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6チーズ目:ネズリンピックの終焉

 「と、とにかく!手錠がなくなったから楽になったな!」

 「…ったく」

ジェニーはどうやら許してくれたようで、自慢の剣を納めてくれた。熱砂のターチャー地獄を抜けて、道を進むと、また2本目の掲示板が置いてあった。何やら激しい水の音がする。目の前には長い2本の橋が架かっている。切り立った崖のような場所に、縄で結ったような釣り橋だ。

 「次はなんだ?」

 「……度胸試し…左か右か…どちらかは川にドボン!落ちると何が起こるかわかりません…だってさ」

 「度胸試し…か」

僕は崖を覗き込んだ。すると下は案の定川が流れていた。流れは早そうで、落ちたらどうなるか……

 「簡単な話だな」

 「え?」

ジェニーは、素早く木の陰に入った。僕も来いと手招きする。一応僕も影に隠れる。

 「誰かが通るまで待てばいいんだよ。落ちたら違う橋。落ちなかったらそっちの橋」

 「…なんか、卑怯じゃないか?その方法…」

 「卑怯も何もないよ。勝たなきゃ意味はないんだ」

 「……うーん」

そんなこんなで息を潜めていると、案外すぐにも後ろから違う参加者が来た。

 「ほらな…」

 「………」

その参加者は、いろいろ考えるのが苦手なタイプらしく、近くに落ちていた小枝で行く方向を決めた。指で枝を立てて、そのまま転がす。すると枝は右を示した。僕とジェニーは息を潜めて見守る。

 すると、彼らは橋の中盤まで行った所で急に消えた。不自然なほど──急に。

 「!?…え、今の、落ちた…?」

 「そうみたいだな」

ジェニーは涼しい顔をして草むらから出ると、左に道を指差した。

 「それじゃ、こっちに行けば安全だ」

 「……」

ジェニーと僕は、左の橋にのっかった。橋はなんとも頼りがいがなく、歩くたびにギシギシ揺れる。下を見ると、濁流のように水が流れている。先ほど落ちた二人は、もう見えない。

 「…ほんとに…こっちで…いいのかな」

 「当たり前だろ…あっちが落ちるんだから」

僕とジェニーは、細心の注意を払いつつ歩を進めた。先ほどの参加者が消えた場所に近くなる。先頭を行くジェニーは、確かめるように足をトントン、と揺らした。

すると、僕は急に重力を感じなくなった。

 「は…!?」

 「馬鹿な──!」

足元の縄はパッカリと開き、僕たち二人は急降下した。水の気配が一気に近づいた、と思ったら、ドボーンという音と共に、視界は白い泡だらけになった。慌てて水面に浮上して、ジェニーを探す。すると彼も無事だった。しかし激しい水流でどんどん流されていく。

 「くそ……騙された!」


僕たち二人は散々叫んで、叫びつかれたので、なんとか岸に上がろうと試みた。

近くの岩場に必死にしがみつく。すると、流れが少し穏やかになった。

 「…はぁ」

 「…それにしても、ヒドイな。ネズリンピックの主催者は」

 「あぁ、あれじゃあどちらを選んでも落ちるってことじゃないか!」

 「……」

僕はふと、掲示板の文字を思い出した。

 「そういえば…落ちると何が起こるかわかりませんって…」

 「…初めから落ちるように仕組んでたくせにな…」

まだそれを根に持っているジェニー。僕はそんな様子に笑いながら、水の中で何かの気配を感じた。その証拠に、何かが呼吸している時に出る、気泡が水面にたくさん現れている。

 「…またか」

次の瞬間、穏やかだった水流が急に激しくなった。

 「むぐっ!」

 顔に容赦なく当たる水しぶき。体ごと押し流すような、激しい圧力。

水中の流れが、一層強くなった。何かに激しく引っ張られるような強さだ。

僕はぬるぬるした岩にしがみつくのにがむしゃらになった。ジェニーは、冷静に水中にいるのが何かを見極めようとしている。すると、僕の持っていた岩場が突然、バキンと言ってわれた。

 「なっ…!」

そのまま僕は流された。

 「ユウキ!!」

かき混ぜるような水流の向こうで、ジェニーも僕を追っかけるように岩から手を話すのが見えた。




 「う…ん」

 「起きろ、こら、起きろ!」

ペシペシと、頬を叩かれて目を覚ます。するとそこは空が吹き抜けていて、ドーム状になった洞窟のような場所だった。水流から打ち上げられるように、僕とジェニーは洞窟の真ん中で倒れていた。すっかりびしょ濡れの体を起こして、周りを見る。

すり鉢上になった崖からはチビチビ草が生えていたり、吹き抜けの空からは太陽の光が差しこんで、眩しいほどだ。ただし、目の前には巨大な巣穴のようなものがる。まさか、またか?

