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11チーズ目:悪魔の降臨

 ジェニーは力強く地面を一蹴りし、ディノシュレッダーの足に銀の剣を突き刺した。しかし鎧のような硬い皮膚には全く食い込まず、それどころか跳ね返されてしまった。クレイヴは愉快そうに笑っている。

 「クク…無駄だ!完全体となったディノシュレッダーには何も効かない…」

 そのまま地面に転がるようにして受身を取ったジェニーを、僕はすかさずキャッチした。湿った地面で体を擦った青いネズミは、泥だらけになってしまった。

 「…何て硬さだ──」

悪態をつくジェニー。それを見たクレイヴはほくそえんで、そして目下のディノシュレッダーに命令を下した。

 「こいつらより、あいつらを殺れ!」

その指令を受け取った巨大な怪物はよだれを撒き散らしながら赤い花びらが渦巻く花畑の方へと走っていった。怪物が走るたびに太いしっぽのせいで生い茂った森の葉っぱがゆれる。僕は止めようと追いかけたが、何故かディノシュレッダーは急停止した。僕は泥だらけのジェニーと様子を伺った。すると、色鮮やかな花畑一面に赤い血が流れ出ていた。思わず息を呑む。



 「…何故だ??」

 「…」

 切り裂かれたヒルトンさんを見て、サラと呼ばれるネズミは体がまたぼやけ始めた。瞳からは涙の雫が溢れ出している。声は出ないようだった。さらに隣で震えているキップ隊長は、目の色が青と黄色を行ったり来たりしている。クレイヴは、不思議そうな口調で言った。

 「お前…いつからそんな馬鹿になったんだ?何故こいつらを庇う?」

 彼が倒れている場所はもはや血の海と化している。僕が駆け出そうとすると、ジェニーは首を横に振った。まだ、時じゃないとでもいうのか──?



ヒルトンさんは静かな口調で言った。

 「私は…私は…もう大切な人を失いたくない」

 「──」

 「サラとキップを殺すなら、私を殺してからにしてください!」

 「この恩知らずが…!!ならば死ぬがいい!!」

クレイヴは血走った目でヒルトンを睨むとディノシュレッダーは牙をヒルトンさんに突き立てた。しかし、次の瞬間僕の目の前に何かが飛んできた。

素早く体を翻して避ける。見ればそれは一本の巨大な牙だった。質量の重いものが叩きつけられるときの衝撃で、湿った泥が舞い上がる。

 「ギャオオオオオオオ!!」

洞窟全体に響き渡るほどの悲痛な叫び。それは牙を折られたディノシュレッダーのものだった。怪物はもんどりうって七転八倒している。怪物の足元で、キップ隊長は凄まじいオーラを出していた。絡みつくような長い黒い毛は逆立ち、全てを射抜くかのような黄色の目はギラギアと光っている。そして怪物の牙をも折る鋭いつめ。

 「許さない…」

クレイヴは眉間に皺を寄せると暴れるディノシュレッダーにしがみついた。

隊長は目にも留まらない速さで怪物の頭部に移動すると、そこに牙を突き立てた。何も通さないはずの皮膚。それがジワリと切り裂かれる音がした。怪物の悲鳴はさらに大きくなった。

 「……やめろキップ!!」

 「…許さない!」

次の瞬間、乾いた音がして怪物の頭部からは血が噴出しはじめた。隊長は爪でありとあらゆる箇所を切り裂きまくった。クレイヴはかろうじでその攻撃から生き延びている。しかし血眼になって怪物を守ろうとしている。

 「…俺の可愛い化け物が!!…やめろ───!!!



 やがて怪物の悲鳴はやんだ。不気味なほどの静けさが森を包み込む。僕とジェニーはしばらく目を瞑っていた。そうしていないと、とても見れるようなものではなかった。

隊長の怒りは、それはそれは、凄まじいもので──…

 「…フゥ…フゥ…」

荒い息と共に隊長は少し苦しそうな顔をした。それもそうだろう、特殊能力をあれだけ開放したのだから。花畑には、虫の息のヒルトンとすでに命を失ったディノシュレッダーが居た。赤い花と共に血の海と化した聖なる森は、クレイヴの泣き声だけが響いていた。

