4チーズ目:隊長の秘密。
「…ん」
僕は何やら騒がしい音で目が覚めた。目を擦りながらハンモックから身体を起こそうとしたとき、ドアからスティックが飛び込んできた。
「あー!やっぱりまだ寝てやがった!!ほら、早く起きろユウキ!今日はお前歓迎会っていったろ?」
「そうだった!」
僕はすっかり暗くなっている外を見て、大慌てで地上へと向かった。バブルフレッシャーの乗り方は、もう完璧にマスターした。
地上に着き、やがて穴から出ると、静かな泉の水面に炎が写っているのが見えた。と同時に、ゲラゲラとした笑い声も響いてきた。泉の周りで、今日一緒に出発した隊員達が、僕を見て手招きした。
「早く来いよユウキ!」
「そうだそうだ!今日の主役はお前なんだぞ!」
「えっ…!」
僕はスティックに腕を抱えられて、半ば強引にみんなの目の前に連れて行かれる。昨日キップ隊長が立っていた小高い丘の上に追いやられて、すっかり出来上がっている隊員達は楽しそうにこちらを見上げてきた。
「あ…あの。…まだ部隊に入って3日ですが、ルームメイトも、隊長も、皆さんも。とても親切で──」
「やい!能書きはいから飲め飲め!」
僕は自己紹介もそこそこに、押しよってきたネズミ達にもみくちゃにされながら、変な液体を飲まされた。それはどうやら人間界でいうとアルコールのようなもので、ネズミ達が言うには身体に害は全くないそうだ。木のコップに並々と注がれたそれはドロドロしていて真っ黒だった。
「よっしゃー!久しぶりの新入りだ!今日は一晩、飲み明かそうぜ!」
スティックの掛け声と共に、キャンプファイヤーのような炎の周りで、数匹のネズミ達はダンスをし始めた。そのダンスに合わせて、どこかから葉っぱの笛のようなものや、木の太鼓のようなものが出てきて、また数匹のネズミがそれらを演奏しはじめた。
残ったネズミ達は、木の樽のようなものに溢れんばかりに入っている液体を飲みながら、木の実や魚、パンの中にチーズと少しばかりの肉が入ったような食べ物を頬張りながら、交代交代にダンスに入っていった。スティックは、不機嫌そうな隊員の手を取ると、軽い足取りでダンスに入り、飛び跳ねるようにして踊っていた。どうやら疲れはもうほとんどないらしい。その代わり、アランはグッタリと横木に座って、その様子を眺めていた。
僕は、丸太に座って、白い月を眺めているキップ隊長に近寄った。キップ隊長の毛の光沢はだいぶ治ってきていて、その輝きを取り戻すのはあとちょっとのようだ。ツンとした鼻先は、シャープな形を描いている。
「隊長。一つ質問があります」
「……なんだ?」
涼しい風が、僕とキップ隊長のひげを揺らす。激しい太鼓の音で、僕の言葉はキップ隊長以外には聴こえない。
「何故、あそこまで白ネズミを気嫌いするのですか?」
「──」
ジャリ、という土を踏みしめる音がして、キップ隊長は思い腰を上げた。そして、近くの木の陰へと僕を強引に連れて行った。
「いいか、このことは誰にも言うなよ」
「ハイ」
それを聞いて、キップ隊長は目を細めると、一呼吸した。そして全てを話し始めた。
「実は──私は、白ネズミなんだ」
思わず僕は目を見開いた。だって隊長はどこからどうみても黒い毛色…
「この黒い毛色は突然変異というもので、10年に1匹から2匹、生まれるか生まれないかの毛色だ。白ネズミは本来知能が浅く、しゃべることはできない。これは前、お前に言ったことがあるな。しかし私はしゃべれた。2本足でも立てた。だから、私は違う誰かと会話がしたかった。だからある日、同じ突然変異の親友と妹と共に村を抜け出して、どこか違うところで飛んでいくと噂のあった洞窟に入った。するとこの国に飛んできた。別空間から飛んできたから部隊に入れられたが、いろんな毛色のネズミがいる国に来れて、私は本当にうれしかった──…」
