6.家族と噂話
噂というものは、静かに、けれど確実に広がる。
皇城の廊下。
兵士の詰所。
侍女たちの控え室。
「聞いた?」
「離宮の皇太子妃様のこと」
最初は、ほんの囁きだった。
「薬草園を作ってるらしいわよ」
「それだけじゃないの。土壌の配合まで指示したって」
「え……それ、普通わかる?」
「庭師が舌を巻いてたわ」
噂は、やがて尾ひれをつける。
「毒草と薬草を最初から区画分けしたって」
「しかも、成長速度まで計算して配置したらしい」
「皇太子妃って、もっと……
飾りみたいな存在だと思ってた」
「ねえ……あの方、本当に王女様なの?」
「……只者じゃないわよね」
離宮では、その“只者じゃない妃”が――
「皆様、お手を止めていただけますか?」
私は中庭に集まる使用人たちに声をかけた。
一斉に、背筋が伸びる。
(……まだ、距離があるわね)
私は少しだけ息を整え、柔らかく微笑んだ。
「皆様、妃だなんて固くならずに。
どうか、お気軽に“エル”とお呼びください」
「え……?」
「同じ屋根の下で暮らすのですもの」
視線を巡らせて、ゆっくりと言葉を続ける。
「もう、家族も同然ですわ」
――しん、と静まり返る。
誰かが、冗談だと思ったように小さく笑い、
すぐに言葉を失った。
「……そんな」
年配の侍女が、震える声で言う。
「そのようなことを仰る方、初めてで……」
「そう?」
私は首を傾げる。
「私は、皆様がいなければ生きていけません。
それは事実でしょう?」
使用人たちの表情が、はっきりと変わった。
恐れから、困惑へ。
困惑から――信頼へ。
その日の夜。
皇城の一室。
「……離宮の使用人たちが、妙に士気が高いそうです」
エドワードの報告に、カイエルは眉を上げた。
「理由は?」
「妃殿下が、“家族同然”だと仰ったとか」
一瞬の沈黙。
「……なるほど」
「殿下?」
「人を使うのではなく、
“共に立つ”と言ったわけか」
書類に視線を戻しながら、低く呟く。
「だから、ついてくる」
エドワードは苦笑した。
「噂になっております。
『あの妃、只者じゃない』と」
「放っておけ」
そう言いながらも――
カイエルの口元は、わずかに緩んでいた。
離宮の窓辺で、私は夜風に当たる。
(噂なんて、どうでもいい)
ただ――
(ここにいる人たちと、ちゃんと生きたい)
それだけ。
けれどその想いは、
確実に皇城全体を揺らし始めていた。




