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7チーズ目:裏切り

「うがっ!」

僕は頭を何かで蹴られる衝撃で起きた。鼻に乗っているそれを掴んでどけながら、体を起こす。重たい瞼を擦りながら確認すると、それはスティックの足だった。思わず嫌悪感で足を投げ落とす。スティックは寝相が悪いのか、毎日毎日信じられないところまで転がってきている。

 「ったく…」

僕がハンモックから飛び降りると、何かの上に着地した。視線を落とすと、それはネズリンピックで獲得した本だった。慌ててほんの上から降り、息を吹きかける。

 「……」

表紙を眺めると、それはモルラットの皮でできていた。堅くて、重厚な趣のある本だ。しかも簡単には開かないようにカギまでついている。僕は少し考えた後、床に投げてあったスティックのズボンのポケットをまさぐった。すると案の定、そこから細長い銀のカギが出てきた。思わずニヤリとして、それを鍵穴に差込、ゆっくりと回す。カチン、という軽快な音がして、僕は本を開いた。

 「地形…?」

一ページ目は、ネズシティの地形だった。よくわからない。さらにページをめくるも、そこには川だとか…町の分布図だとか…あまり価値のあるものは見えない情報ばかり。

 「…なんでスティックはこんな本を、あんなにもほしがったんだろう…」

僕はさらにページを進める。すると、一際目を引く題があった。

 「ネズシティの…伝説?」

そこには、ネズシティの古くから伝わる伝説が載っていた。



 『ネズシティには、古くから空間と空間を繋ぐ役割を持つ洞窟があると言われている。しかし洞窟の内部は、恐ろしいまでに深く入り組んでいて、過去にこの洞窟に入った探険家たちは、誰一人として帰ってきたものはいない…さらに洞窟の最も奥には、この世にある唯一無二の宝も眠っているとされている……』

ここで僕はキップ隊長の言葉を思い出した。

 「空間を超える洞窟から飛んできたって言ってた…じゃあキップ隊長が飛んできた洞窟も、この洞窟の一部…ということか…?」 

 「キップ隊長がどうしたんです?」

背後から突然聞こえた声に、僕は飛び上がるようにして驚いた。振り返ると、そこにはヒルトンさんがいた。

 「おや?その本は……?」

不意にヒルトンさんは僕が抱えている本を見て、表情を変えた。そして本に手をかけると、

 「…ユウキくん。その本、見せてくださいよ」

と、笑って言った。

僕は急いで本を後ろ手に持った。手を弾かれたヒルトンさんは、いたって冷静な顔をした。

 「いやです!」

 「…なぜ?」

 「そもそも、なんでヒルトンさんがここにいるんです!?」

僕は、自分でも驚くほど大きな声を出していた。ハッとして口を押さえる。

すると、部屋の気配に気づいたのか、ジェニーが起きてきた。

 「どうしたんだ…ユウキ…って……」

 「や、やぁジェニー…」

ジェニーは葉っぱのベッドから飛び降りて、ヒルトンさんに握手を求めた。するとアランとスティックも起きてきた。アランは目をこすりながら状況を確認すると、飛び起きた。

 そういえばジェニーは元・警察部隊。それならヒルトンさんと知り合いでも不思議じゃない。寝ぼけ眼のスティックは、ようやくヒルトンさんを認識すると、ゆるゆるとハンモックから降りた。そして僕のほうへ歩んできて、小さな声で囁いた。

 「あの制服…警察だろ?何でこんなとこにいるんだ?」

僕はそれを聞いて、あてつけるようにヒルトンさんに尋ねた。

 「何か用ですかヒルトンさん?」

ジェニーはいつものように鎧を纏って、剣を腰に携えると、カシャカシャと剣の具合をチェックしていた。

 「あぁ、…今日はある人と話がしたくて──」

ヒルトンさんは、僕のほうをチラリと見た。なぜか、本を持つ手が汗ばむ。

 「久しぶりに、キップ隊長に会いたくなりましてね…」

 「そうでしたか、では俺が案内します」

ジェニーは最後に赤いマントのようなものを肩に取り付けると、颯爽とヒルトンさんをドアまで招くと、僕たち三匹に目配せして出て行った。

僕はカシャカシャというジェニーの鎧の擦れる音が聞こえなくなるまで様子を伺っていたが、やがて何も聞こえなくなったので、息を大きく吐き出した。一気に体が脱力する。

 「…ユウキ!ちょっとその本かせ!!」

 「うわ!」

アランとスティックは僕の腕から本を剥ぎ取ると興奮しながらページをめくり始めた。

 そんな二匹の様子を見ながら、僕はしばらく考えていた。今までの情報からして…キップ隊長とヒルトンさんは親友だったけど、何か大きな亀裂が走り、今はほぼ絶縁状態のはずだ…なんで今更会いにくるんだ…?

