8.成果の発表です!
皇城の執務室は、相変わらず張り詰めた空気に満ちていた。
重厚な扉の前で、私は一度背筋を伸ばす。
(認められたい?……いいえ)
(“納得”してもらうだけ)
「エルザ・アルアディア、参りました」
「入れ」
低い声。
扉を開けると、机に向かうカイエルの姿があった。
書類の山、地図、戦況報告。
――まさに、皇太子の仕事場。
私は一歩前に出て、優雅に礼をする。
「ご機嫌麗しゅう。
カイエル殿下」
そして、はっきりと告げた。
「本日は、成果の発表に参りました」
彼の視線が、ゆっくりと私に向けられる。
「成果?」
「はい」
私は侍女から受け取った小箱を、机の上に置いた。
「離宮の薬草園で育てた薬草を用い、
美容と治癒を目的とした軟膏と香油を作成いたしました」
「……美容?」
意外そうな声音。
(来たわね)
「ええ。ですが、ただの化粧品ではございません」
私は蓋を開ける。
ほのかに、落ち着いた香りが広がった。
「こちらは、肌の炎症を抑え、傷跡の治りを早める軟膏。
兵の擦過傷や、軽度の火傷にも使用できます」
「ほう」
「そしてこちらは、香油。
精神を安定させ、睡眠の質を向上させます」
一拍置いて、続ける。
「戦後の兵、眠れぬ夜を過ごす者たちに有効です」
カイエルの目の色が、明らかに変わった。
「……つまり」
「“嗜好品”ではなく、“実用品”です」
彼は無言で香油を手に取り、香りを確かめる。
沈黙。
(……評価されるなら、今)
「材料はすべて自給可能。
離宮の敷地内で増産できます」
「費用は?」
「初期投資は最小限。
流通に乗せれば、利益も見込めます」
淡々と、でも自信を持って。
やがて、カイエルは小さく息を吐いた。
「……なるほど」
椅子にもたれ、私を見る。
「“自由”を与えた結果が、これか」
「不満でしたでしょうか?」
試すように尋ねると、彼は口角を上げた。
「いいや」
短く、断言する。
「十分すぎる」
その一言で、胸の奥が静かに熱くなった。
「今後も、続けろ」
「よろしいのですか?」
「成果が出ている。
止める理由がない」
それだけ。
でも――それで、十分だった。
「ありがとうございます、殿下」
私は、もう一度礼をする。
「……エルザ」
呼び止められる。
「次は、“何を持ってくるつもりだ”?」
その問いに、私は微笑んだ。
「さて……それは、次の成果次第で」
彼は、ふっと小さく笑った。
それは、冷酷無慈悲な皇太子のものとは思えないほど、
静かで、穏やかな表情だった。




