4.離宮
離宮は、想像以上に静かな場所だった。
皇城から少し離れた東側。
広い敷地に、白を基調とした瀟洒な建物が建っている。
「……いいわね」
率直な感想が口をついた。
豪華だけれど、主張しすぎない。
まるで“ここで自由に過ごせ”と言われているようだ。
「エルザ様、こちらが居室となります」
案内役の侍女が、少し緊張した様子で扉を開ける。
明るい部屋。
大きな窓、風通しの良い天井、最低限だが上質な家具。
――十分すぎる。
「素敵なお部屋ですね」
そう言うと、侍女は目を瞬いた。
「……あ、ありがとうございます」
(褒められると思ってなかった、って顔ね)
私は内心で小さく笑った。
しばらくして、離宮に仕える使用人たちが一堂に集められた。
侍女、庭師、料理人、護衛。
全員が、どこか落ち着かない様子でこちらを窺っている。
当然だ。
「冷酷無慈悲な皇太子の妃」
「政略結婚で連れてこられた王女」
そんな噂、聞いていないわけがない。
私は一歩前に出る。
「本日より、こちらでお世話になります
エルザ・アルアディアと申します」
丁寧に一礼。
「皆さまにお願いしたいことは、三つだけです」
ざわり、と空気が揺れる。
「一つ。私の生活に過度に干渉しないこと」
使用人たちの目が、一斉に見開かれた。
「二つ。離宮の敷地内に、薬草園を作ります。
庭師の方、後ほどお話をさせてください」
庭師が、ぽかんと口を開ける。
「三つ。私は、皇太子妃としての責務は果たします。
ですが――」
にっこりと、穏やかに笑う。
「それ以外の時間は、私の自由です」
沈黙。
(……さて、どう出るかしら)
すると、年配の執事らしき男性が、恐る恐る口を開いた。
「……あの、エルザ様
殿下からは、特別なご指示などは……?」
「ありません」
即答した。
「離宮のことは、私に一任すると」
「……一任、ですか?」
「ええ」
私は首を傾げる。
「問題、ありますか?」
「い、いえ!
ただ……その……」
執事は声を潜める。
「殿下は、妃殿下の行動に
細かく目を光らせるものだと……」
(でしょうね)
「安心してください」
私ははっきり言った。
「殿下は、私を“放置”することを選ばれました」
使用人たちが、息を呑む。
(その代わり、結果は求められるけど)
――でも、それでいい。
集会が終わった後。
侍女の一人が、こそこそと別の侍女に囁く声が聞こえた。
「ねえ……この妃殿下、本当に放っておいていいの……?」
「で、殿下に怒られない……?」
「薬草園って、何……?」
(聞こえてるわよ)
私は心の中で苦笑した。
でも、悪くない反応だ。
誰も、私を飾り物扱いしない。
誰も、勝手に命令しない。
(ここなら)
私は窓から外を見た。
広い、更地の一角。
(ここから、全部始められる)
「まずは――土ね」
小さく呟いたその言葉は、
確かに“自由の第一歩”だった。




