2.誕生日
今日は、私の十六歳の誕生日。
――もっとも、誰かに祝ってもらえるわけじゃない。
でも、そんなことはもう気にしない。
「ふふっ、今日は薬草を収穫して、図書室に入り浸るの!
だって誕生日だもの!」
声に出してそう言うと、少しだけ胸が弾んだ。
十歳のあの日から、私は屋敷の大きな図書室に通い詰めている。
いろいろな国の歴史や制度、薬学の基礎。
それから――ずっと触れられなかった剣術も、独学で。
誰にも期待されず、誰にも邪魔されない時間。
それは、驚くほど心地よかった。
(これでいい。これが、私の生き方)
そう思えるほどには。
一度部屋に戻り、本を整理していると、扉がノックされた。
「エルザ様、奥様方がお呼びです。至急、執務室までお願いいたします」
「……え?」
「しょ、承知いたしました!」
驚きすぎて、声が裏返る。
(私の名前を呼ばれるなんて、何年ぶりかしら……?)
胸の奥に、嫌な予感が広がる。
廊下を歩きながら、自然と足取りが重くなる。
扉の前で一度、深呼吸。
「……お母様、エルザです」
「入りなさい」
「失礼いたします」
部屋に入ると、そこには久しく顔を合わせていなかった両親の姿があった。
私は静かに椅子に腰掛ける。
そして、告げられたのは――
「あなたには、ヴァルハイム帝国の
カイエル・フォン・ヴァルハイム皇太子に嫁いでいただきます」
淡々とした声。
「女としてここに生まれたあなたが、唯一役に立てることよ。
喜びなさい」
……心が、すうっと冷えていく。
(分かっていたはずなのに)
ほんの少しだけ。
今日は誕生日だから、何か一言くらい、あるのかもしれないと――期待してしまった。
「……承知いたしました」
気づけば、そう答えていた。
「直ちに準備いたします」
「ええ。もう下がっていいわ」
「失礼いたしました」
部屋を出ても、涙は出なかった。
だって、知っていたから。
ヴァルハイム帝国は、軍国として名高い大国。
その中でも、カイエル・フォン・ヴァルハイムは
冷酷無慈悲で、敵味方問わず恐れられる存在だと。
(なるほど……)
私の十六回目の誕生日は――
どうやら、最悪の日になってしまったらしい。




