8話
「送った…けど、返事来るかな」
部室の隅で、翔がスマホを見つめていた。
昨日、有名トレーナーのホームページに設置された“フォーム相談窓口”に、圭吾が勝手に動画を送ったのだ。
「だってさ、見てくれるって書いてあったし!“若い選手の挑戦、歓迎します”って!」
「それ、たぶん“予約して来てね”って意味だと思う」
「でも、動画送ったら見てくれるかもって、青春の勘が言ってる!」
「それ、根拠ゼロだろ」
「でも、ゼロから始まるのが青春だろ!」
翔は、ため息をついた。
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翌朝。
スマホに通知が届いた。
差出人は、トレーナー・高梨。
メジャーリーガーや強豪校の選手を指導している、あの高梨氏だった。
「…来た」
翔は、画面を開いた。
そこには、丁寧な文章が並んでいた。
「こんにちは。動画、拝見しました。
僕は一応プロのトレーナーなので、こういうのはホントはダメなんですけど…
若さの勢いに負けました。少しだけ、アドバイスしますね」
翔は、息を呑んだ。
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高梨トレーナーの助言は、驚くほど細かかった。
「肘の位置が、リリース直前に少し落ちてます。
これだと、回転が安定しない。
肩のラインを保ったまま、肘を“前に出す”意識を持ってください」
「右足の蹴りが弱いです。
地面を押す力が逃げてる。
つま先の向きと、膝の角度を動画で確認してみてください」
「顔の位置が、リリースの瞬間に左に流れてます。
これ、打者からすると“見えない球”になるけど、コントロールが不安定になる。
顔は“残す”意識を」
翔は、スマホを見つめたまま、動けなかった。
自分のフォームが、ここまで見抜かれていることに、驚きと感動が混ざっていた。
「…すごい」
圭吾がのぞき込む。
「なになに!?“顔が流れてる”?それ、青春の象徴じゃね!?」
「違う。技術的欠点だ」
「でも、“見えない球”って、ちょっとカッコよくね?」
「てか、プロが“若さの勢いに負けた”って言ってくれたの、ヤバくね?」
翔は、スマホを閉じて、グラブを握った。
「…直してみる。全部」
その日から、翔のフォームは少しずつ変わり始めた。
肘の位置、足の蹴り、顔の残し方。
動画を見返しながら、何度も繰り返す。
そして、数日後。
ミットに吸い込まれた一球に、吉田がぽつりと言った。
「…今の、ちょっと違ったな。
流れが、スムーズだった」
翔は、何も言わずにもう一球投げた。
その球は、低く、強く、そして静かに沈んだ。
身体の流れが変わり、スムーズに、そして力強くなってきた。