 着ていた服はあっというまに乾いてしまった。

 「…道にどうやって戻るんだろう?」

 「さぁ?」

ジェニーは首を傾げると何かを発見した。

 「また掲示板だ…」

 「なになに……」

『脱落した諸君にチャンスを上げよう…第二関門・水を操りし古代の水竜と戦い、見事勝利したら、最後の第三関門への近道となる道へのヒントをもらえるだろう──幸運を祈る!』

僕とジェニーが、湧き出てくる怒りをあらわにしたとき、突然また体がびしょ濡れになった。どうやら巣穴から水が飛んできたらしい。

 「…水竜」

振り向くと、そこには透き通るような水色のような体の、美しい竜が居た。額から生えた長い角に、長く突き出た鼻。水で濡れる口に綺麗に並んだ牙。そして小さな手と太い足。極めつけは洞窟内いっぱいに広がるほどの、大きな翼。全身は常に水が滴っている。

 「いっちょやるか」

 「おう」

僕はグルグルと腕を回し、ジェニーはガギン、という音と共に銀色の剣を取り出した。

 「シュウウウウ…」

水竜は、僕らを見定めるように見つめると、口を大きく開いた。僕がその中を見ようとした瞬間、水圧で吹っ飛ばされた。張り出した岩の壁に叩きつけられ、体が軋む。一瞬、息が止まった。

 「っ…こいつ!」

 「待てよ、こいつは俺がやる」

 「ジェニー…」

そういうと、ジェニーは剣を水竜に構えた。磨き上げられた銀の刀身に、自らの赤い瞳が写る。

 水竜が巨大な羽をばたつかせると、すり鉢上の洞窟内には渦を巻く気流のようのものが起こった。ジェニーの青い毛が揺れる。

 「……」

次の瞬間、その気流に乗って大量の氷でできた鋭い槍が飛んできた。ジェニーはそれらを剣で裁きながら、円を描くようにして竜の懐へ接近していく。さらに竜はその気流と槍に激しい水流を混ぜ、白い泡のようなものも高速で吐いた。ジェニーは一気に水に飲み込まれ、見えなくなった。竜の作り出す気流はさらに激しくなり、バサバサと羽を動かす。水も濁流と化し、あやうく僕も流されそうになる。

 「ジェニー!!」

全く見えなくなった。水竜も、ジェニーも。

あるのは、渦のような水流と、気流だけだ。


僕は息を飲んだ。渦を巻いている水流の中心から、何か違う液体が流れ始めたのだ。大量の、赤い──液体。

 「血…!」

慌てて僕は水流の中へ突っ込んだ。激しい流れに身を任せて、そのままグルグルと中心へ近づく。徐々に、視界に赤い液体が流れ始める。水中での息苦しさに、目を細めながら、さらに突き進む。

 「…!」

赤い液体だらけになった中心。そこには水竜の喉元に剣を突き刺しているジェニーの姿があった。しかし、ジェニーは気を失っている。どうやら溺れたみたいだ。

 僕は急いでジェニーを引っ張る。なかなか剣が抜けない。渾身の力をこめて、ジェニーの剣を掴んでいる指を離させて、再び引っ張ると、スポーンと抜け、そのまま水流の壁から抜け出す。