 「わからない…」

 「何ぶつぶつ言ってるんだよユウキ!それよりほら!これ見ろ!やっぱり伝説の洞窟はあったじゃないか!」

 「あぁ!さすがキップ隊長だ!言ってることが真実だ」

はたと、僕は二匹が先ほどのページを見ているのに気がついた。話しかけようと、ゆっくり立ち上がった瞬間。信じられない言葉が僕の耳に入ってきた。

 「これでやっと国に帰れるなアラン…」

 「あぁ…!もちろんだスティック!」

 「おい!」

僕の叫び声に、二匹はびっくりして振り向いた。

 「どういうことだよ?帰るって──」

スティックは立ち上がって、僕の肩に手をかけた。

 「そのまんま…俺たちの国に帰るってことだよ」

 「……なんで」

スティックは視線を床に落とした。

 「帰らなきゃいけない理由がある」

 「…なんで」

 「うざったいな!」

僕とスティックのやりとりに痺れを切らしたかのようにアランは立ち上がった。そして顔を僕の顔のギリギリまで近づけると、叫びながら言った。

 「俺らの国は今内乱状態が続いてるんだ!だから特殊能力を持つ俺たちが行けば、納まる可能性があるんだよ!だからどうしても帰らなきゃいけないんだ!そういう──お前だって、自分の国に帰りたいんだろ?」

 「僕は!まだ…みんなと一緒に居たい!何でだよ…ジェニーも加わって、まだまだSOSも来るよ!この国のネズミ達だって助けが必要なんだ!怪物のロイドですら助けを必要としていた!僕たちはこの国の特殊部隊員だ!」

 「うるせぇ!」

アランはそう叫ぶと本をわし掴みにして部屋から飛び出していった。スティックは、僕の肩にやさしく手を乗せた。振り返ると、スティックは苦笑いをしていた。

 「……スティック」

 「そういえば、俺たちお互いのこと何も知らなかったな──ユウキ。お前、どこから来たんだ?」

 「…人間界」

 「!!!」

それを聞いたとたん、スティックは、まるで腫れ物にさわったかのような表情で僕から手を引いた。そして、鬼気迫る顔つきで僕から逃げるように一歩下がった。

 「な、なんだよ──どうしたんだよ!?」

 「………来るな…!こっちに来るな!!裏切り者が!」

スティックは、部屋に落ちていた数冊の本を思い切り僕に投げつけると、物凄い速さで部屋から飛び出ていった。


 



 やがてジェニーが部屋に戻ってきたとき、僕は部屋の中心でへたり込んでいた。ポッカリと開いた巨大な空虚感と、きっと二匹は戻ってくるという期待感で、頭が一杯だった。その様子と、部屋の乱雑具合をみて、ジェニーは少し考えた後に僕の肩をゆすった。

 「おい、何があったんだ」

 「…」

僕は白濁とした頭で、先ほど起こったことを物きりになんとか話した。

 「…それは意味がわからないな」

ジェニーはまた考え込むと、立ち上がろうとしない僕の肩を抱えた。そしてそのまま部屋から引きずるようにして部屋から出た。

 「とにかく、キップ隊長に話すぞ」

 「……」

ずるずると引きずられながら、やがて僕は重厚な木のドアの前にたどり着いた。するとドアの向こうからキップ隊長の叫び声が聞こえてきた。それを聞いて壁の影に隠れる。

 「裏切り者が、今さらどんな顔して私に会いに来た!!??」

 「違うんだ…俺はただキップ隊長と昔の話でもしようかと…」

 ウラギリモノ…先ほどのスティックの言葉が回らない頭で反響した。そして次の瞬間、ガシャーンという何かが倒れる音と、ヒルトンさんがドアから飛び出してくるのは同時だった。頭を抱えながら、ヒルトンさんは一目散にバブルフレッシャーまで走っていき、視界から消えてしまった。それを見たジェニーは、辺りの様子を伺いながら、ぶら下がっている小枝でドアをトントンとたたき、「失礼します」と言った。すると中から「どうぞ」という声が返ってきた。

 ジェニーは僕を引きずりながら、ドアの中に入った。するとそこには驚いた顔をしているキップ隊長の姿があった。

 「どうしたんだ…」

キップ隊長に事情を話そうとしない僕を見て、ジェニーは先ほどのことを隊長にすべて説明した。キップ隊長は顎に指を添えながら、顔をしかめた。

 「それは、彼らの過去をしらないことには──」

 「一体なんなんです!ユウキに八つ当たりするほどの過去ですか!?」

ジェニーは、僕のために怒っているようだった。キップ隊長は仕方がないとばかりに僕らを部屋の奥の部屋に招きいれた。そこは大きなベッドと小さな木の机が一個あるだけの、寝室のような場所だった。ふと、ジェニーが机の上に置いてある小さな絵を手に取った。僕もふらつく足でそれを覗き込んだ。するとそこには、若い頃のスティックとアランと共に、肌色のような毛色をした僕に似たネズミが笑っていた。ジェニーは色彩の薄い瞳でそれを見つめると、キップ隊長のほうを見た。

 「これは…?」

 「…それは、スティックとアランとマルコの絵だ」

ジェニーが静かに机に置いた絵を、僕はもう一度手にして覗き込んだ。

キップ隊長は部屋の隅においてあったベッドに座って、深呼吸をすると、その青い瞳で僕のほうを見た。すべてを見透かすような瞳に見つめられ、僕はかすんでいた脳が徐々に覚醒して行くのを感じた。



 「マルコ・トラストは死んだんだ」



 隣でずっと冷静な顔をしていたジェニーの表情が、強張った気がした。


 



 「しかも…親友だった彼らを裏切って……」

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