9.道は自分で切り拓きます
「殿下!」
思わず、声が弾んだ。
カイエルが顔を上げる。
「……まだ何かあるのか?」
「ええ。こうして認めていただけたのなら――
一つ、我儘を言わせていただきたいのです」
一瞬、室内の空気が引き締まる。
(“我儘”と呼ぶけれど)
(これは、お願いじゃない)
私は一歩、前に出た。
「お勧めの商会はありませんか?」
「商会?」
「はい」
私は、迷わず続ける。
「そこと取引をしたいのです。
この商品を――世界中に届けられるように」
一拍。
言い切った瞬間、心臓が強く打った。
執務室が、しんと静まり返る。
「……」
カイエルは黙ったまま、私を見つめる。
その視線は、妃を見るものではなく――
一人の“事業家”を見る目だった。
「理由を聞こう」
「必要だからです」
即答だった。
「この美容品は、兵を癒し、民の生活を支えます。
そして同時に、国に富をもたらす」
私は、拳を軽く握る。
「私一人の“自由”のためではありません。
ヴァルハイムの力になるから、やりたいのです」
沈黙。
(……試されている)
やがて、カイエルが低く笑った。
「なるほど」
椅子から立ち上がり、窓の方へ歩く。
「皇太子妃が、自ら商会と手を組み、
世界に商品を流す――」
振り返り、私を見る。
「面白い」
その一言に、背筋が震えた。
「商会なら、ある」
彼は淡々と告げる。
「帝国御用達の《グランツ商会》。
物流、信用、資金力、すべて一級だ」
「……あの、大陸最大手の?」
「そうだ」
「ですが……」
私は、正直に言う。
「彼らが、私のような若輩者の話を聞いてくれるとは……」
「聞かせる」
即断だった。
「俺の名で、場を用意する」
黒曜石の瞳が、鋭く光る。
「ただし」
来た。
「失敗すれば、妃の責任だ」
「承知しております」
私は、微笑む。
「成功すれば?」
「……」
一瞬の間。
「ヴァルハイムは、さらに強くなる」
その言葉に、胸が熱くなった。
「ありがとうございます、殿下」
深く一礼する。
(これでいい)
(私は、“守られる妃”じゃない)
(国を動かす側に立つ)
「エルザ」
呼び止められる。
「世界を相手にする覚悟は、あるか?」
私は、迷わなかった。
「――ええ。
だって私は、世界で一番お強いカイエル殿下の婚約者ですもの」
その答えに、カイエルは静かに笑った。