 「げほっげほ…」

水を少し吸い込んでしまい、僕はむせた。まだ呼吸をしないジェニーに、人間界にいたときに、保健でならった心臓マッサージをほどこす。

 「くっそ…起きろよジェニー!」

必死で心臓を押す。すると、ジェニーの口から大量の水が噴出し、ジェニーは呼吸をし始めた。ハァハァと、息苦しそうながらも、うっすらとジェニーは目を開けた。

 「…う…」

 「起きたか…良かった…」

ジェニーは、ムクリと起き上がると、倒れている水竜と、喉元に刺さっている自分の剣を見た。

 「やったのか、俺」

 「あぁ!すごいよジェニー!」

僕は水流もなくなったので、竜に近寄ると、喉の剣を力一杯引っ張って抜いた。剣には竜の血がベッタリとついている。

 「やっぱり…嫌だよな」

僕が差し出した剣を、彼は受け取り、すぐに血をふき取った。

 「何言ってるんだよ…やらなきゃ、お前がやられてた」

 「そうだけど…」

ジェニーはすっかり綺麗になった剣を支えにして立ち上がると、もう一度水竜を見つめて呟いた。 

 「やっぱり、無駄な殺しは嫌いだよ俺は──仕方ないとか、そんなんで済ませちゃいけないんだ……」

ジェニーは水竜に黙祷を捧げると、剣を納めた。そして黙っている俺の方を見て、微笑むと竜の巣穴を指差した。

 「多分ここが第三関門への近道だ!行こうぜ相棒!」

 「………うん!」

僕たちは再び暗い穴の中を走り出した。



 「…あ、光が見えてきた!」

 「…本当だ」

僕とジェニーは暗い水竜の巣穴をしばらく走っていたが、やがてかすかな光が見えてきた。急いで出口に駆け寄り、勢い良く飛び出すと、目がくらむような光が一気に差し込んできた。さらにその後に続くように、ワァッという大きな歓声が降ってきた。思わず、つぶっていた目を開けると、円状の深いくぼ地のような場所で、大勢の観客が何かに声援を送る姿があった。巣穴は、くぼ地の近くに立てられた葉っぱと枝で組まれたエントリー会場に繋がっていた。

 「……なんだ、ここ?」

 「おい、あれ見ろユウキ!」

ジェニーが指差す先には、スティックとアランが腕から流れだす血を押さえて、地面に倒れこんでいる。さらに視線を滑らせると、巨大な何かがいた。それを表す形容詞で…一番近いものは、人間界にいたときに、いつか図鑑で見たT−レックス…そう、ティラノサウルスだ。あいつをほぼ四足歩行にして、緑の体色をどす黒くして、首をもうすこし太く、力強くしたような…生物。

 「……つまり、あれか」

僕がジェニーに話しかけようとすると、彼はさっさとエントリーを済ませていた。

 「ユウキ。リタイヤするときは手を体の前で交差しろってよ、バッテン作ればいいんだ。それで、ルールは、あの変な化け物を倒せばいいだけらしい。今までと変わらないな」

 「……倒すだけ…ね」

今にも戦いたい、とばかりに檻への入り口へと僕を引っ張っていくジェニー。どこからそんな戦闘意欲が…僕はスティックとアランを今にも食い殺しそうな化け物を見て、顔を引きつらせるしかなかった。やがてぶちと茶色のネズミは、泣きそうな顔で、体の前でバツを作った。





『さぁネズリンピックも最後の関門になりました!最後は新種のは虫類として最近見つかった最強・最悪の生物!ディノシュレッダー!さぁ参加者の中でこの関門を突破した人はまだいません!優勝商品は誰の手に…!』





 「すまん!ユウキ…お前らに託す!」

 「俺からも謝る。すまなかった。…あの化け物は絶対ヤバイ!」

頭を地面に擦りつけながら、血だらけになって必死で謝るスティックとアランをなだめながら、僕とジェニーはくぼ地に飛びはいる。僕らが入るとすぐに外からは好奇と心配の歓声が飛ぶ。先ほどのように、ジェニーは剣をかまえ、僕も体に力を入れた。すると、地面が揺れるようにして奴が現れた。奴が歩くたびに反動でかすかに体が浮く。ありないほどの巨大な牙と体。あの爪に当たったら最後、天国にいくしかないな。

 「でかい…」

 「…こりゃあ、骨が折れそうだね」

ジェニーは嬉しそうにクック、と笑うと指を何度か折り曲げて、化け物を挑発した。

とたん、化け物はその巨体ではありえないほどの速さでジェニーを吹っ飛ばすと、壁にぶち当たって地面に落下する寸前の体をもう一度太い尾で殴った。ジェニーは近くの岩に衝突して早くも失神寸前。

 「馬鹿野郎…!!」

僕はあっけなくやられたジェニーを見て、覚悟を決めた。青色ネズミを見下ろして舌なめずりする怪物のしっぽをツンツン、と触る。

 「ググググ…」

腹の底から出すような、うなり声。目は血走って、完全にいかれている。牙なんて、何匹ノネズミを殺したのか、血の色が染み付いている。

 「──スティックとアランでも倒せないわけだ」

僕は突進してきた奴を間一髪で避け、その体に飛び乗る。そして今まで何度も巨体を倒してきた自慢の拳で、力の限り思いっきり、奴の体を殴った。ゴツィン!という音がして、気が付くと、自分の手が腫れていた。