僕は話が理解できなかった。これまでの言葉を頭で分析しても、白ネズミをあそこまで気嫌いする理由は見つからない。するとキップ隊長の表情が怒りに変わった。
「だが!友人に白ネズミだと話せば、皆離れていった!あの奴隷ネズミのことか、ってね。私は後日、白ネズミがワゴンを轢いているのを見かけた。鞭で叩かれても反論すら出来ない!そのみじめな姿といったら…だから私は、その日以来本当に信用した部下以外には、この話はしない事に決めたんだ」
キップ隊長は最後にこちらを見て微笑んだ。
「…僕を、信用してくれたんですか」
俯いて、呟く。僕と隊長は出会って3日…そんな短期間なのに。
「…いいや。お前がこの事を嗅ぎまわるから、面倒くさくなって教えただけだ。あの調子じゃ、スティックが口を開きそうだったからな」
「あ」
あの日の会話…聞こえてたのか。皮肉をこめた隊長の言葉、だけど、やっぱりうれしかった。ふと、僕は、帰ろうとするキップ隊長の後姿を見て思った。
「あの!」
「何だ…まだあるのか!」
キップ隊長はいい加減にしろ、とばかりに僕に詰め寄った。
「先ほどの会話を聞く限りですが…親友と妹さんはどちらに──」
僕が言葉を言い終わる前に、キップ隊長の目の色が一瞬黄色になった気がした。まさか、こんなところで覚醒…!!
「ユウキ…!」
キップ隊長は、僕の首根っこを掴んで宙に持ち上げた。首が絞まり、息が苦しくなる。足をジタバタと動かすも、それは無駄な抵抗だった。
「人には、聞いていいことと、悪いことがあるのを、知らないのか──…?」
「…ぅ、す…いませ…ん」
次の瞬間には、僕はドサリと地面に落ちていた。黄色くなりかけた隊長の瞳は、やがて元の青色に戻った。僕は入ってくる空気にむせながら、居住区の入り口の穴に入っていく隊長の後姿を見ていた。広場では、まだキャンプファイヤーの炎と陽気な音楽が踊っていた。隊長の中の、触れてはいけない過去。覚醒しなければいけないほど、深く暗い傷。
それに、今日僕は触れてしまった。
やがて、僕の歓迎会は終わりを向かえ、キャンプファイヤーは泉の水で消され、すっかり出来上がっている隊員達はそれぞれ肩を貸しあいながら、自分達の部屋に戻っていった。
僕とアランも、眠ってしまったスティックを担ぎながら、最上階の自分達の部屋に戻った。
暗くなった部屋に入り、スティックをハンモックに乗せ、大きな葉っぱを被せる。アランは憎らしそうにスティックのひげを引っ張ると、自らも弦で出来たハンモックの中へ潜り込んだ。
「ユウキ、明日は何もないだろうけど、早く寝ろよ」
「うん。ありがとう」
僕はハンモックに入り、モゾモゾと身体を動かした。
先ほどの隊長の変貌ぶりが、脳裏に焼きついて離れない。
親友と、妹さん…一体、何があったんだろう
僕はしばらく悶々と考えていたが、スティックの「もう食べれない…」という寝言を聞いて、馬鹿らしくなり、そのまま葉っぱの布団を頭の上まで被り、寝た。
翌日、目が覚めると、スティックもアランもまだハンモックのい中だった。
「そういえば…今日は、戦いがないんだっけ」
特殊部隊といえど、そう毎日毎日戦いがあるわけではないらしい。僕はハンモックから降り、思いっきり背伸びをした。部屋には透明な壁を通して、朝の新鮮な空気が入ってきていた。それを思いっきり吸い込み、吐く。
「……何しよう」
僕はとりあえず、木のクローゼットを開き、この世界に来たときの普段着を着た。そして本棚の中をあさる。すると『居住区マップ』という薄い本が出てきた。