 「あぁ…ディノシュレッダー………可哀想に」

 「何が可哀想だ…化け物の癖に…」

キップ隊長は目を細めてつぶやいた。それを耳にしたクレイヴはこれ以上ないほど牙をむき出した。

 「黙れ!!お前に何が分かる…」


肩を震わせながら息を付くと、クレイヴは凄まじい形相で怒声を挙げた。 ビリビリと、肌が千切れそうな程の唸り声。

僕はジェニーにしがみついたが、ジェニーもひたすら固まっていた。何度も覚醒し、倒れ込んでいるキップ隊長は弱々しい目でそれを見ていた。


「――!!」


先程、森から一斉に放出された光の魂。それらが全て、クレイヴの体に取り込まれていく。

空気が渦を巻き、森の草や花びらもドンドン吸収されていく。


「――馬鹿な……」


やがて静かになった洞窟内とクレイヴを、僕らは呆然と見ていた。

「…お前らは全員……皆殺しだ」

深い暗闇を纏ったクレイヴが口角を持ち上げた瞬間、釘が巨大化したかのような鋭利な牙が見えた。それはディノシュレッダーの比ではない。

「………!!」

「――逃げろぉおお!!」

僕は瞬時にまともにやりあっても勝てない相手だと察知した。僕はキップ隊長を抱え、ジェニーはヒルトンさんを抱え、一目散に走り出す。

「ハァ……ハァ……!」

「くそっ…!」

生い茂った森の樹木は僕らに味方したが、狂ったクレイヴの恐怖からは逃げ切れなかった。

「ギャハハハハ!屑共がぁ…!逃げ切れると思っているのかぁ!?」


洞窟内が揺れ、岩が砕け散る。ドンドン走っていくと、やがて森の出口らしき場所に着いた。

そこは、洞窟の天井がなく、巨大な吹き抜けの開けた場所になっていた。頭上には透けるような青空が広がっている。水竜と闘った場所に似ていた。どうやらネズシティにはこのような吹き抜けの洞窟がたくさんあるらしい。すると、遠くの方で見慣れた顔が二匹立っていた。それを見た瞬間、僕は一気に心臓の鼓動が早くなるのを感じた。


「――スティック、アラン!」


虫の息のヒルトンさんとキップ隊長を岩の影に横たえ、僕とジェニーは二匹の方へ駆けた。すると、スティックは物凄い形相で叫んだ。


「こっちに来るな!!」


思わず、足を止める。よく見ると、二匹は黒いホールの前に立っていた。何もない空間にポッかりと空いた暗闇。僕はそれが、時空を越えるモノだと気が付いた。彼等は已に、国へ帰ろうとしていたのだ。洞窟の壁が揺れて、振り向くと入り口にクレイヴが立っていた。

「………万事急須だな」

隣のジェニーが引き攣った顔で言った。

僕は目の前の二匹を見た。いつかみたいな冷たい視線。拳を握り閉めるが、体の震えが止まらない。「…教えて欲しいんだ。何故僕が裏切り者になるのか――」

「……」

しかし、二匹は黙っていた。

「殺してやる!ギャハハ、殺してやる!」

喚きながらこちらに向かってくるクレイヴを見て、ジェニーは剣をかざして静かに言った。

「…ユウキ、俺が食い止めるから話をつけろ」

「危ないよジェニー!」

「人の心配をする前に、自分の心配を晴らすんだな!」

そう言い残すとジェニーは風のように駆けて行った。背後でクレイヴの鋭利な牙と銀の剣が交わる軽快な音がした。


「……マルコは人間だったんだ」

不意に、アランがポツリと呟いた。

「……でも、それだけで――」

「それだけじゃない!」

言葉を遮るように、スティックは目をギラギラさせた。

「――マルコは俺たちを裏切って多くのネズミを殺したんだ!親友だったのに!信じてたのに!全てあいつが壊した!だから俺たちは人間界から来た奴を信じないって決めたんだ――!」

スティックの叫び声が洞窟中に響いた瞬間、勢いよくクレイヴの体から1つの玉がでて来た。その玉は、微かな光を放ちながらこちらへ寄ってきた。

「―――?」

やがてスティックとアランの前に辿り着くと、玉は一気に光を放った。その眩しさに、思わず全員目を瞑る。

『……スティック……アラン……』

聞き慣れない低い声がした。ゆっくりと目を開けると光はネズミになっていた。僕の知らないネズミ。それを見たスティックとアランは、言葉を失った。

「――――」

光はおぼろ気に言葉を紡ぎ出した。

『……すまない……お前達がまだ俺を拭い切れてないとは……』

アランは肩を震わせながら光に手を伸ばした。

「……マルコ……」

「どの面下げて出てきやがった!」

スティックは向こうを向き顔を見せないようにしていた。

『スティック、アラン…あれは違うんだ。俺の意思じゃなかった』マルコと呼ばれたネズミはうつ向いた。

僕はふと思った。サラさんとマルコさんといい、ここの洞窟は死者が蘇るのか……?

「お前以外に自分の意思を操れる訳ないだろ――!」

泣き顔のアランが叫んだ。入り込めない会話に僕が立ち尽くしていると、背後から狂気じみた声がした。

「ヒャハッ!それはどうかな?」

ズドン、と脇腹に鉛を打ち込まれような衝撃が走り、僕は吹き飛ばされた。あっと言う間に洞窟の壁にたたき付けられると、久しぶりの凄まじい打撃に躰が悲鳴を上げた。同時に、息を呑んだ二匹を笑うクレイヴさんが見えた。

「……どういう事です?」

アランが縮こまりながら言った。

「ん〜?心が弱ったマルコくんを支配する事など簡単だった、という事さ」

「―――!?」

僕は霞む視界の中でジェニーの方を見た。すると彼は洞窟の中央に血まみれで倒れていた。足を引きずりながら駆け寄ると、ジェニーは血に染まった顔をピクリとも動かさず、気絶していた。

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