 「ぐぁぁぁぁ!」

化け物の背中で転げまわる。化け物はその拍子に僕を振り落とした。地面に叩きつけられる。

 「ぐっ…なんっつぅ硬さ…拳がダメなら足だよな」

僕はそう言うとグンと地面を蹴った。化け物でも反応できないほどのスピードで懐に入りこむと、奴の顎をこれまでにないほどの力で蹴り上げた。メキ、という鈍い音がして、ディノシュレッダーの頭が上にひん曲がった。

 「ギャオオオオオ!」

 「やった!」

僕は勢いに乗ってさらにもう一発蹴り上げ、近くにあったとがった石もディノシュレッダーの頭に突き刺した。さらに先ほどの恨み、とばかりに殴りまくる。やがて血が噴出するディノシュレッダーから、急いで間合いを取ろうと地面に着地した瞬間。体に痛みが走った。

よく見ると、ふとももが深々と切れている。ディノシュレッダーの体中には、鋭い角があったのだ。腕も、胴も、みな、傷が出来ている。

 「!!!」

ボタボタと、血が地面に落ちて、僕は痛みで倒れこんだ。それを見て、同じくフラフラしているディノシュレッダーは、その巨大な爪を僕の頭にかけた。血で染まる目をギラギラさせながら、そしてえぐろうと爪を食い込ませた。その瞬間、悲痛な雄たけびが闘技場全体にわたった。頭の上にあった爪はズルリと落ちた。僕は朦朧とした目で見上げると、そこにはディノシュレッダーの頭に剣を突き刺すジェニーの姿があった。

 「……勝った…」




僕らは、一番早くディノシュレッダーを倒したということで見事優勝した。

 「では優勝商品をお選びください!」

 「えっと…」

 「その本を!」

頭に包帯を巻かれた僕より先に、スティックが本を指名してしまった。ジェニーは仕方がない、という風にため息をついた。

 観客は全てスタンディングオベーション(立って拍手を送ってくれる)で、僕とジェニーは警察署長から直々に優勝商品(ただの本)と賞状と木のメダルを頂いた。

署長のクレイヴ・ドルマンさんが、にこやかに敬礼をして、僕に「君ほどの能力者は特殊部隊にはもったいない。私の部隊に入らないかい?」と悪戯っぽく言った。

僕はしばらく考えたあと、同じくにこやかに敬礼をして、「申し訳ありませんが、僕は特殊部隊です!」と言った。

それを聞いた署長は、無言で頷くと、僕とジェニーと握手を交わした。その後は、観客も参加者もみんなで飲み明かした。結局ネズリンピックは、参加者250組。完走者50組(そのうち商品をもらえたのは上位10組のみ)リタイヤ100組。死没者100組。ということになった。参加者のうち100組が死んだという事実を聞いて、僕は驚いたが、主催者の警察側は別になんとも思ってないようだ。僕は何か気になったが、次々と持ってこられる豪華な食事に気を取られ、そのまま夜は更けていった。すっかり暗くなり、僕たち4人は、クレイヴさん直々の命令で、白ネズミのワゴンに乗せてもらって居住区に帰った。疲れきった体を、バブルフレッシャーに何度も乗って、全員で長い長い疲れを取った。相変わらずの、気持ちの良いゆりかごに乗っているような感覚に、僕はそれからの記憶はあまり覚えていない。


──こうして5年に一度のネズリンピックは華々しく終わった。






 「ボス。何か素質のありそうな奴見つかりましたか?」

 「……そうだな。……優勝した奴で…青色じゃないほう。あいつは鍛えればものになる」

漆黒という言葉がふさわしい毛色のネズミを、灰色の毛色ネズミが笑顔で出迎える。

 「ユウキのことですか?」

 「そうだ、何だお前、知り合いか?」

 「……いいえ、部下が言っていたので」

灰色のネズミは、2つのカップに黒い液体を注ぎながら、忍ぶように笑った。

パイプイスに座った漆黒のネズミは、その黄色い瞳をギラつかせながら、懐から葉っぱの茎を取り出して咥えると、唸るように言った。

 「それにしても…開発段階のディノシュレイダーがやられるとは…」

 「どうなさいます?」

パイプイスを揺らして、深い暗闇が広がる窓を見上げながら黒いネズミは、茎をグチリと噛みつぶし、ゆるやかにカップを持ち上げると鼻で嘲笑した。

 「まぁいいさ、所詮はただの隊員にすぎない」

 「ハイ」


2匹のネズミは、やがて闇に溶けていった。


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