捻じ曲がっていく空間は、やがてあきらかに洞窟ではない情景へと移り変わっていた。そこは、あたり一面に色鮮やかな花が咲き乱れ、切り株の上で小鳥が楽しそうに鳴いている場所だった。

 「…ここは──」

 「…僕が作り出した過去の空間です」

ヒルトンの言葉に、キップは驚くようにして目を見開いた後。その口を震わせながら、搾り出すようにしてかすれた声を出した。 

 

「サ…サラ…」

 


二匹の目の前には、エメラルドグリーンの瞳をした淡いブラウン色の一匹の美しいネズミが花を摘んでいた。しなやかな手つきで赤い花を摘むと、持っていたカゴの中へと丁寧にいれる。そして何かに弾かれたように立ち上がると、後ろで腕を広げて待っているネズミの方へと駆け寄り、その腕の中に飛び込んだ。

 「……」

 そのネズミは若かりしころのヒルトン・モックだった。二匹は近くの横木に座ると、すぐさま寄ってくる白い毛玉のような生き物に囲まれた。サラといわれるネズミはカゴから花を取り出すと、それを丁寧に結い始めた。しかしあまり器用ではないのか、なかなか仕上がらないそれを、隣のヒルトンは笑いながら取るとあっという間に仕上げてしまった。

拗ねたように頬を膨らませるブラウン色のネズミを、愛しそうな目で見つめる灰色のネズミ。それはどこからどうみても、仲むつまじい恋人同士にしか見えなかった。


 しかし次の瞬間、呆然と立っていたキップの周りの視界は、急に早送りのようになり背景がどんどん流れていった。スクリーンに映るように見えていた二匹は消えて、満開にさいていた花畑は散るようにして消え、辺りは崖のような場所に移った。

そこがどこかということを、キップが認識した瞬間、崖の淵に先ほどの二匹のネズミがぶら下がっていた。ブラウン色のネズミの呟きに、灰色のネズミがなにやら必死に叫んでいる。恋人のネズミは今にも崖の底に落ちそうで、それをヒルトンが支えているような感じである。二匹がしゃべっている言葉は、一切聞こえてこない。すると離れそうで離れることのなかったブラウン色のネズミの手と、灰色ネズミの手がそのままスローモーションのようにゆったりと滑るように解けた。その光景はやがて一気にゆがんだ。


 

 「やめろ…やめろ!ヒルトン…ッ」

牙をガチガチと震わせながら、キップは自らの頭を抱えた。砕けた岩の破片の塵に、膝から崩れ落ちる。まだ微かに残っていた空間は、ぐるぐると回りながら元の薄暗い暗闇に戻った。シンとした静かな洞窟内と、黒毛のネズミは一体化するように解けて混じった。

 「……」

やがて、ひげの震えが収まったキップは、すばやく灰色ネズミの方を睨んだ。覚醒していたはずの体は、いつの間にか元に戻っていた。

 「ヒルトン……先ほどの空間はお前が作ったって言ったな──」

 「はい…私の能力は空間をいじることですからね…」

 「もしかして…20Dほど前に、モルラットの洞窟からシャローナ草原に俺たち部隊を飛ばしたのは……」

 ゆるりと体を動かしながら、ヒルトンはまだ動けないでいるキップに近づいた。そして首根っこを掴むと、涼やかな目を極限まで近づけた。灰色のネズミは、愉快そうに口の縁を持ち上げた。漏れるような笑い声が漂う。

 「…お察しのとおり──私ですよ…」

 「何であんな事をした…!?ユウキが居なかったら私たちは死んでいたんだぞ…」

 「…それが狙いですよ。貴方は何かとクレイヴさんを敵視していましたからね…」

ギリギリと、徐々に強めていくヒルトンの手。

 「あの人は…貴方に部隊を追い出された私を…暖かい目で守ってくれた…あの人こそが真の優しさだ!」

やがて、こう着状態で張り詰めていた両者の空気が破られたのは、キップのうなり声からであった。バチンという乾いた音と共に、キップはヒルトンの頭上を飛び越えて洞窟の奥を見た。

 「これで分かった…もはやお前にかまっている時間はない…!!私はクレイヴを止める!」

 「そんなこと…絶対にさせませんよ──」


二匹はお互いに絡みながら、瞬間移動をするかのように闇の奥へと走っていった。


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