「私たち親友でしょう?」と笑われたけど
緑眩しい学園の中庭で、一組の男女と一人の少女が向かい合っていた。
男は隣の女の肩を抱き、密着している。
「俺はケリーを選んだ。悪く思うな、アデラ。男爵家の令嬢と伯爵家嫡男とでは、しょせん身分が釣り合わない。それにお前は考え方が古風だろう? 俺の嫁は、ケリーのように革新的な女性じゃないと」
「ごめんなさい、アデラ。まさかこんなことになるなんて……。あなたの彼氏をとるつもりはなかったの。でもフリッツ様が私のことを好きっておっしゃってくれて。──私たち親友だもの。祝福してくれるわよね」
カップルの一方的な発言を前に、アデラはぱちくりと目を瞬かせた。
◇
病弱だったアデラは、"箱入り娘"という言葉がぴったりなほど、外界と接触なく育ってきた。
友達という存在に憧れ、王立学園に入学。初めて話しかけてきてくれたのが、同級生のケリー。アデラは喜び、舞い上がって、あっと言う間にケリーと"親友"になった。
「ねぇ、アデラ! 騎士科の訓練を見に行きましょう。私は用があるから、先に行って場所取りよろしくね!」
輝く笑顔でそう言われ、「頼りにされた」と張り切って練習場の席を確保したアデラは、のんびりとやってきたケリーと、彼女が連れて来た別の友達たちに追いやられ、話題からも弾かれてしまった。
「あの先輩、卒業後は王宮騎士団への推薦が決まっているのですって」
「すごいわね! ほら見て、あんなに長い槍を軽々と。服の下の筋肉はさぞかし隆々としてらっしゃるのでしょうね。見たいわ」
「まあ、はしたない。でもそうよね、あの逞しい胸、そそられちゃうわ」
何を想像しているのか。
はしゃぐ女子たちに遮られ、肝心の練習風景が見えない。
「あの、私にもケリーのお友達を紹介……」
「いま盛り上がってるところだから、後でね」
結局誰も、アデラのほうを振り返らない。
アデラは早々に諦め、でもとても残念な気持ちになった。
・・・
楽しいこともあった。
学園の創立記念パーティーで、ケリーにドレスを褒められたのだ。アクセサリーも。
「あら、素敵な髪飾りね。本物のお花かと思ったわ」
「ありがとう、ケリー。宝石で作った造花なのだけど、精巧でしょう?」
「欲しいわ!」
「えっ? あ、じゃあ職人を紹介……」
「あなたが今、身につけてるものが欲しいの」
「でも、これは……」
「私たちお友達でしょう? 友情の証に、ねっ」
特注の髪飾りは、ケリーにねだられ譲ってしまった。
……パーティーも、あまり楽しい思い出ではなかったかも知れない。
・・・
「アデラ嬢を紹介して欲しいという男子がいるの」
クラスメイトから、騎士科の学生を紹介された。
「友達から始めて貰って良いですか?」
そう述べた彼は、茶色の髪に青い目が精悍なフリッツ・バルトレイル。伯爵家の長男だった。
(私に"友達"の申し入れだわ……!)
フレンド申請に喜んだアデラは、フリッツと交友を深めることにした。
学食堂でフリッツと一緒にランチを食べていると、ケリーが顔をのぞかせ言う。
「私も混ぜてちょうだい。最近アデラとあまり話が出来なくて、寂しかったの」
「アデラ嬢のご親友なら、喜んで」
その日からケリーが加わり、気がつけばフリッツとケリーばかりが会話している。
流行りの店、有名な菓子、高名な乗馬クラブ。
ケリーは伯爵家、フリッツも伯爵家。爵位が同等な彼らは、何かと話しも合うらしい。
あまり出歩かないアデラは、蚊帳の外だった。
(あれ? 友達ってこういうのだっけ?)
特に"親友"とはかけ離れている気がする。
(それにフリッツ様も。出会った頃と比べて、なんだか口調や態度が横柄になってきたわ……)
アデラが疑問に思い始めた矢先に、フリッツとケリーの交際宣言だ。
「俺はケリーを選んだ。悪く思うな、アデラ。男爵家の令嬢と伯爵家嫡男とでは、しょせん身分が釣り合わない。それにお前は考え方が古風だろう? 俺の嫁は、ケリーのように革新的な女性じゃないと」
(???)
