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10チーズ目:幻の森

 「こ、これは…」

 「なんで洞窟の中に──…」

僕とジェニーは確かに洞窟の中に居る。しかし目の前には巨大な森が広がっていた。

どこかから吹いてくる風で、ぼやけた生命力を滲ませている新緑が揺れている。ふと背後に気配を感じた。

 「もし」

 「!!」

慌てて飛びのくと後ろには見知らぬ老ネズミがいた。服装からして探険家のようだ。古ぼけた毛糸の帽子に暖かそうな服。この非常事態時にどこから……

 「貴方も探検家ですか?」

 「え…」

 「そうです」

僕の変わりにジェニーがニコニコしながら答えた。隣の青いネズミは僕の耳に口を近づけると視線を走らせながらつぶやいた。

 「ここがどこか…いったいこの森は何なのか…分かるまでは極力敵を作るな」

 「…分かったよ」

僕がため息をつくと、目の前の老ネズミは微笑みながら手を差し出した。僕はいそいそとその手を握って握手をした。

 「よろしく。私は異世界を旅する野ネズミのロバートです。あなた方はどうしてここに?」

 「僕はユウキで、こっちの青いのはジェニーです、えっと…友達を探しに」

 「ほう…友達?それはすばらしいですね。私も協力しますよ」

ロバートさんはそう言ってまた笑った。僕は彼が悪いネズミなどには見えなかった。隣のジェニーも、最初は警戒していたが、やわらかい彼の手と握手をした瞬間にそれは解けたようだ。

 歩いているしめった泥道以外の地面は、背丈の低い草花に覆いつくされ、その間をこじ開けるようにして背丈の高い木がところ狭しと生えている。生えている鮮やかな花は、この世のものではないかのように美しく咲き誇っていた。地面の下を流れているのか水の音が、何故か地上にもれている。しかし僕は歩いているうちに、あることに気がついた。草や木は脈々と鼓動をしているが、それら以外の生物の気配はまったくといっていいほどしないのだ。なんとも不思議な空間。僕はあたりを見回しながら、先頭を歩くロバートさんに尋ねた。

 「この森はいったい何ですか?」

 「は?ここを知らないとは…珍しいですね君も」

 「??」

すかさず地面からロバートさんに視線を移す。

 「ここはあの有名なドルヴァースの森ですよ」

 「……!?」

僕はその言葉を聴いて脳内に電流が走ったかのような感覚に襲われた。記憶の断片が一つ一つ重なっていく。それはまるで壮大なパズルが出来上がるときのような緻密な作業で。

 ドルヴァース…ドルヴァース…どこかで見た気がする……世界一の森………美しい森…

僕があと少しで思い出せる、と頭を抱えた瞬間、隣のジェニーがいきなり銀の鞘から剣を取り出しロバートさんに突きつけた。そして今まで見た事のないような険しい表情で唸りながら叫んだ。

 「馬鹿な事を言うな!!…ドルヴァースの森は、30Y前にこの世から消えている!!」

 「は…??」

それを聞いて最後のピースがカチリと嵌る。確か歴史書に載っていた──

 


『ドルヴァースの森…昔ネズシティのできる前の土地にあった広大な森で、その美しさは世界一と謳われていた。しかしネズシティのネズミの数が増えるに伴い、森の木は伐採されつくし今では後かたもなくなってしまった幻の森である』


 「あ!!」

僕は思わず叫んだ。歴史書にのっていた絵にそういえばそっくりである。しかし一つだけ歴史書と違う箇所があった……それは森の名前にもなっているドルヴァースの存在…

 「それは嘘だ…現にドルヴァースの森はここに存在しているではないか!!」

ロバートさんは突きつけられた剣から逃げるようにして地面に尻餅をついた。ジェニーは逃がさないとばかりに老ネズミににじり寄った瞬間、背後から荒い息と共に聞きなれた声がした。

 「…やめろジェニー!!」

 「キップ隊長!?」

慌てて振り返ると、そこには全速力で走った後のキップ隊長がいた。隊長は息を整えながら、僕に歩み寄った。そして不満そうな顔をしているジェニーに、すぐさま剣を下ろせと命令した。ジェニーは渋々剣を鞘に収めた。

 「部下が大変失礼なことをしました…」

 「……いいや、いいんですよ」

 隊長の差し出した手をロバートさんは握って微笑んだ。老ネズミがゆっくりと起き上がると、隊長は青い瞳を輝かせながら、森を見回した。

 「じつに美しい森ですね…」

 「そうでしょう」

唖然としている僕とジェニーを差し置いて、ロバートさんとキップ隊長はお互いに微笑みあった。しかし、隊長は地面に咲いているある花を見つけた瞬間、表情を変えた。

 「これは……!!」

すばやく駆け寄ってその赤い花を摘み取る。そして匂いをかいで確信したようにいきり立つと、震えるような小さな声で老ネズミにつぶやいた。

 「もしやここは…あのドルヴァースの森ですか…??」

 「えぇ、そうですよ」

それを聞いた瞬間、キップ隊長は森の天井を見上げて叫んだ。

 「サラ…!!」

すると、その叫びに反応するように森の木々はいっせいにざわめき始めた。色とりどりの花びらが、風に乗って僕らの周りを取り巻き、葉の擦れるザワザワという音がする。

あたりが白く柔らかい光に包まれ、僕とジェニーは目を細めた。震えているキップ隊長のその先には、ブラウン色の美しいネズミが立っていた。

 「サラ…本当にお前なのか…!?」

 「……キップ兄さん…」

隊長はもつれる足に戸惑いながらも、サラと呼ばれるネズミのほうへ歩み寄った。隊長は透けるような光を帯びているサラの手を掴もうとしたが、その手と手が触れ合うことはなかった。