「…なんだこれ」
僕は早速その本の一ページ目を開いた。茶色の紙に書かれた見取り図のようなものは、だいぶ薄くなっていて、紙自体気をつけなければ簡単に破けてしまいそうだった。パラパラと流し読みすると、ある文字が目に止まった。この国に来た当初は、全く文字が読めなかったが、今ではなんとなく読める。
「資料倉庫:主な資料…特殊部隊歴代隊員のアルバム・怪物の生態」
それは三階と書いてあった。僕は昨日の事が頭をよぎった。
「あの話で行くと…隊長の親友も別空間から来たってことになるから…部隊に入ってるはずだよな」
パタンと本を閉じて、クローゼットの中にあったヘンテコなカバンにそれを突っ込むと、僕は部屋から出た。あいかわらず緑の天井は動いていて、この居住区は生きているというのを実感させられる。バブルフレッシャーはすでに日常の一部と化している。急降下してく流れ。三階で降りたことは今まで一度もない。僕は凄まじい勢いで落下していく中で、16…13…と階を数えていった。
「8階…5階…そりゃ!!」
僕は躊躇せず、そのまま勢い良く飛び降りた。すると、そこは見事に三階だった。横の部屋から出てきた隊員が、僕を見るとニッコリ笑って通り過ぎていった。
心の中では、こんなことはするべきではないと、思っているが、詮索してしまう。知らない事は知りたい。それは普通の欲求ではないのだろうか。
僕はあたりに気を配りながら、歩を進めた。やがて突き当たりになると、『資料倉庫』と、かろうじで見える古びたプレートがあった。別に立ち入り禁止とは書いてなかったので、僕は静かに中に入った。倉庫には誰もいなかった。暗い中で、ただひたすら本棚が並んでいた。そっと足を動かしながら、奥に進んでいく。やがて、一際分厚い本が並んでいる所に来たので頭上を見上げると、木の案内に『歴代隊員資料』と書いてあった。
僕は占めた、とばかりにそれらを片っ端から見た。
「第1期生…うわ、古いな…」
この国の、年や月日のあらわし方は分からなかったが、アルバムの隅の方に−80Yと書いてある。
「80年前ってことか…?だとしたら案外新しいんだなこの部隊って」
僕はキップ隊長の顔を思い浮かべた。何歳ぐらいなんだろう…?
恰幅はあるし、若くは見えないけど、そんなに年寄りにも見えない。
「だいたい20年前くらいかな…」
僕は本をさかのぼっていき、やがて−20Yと書かれたアルバムを見つけた。急いでそれを開く。
「あっ!」
僕は、思わず叫んだ。キップ・リバース。写真つきだったからそれは確信に近かった。黒い毛色に優しい顔立ち。それは紛れもなくキップ隊長だった。僕はキップ隊長の横に貼ってある顔写真を見て、アルバムを落としそうになった。
「…嘘だ…!」
そこには、キップ隊長と同じように、優しい顔で微笑む、ヒルトン・モックの顔があった。
「まさか…そうだよ、偶然だよ。きっと、ヒルトンさんとキップさんが親友なわけない…」
僕は自分に言い聞かせるように呟きながら、アルバムを閉じた。
僕を迎えに来た時、ヒルトンさんとキップ隊長は、仲が悪そうだったじゃないか。僕は逃げるようにして資料倉庫から出た。
暑くもないのに汗が浮き出る。
「……」
振り返って、『資料倉庫』と書かれたプレートをもう一度見る。
もしヒルトンさんとキップ隊長が親友だとして、彼らの関係に何か重大なヒビが入る出来事があったとしたら。それは一体なんなのか…僕は、何か嫌な予感がした。何かは全くわからないのだけれども。
暗く重たい、張り詰めるそれが、確実に迫っている気がした。