友達だったはずが、どうして"選ぶ"とか"嫁"とかいう話になっているのだろう。
(考え方が古風。誰もいない場所で会うことを断ったからかしら)
フリッツに誘われ、拒否したことがあった。
だって年頃の男女が、婚約関係でもないのに密室で二人きりなんて、常識的にあり得ない。まさかケリーは、彼に応じたのだろうか。
「ごめんなさい、アデラ。まさかこんなことになるなんて……。あなたの彼氏をとるつもりはなかったの。でもフリッツ様が私のことを好きっておっしゃってくれて。──私たち親友だもの。祝福してくれるわよね」
("彼氏"じゃないわ。告白されたこともないもの)
アデラはようやく、遅まきながらに、理解した。
(私、もしかしてケリーに良いように利用されてた?)
ああ、これは"親友"ではまったくない。
互いの心に寄り添うのが"親友"だったはず。
それに一緒にいて、楽しいのが"友達"だ。
一方的な利用や搾取を行うための存在は、"友達"とは呼ばない。
(なるほど。これが社会経験)
どうやら私は、軽んじられているようだ。
アデラはにっこりと微笑んだ。
「?」
「何よ」
「大丈夫ですよ、フリッツ様、ケリー。私はちっとも気にしません。"彼氏"も何も、男女としてお付き合いしていないので、私への断りは不要です」
「は?」
「え?」
「伯爵家同士、婚約に進むと良いですね。確かに我が家とは身分も合いませんし……。おふたりを祝福します。でも、この機に私たちの友達関係も終わりにしましょう? だって私、ちっとも楽しくありませんもの」
「なっ」
「まあ」
ケリーが眉を吊り上げた。
「その言いようは、さすがに失礼じゃないかしら、アデラ。楽しくないだなんて──」
「逆に、私が楽しめると思えたのですか? 私の"彼氏"だと想定したフリッツ様と肩を寄せ合い、"奪ってごめん"宣言をしたつもりだったのでしょう」
ぐっとケリーが息を呑む。図星だろう。
楽しいのは自分たちだけ。知ってたはずだ。それなら──。
「そういえば。私を男爵家の娘だと勘違いなさっているようですが、学園での呼び名、アデラ・ヴィット。ヴィット男爵とは私自身に与えられた爵位であって、私の実家はヴェンツェル大公家です」
「へ?」
「えっ?」
「社交界デビューに先駆けて、ヴィットの名で人間関係を学べと父に言われた意味がわかりました。身分が先に立つ社交界では皆様本心を隠されますが、学園では無防備な方が多いのですね」
「待ってくれ。お前、いや、貴女はヴェンツェル大公のご息女なのか」
恐る恐るといった様子で、フリッツが問いかける。
対してアデラは、あっさりと答えた。
「ヴェンツェルの末娘です」
「──ッッ!」
ヴェンツェル大公家の長兄は宰相候補、次兄は副騎士団長、その他有力者に嫁いだ姉たち。彼、彼女たちが何より可愛がっているのが末の妹だということは、貴族社会に聞こえた話だった。
「嘘だろう……?」
「そんな、アデラ。私たち友達だったのに、どうして言ってくれなかったの?」
「家門抜きの公平なお付き合いをしたかったからですけど……。いつぞやの髪飾りは簡単に用意出来る品ではありませんし、私の橙火色の瞳から気づかれたかな、という不安はあったのですが……」
"ヴェンツェルの灯"と呼ばれる瞳の色は、家系に連なる者だけが持つ特色だ。
「……まったく気づかれませんでしたね?」
悲し気に、アデラは目を伏せた。長い黒髪が、さらりと揺れる。
つまりケリーは、アデラのことをまるで見ていなかったのだ。都合の良い手下、程度に思っていたかも知れない。
(お友達が欲しいあまり、好きに使われてしまった)
これについては鈍い自分に反省しかない。
家族に知られたら、皆が目の色変えて怒ることだろう。主に相手に対して。
(バレないようにしなくては)
アデラに長年友達が出来なかったのは、病弱だけが理由ではない。家族の行き過ぎた溺愛が、周囲を怯えさせていたのだ。
今回のケリーたちも、家ごと潰したいほど憎いわけではないし、何より最初に話しかけてくれた相手。