僕とジェニーは驚いた。それは何よりも彼女が実体ではないということを示していたからだ。しかし隊長はわかっていたかのように悲しみに満ちた表情をしてその場で膝を崩した。

 「サラ…やっぱりお前は──…死んだのか」

 「……」

サラと呼ばれる彼女の透けた両腕が、隊長を包み込んだ瞬間、凄まじい轟音と共に地響きがした。僕とジェニーが隊長たちを守るようにして立ちふさがると、そこにはディノシュレッダーの乗ったクレイヴとヒルトンさんがいた。ヒルトンさんは軽やかにディノシュレッダーから花畑に飛び降りると、爽やかに微笑んだ。それを見たジェニーは、目の前の光景を振り払うかのように剣を振り向けた。

 「何で貴方がここに──」

 「…やぁジェニー…君と戦うのは心外だよ…」

微笑みながら僕らのほうへ歩み寄ろうとしていたヒルトンさんはキップ隊長とサラと呼ばれるネズミに気づくと、その動きを止めた。ひげがピクピクと動いている。

 「…サラ」

 「何をしているヒルトン!さっさと奴らを始末しろ!!!」

クレイヴはディノシュレッダーの上からヒルトンを見下ろした。

 「サラ!!」

しかしその声に、ヒルトンさんはまったく反応しなかった。それどころか、キップ隊長の方へとフラフラ歩き出している。

 「何をしている…!?」


 




 クレイヴがヒルトンに近寄ろうとしたが、ユウキとジェニーがそれをさえぎった。キップは涙に濡れた瞳で立ち上がると、サラに近寄ろうとするヒルトンの腕を掴んだ。

 「ヒルトン…今さら何しにきたんだ…!?」

 「…彼女に…会いにきた」

 フワフワと光るサラは、震えるヒルトンに手を差し伸べた。ヒルトンはそれをしっかりと掴んだ。…本当は、つかめていないのだけれども──ヒルトンさんの黒い瞳からは、涙が溢れ出てきているようだった。

 「サラ…会いにきたよ…」

 「ありがとうヒルトン…もう会えないかと思ってた…」

キップはその様子を見つめていた。三匹の周りの草は風に吹かれて、赤い花で満開になっていた。風が吹くたびに赤い花びらが飛び散る。サラは、ヒルトンの涙で濡れた頬を両手で包んだ。その瞬間、辺り全体が光り、彼女を纏っていた光は消えた。その手は確かにヒルトンの頬を暖めていた。

 「私が貴方の手を離したから……貴方は会いにこないと思ってた」

 「まさか…君が居ない日々なんて…死んでいるのと一緒だったよ…」

震えるような空気の中、しばらく呆然としていたキップ隊長はサラの手をとった。

 「どういうことだ…ヒルトンはお前を殺したハズだ…!!」

 「キップ兄さん…それは違う──」

サラはヒルトンに寄り添うと青い制服を掴んだ。膝まである草は、彼らを見守るようにして風に揺れている。赤い花びらが宙をヒラヒラ舞いながら草の地面へと落ちた。キップは自らの意思を貫くかのように必死で叫んだ。

 「何が違う!!私はあの日見たんだ!!確かに助かる位置に居たお前が崖に落ちたのを!!」

 「ヒルトンは…私を助けてくれた!!差し伸べてくれた彼の手を、私が自ら離したのよ──!」

 「何故そんなことをする必要がある!?…お前はヒルトンに騙されているんだ!!」

 「耐えられなかったのよ…!!」

 サラの消えるような細い声にキップは息を呑んだ。

 「…この国に来てから…部隊に入った兄さん達とは違って、私はいつも差別を受けていた…」

 「何で…お前が白ネズミだからか…?!それは私がいつも考慮して…」

 「──兄さんが差別者を排除するたびに、いつも私にしわ寄せが来ていた!差別を差別でなんか解決できないのよ!町のネズミからは冷たい視線で見られて、もうここには生きる場所がないと思った…だから」

 「だから…手を離したのか」

キップのひねり出した様な返答に、サラは切なそうに顔をしかめた。隣で寄り添うヒルトンの彼女を握る手は、かすかに震えて、今度こそ離さないように、しっかり握っていた。

 「……ごめんなさい」

一筋の線を描くように、サラの頬には涙が流れた。ヒルトンはサラの頭をなでるようにして優しく抱き寄せた。それは、まるで冷え切った氷を暖めるかのような仕草だった。

 キップは草に頭を埋めるようにして頭を地面に擦りつけた。

 「すまなかったヒルトン…私が…私が君にしてきたことは…最低だ…!!君を部隊から外して…最低だ!!許してくれなどといわない…!こころおきなく殴ってくれ…」

 「いいんです…僕も…貴方を殺そうとしたのは事実ですから…」

心なしか穏やかな声調で、ヒルトンはキップの腕を掴んで立たせた。たぐりよせられるようにして立ち上がったキップは、空ろな目で二匹を見つめた。

 「また…あの時のように戻れるだろうか…?」

 「……サラが許してくれるなら」

微笑んだサラを見て、キップは、人目も知れず、二匹を抱擁した。

その瞬間、ひときわ強い風が吹いて、森全体の花が一斉に飛び始めた。赤の花びらは、洞窟中にちりばめられ、その場で強い光を放った。透明な光の玉のようなものが森や洞窟内いっぱいに流れ出す。三匹を包み込むようにしてやがてそれらは優しくはじけた──……







 


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