「な、なあ、アデラ。これからも仲良く──」
「さようなら」
伸ばしかけたフリッツの手に気付かないフリをして、アデラはくるりと踵を返した。
背後からは慌てる男女の声が聞こえているが、もう関係のないことだ。
さくさくと歩く足取りは、早足から次第にゆっくりと速度を落とす。
と、木陰から歩み出た人影が、アデラに近づき足並みを揃えた。
「大丈夫ですか? お嬢様」
「平気よ。でも"友情"って難しいわね」
ほぅ、とアデラが溜め息をつく。
彼女より頭ひとつ長身の青年が、心配そうに眉根を寄せた。涼しげな眼もとが、慈愛を含んでアデラを見る。
「身分を明かして嫌味を言うなんて、矮小な自分が嫌になるわ」
「まあいいじゃないですか。今頃彼らは悔いていることでしょう。兄ぎみたちの報復に、恐れ慄いているかもしれません」
「楽しそうに言わないで」
「お嬢様を虚仮にして。禁じられてなければ、とっくに俺が身の程をわからせてやったのに」
「もう。だから止めたのよ。あなた容赦ないんですもの。あと“お嬢様”と呼ぶのはやめてと言ったでしょう。そもそもあなたが、私のお友達になってくれれば話は早かったのに、リカート」
「ごめんこうむります。俺は……」
「以前のように、"忠実な従者"とは言わせないわ。リカートのお父上が許されて、侯爵家を継がれたのだから。……後継者教育のほうは順調なの?」
「はい。ヴェンツェル大公家で学ばせていただいたおかげです」
良かった、とアデラが笑う。
リカートは長く、ヴェンツェル家でアデラの従者をしていた。
リカートの父が駆け落ち同然で家を出ていたため、息子である彼もほぼ平民として育つ──。はずだったが、将来を見据えたヴェンツェル大公家が預かり子としてリカートを引き取り、アデラとともに育てた。
ちょうど年齢が同じであったし、床に臥せりがちな末娘の話し相手になってくれればと目論んだらしい。
リカートの父が侯爵家に戻り、同時にリカートもそちらに移ったが、ふたりは親しい交流を保っていた。
アデラの学園生活は、リカートの入学を条件に、両親からの許可を得ていた。
彼女はリカートに頼み込んで、同じ制服を着て貰った経緯がある。
彼女の家族同様、リカートもアデラに甘いのだ。
「あなたが我が家を出てしまってから寂しいわ」
アデラの言葉に、弾かれたようにリカートが顔を上げる。
橙火色の瞳が、彼をとらえた。
「本音の付き合いが出来る、数少ない相手だったのよ? 私、友達が欲しいの」
「…………。同じ趣味の相手を探してみてはどうでしょう。話しているうちに、友達になっているかも知れません」
「!? そうね! 可能性として高そうだわ」
リカートの提案に、アデラが手を叩く。
嬉しそうな彼女の笑顔に、リカートがそっと目を細めた。
"俺は友達ではなく、あなたの恋人になりたいのです"。
リカートの言葉がアデラに届くのが先か、アデラが友達を作れるのが先か。
公女アデラは、友達が欲しいらしい。
お読みいただき有難うございました!
こちら、公式企画「秋の文芸展2025」用に書いた短編です。文芸展は9月25日からなので、「あれ?」と思われましたでしょう?
私もです!
書き終えて「投稿しよう」となって初めて開催期間を確認し、固まりました。
(まだじゃん…! でももう書いちゃった。書いちゃったら出したい。よし、出そう)
そんなわけで「友情」がテーマです。アデラ友達出来なかったけど、これだってテーマの範囲内。たぶん。
気軽に書いたので「公女が男爵位?」という部分は「ゆるふわ設定」でお見逃しください。持参金がわりに貰った、というイメージです。
(なお、アデラにはその後、ボードゲーム研究部で同性のお友達が出来る予定。アデラにくっついて入部したリカートと、アデラの取り合いでバチバチになる感じです(笑))
楽しんでいただけましたら、下のお星さまを押して応援いただけると嬉しいです(∩´∀`*)∩ よろしくお願いします♪