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溺れる〜水の星に生きる僕たちは

作者: 黒船パイ

 残暑が容赦なくエアコンが切れた化学実験室の室温を上げている。


 吹き出す汗を手で拭った程度で、どうにもならないのは分かっている。

 それでも僕は額の汗をぬぐう。目の中にまで垂れてきて、しょぼしょぼする。


 視界が歪むのは、汗が目に入ってその塩分で刺激があるからか。

 それとも僕は泣いているのだろうか?



 窓の外夕日が傾き、山間の向こうに朱色に染めた空の残光がボクの頬を照らす。


 科学室の固定された大きなテーブルの端に僅かに腰を乗せてよりかかるような姿勢になっている僕の股間に、無垢な膝を滑り込ませてポニーテイルの美少女が僕の肩に左手をつき、右手は僕の頬を撫でている。


 僕は後ろをテーブルの縁に行き先を閉ざされ、後ろに逃げることも叶わず迫る彼女に動揺するばかり。

 高温多湿で汗が吹き出し、シャツもズボンも肌に張り付いている。


 水を被ったような状況は、異常ともいえるが、そもそもクラスの女子に学校も終わる放課後の時間、ガッツリ迫られている状況が異常で、緊張と把握しきれない状態で汗も一層吹き出すというモノだ。


「ねえ、徹君…」言い寄る水希の彼女の顔が近づく。汗ばんだ肌、潤った瞳、夕日をキラキラと反射しつつその血潮が透ける柔らかそうな唇。


「徹君はこの【水】のこと、ちゃんと知ってる? ただの透明な液体だと思ってるでしょ?」

 おもむろに右手の人差し指で僕の額をちょんとつつく。

触られた額がジワっとそこに浮き出た汗を巻き込んで、彼女の細くて柔らかい指先の感触を感じる。


「でも、水って本当に異質なんだよ。生命の源だって言うけど、それ以上に… 奇妙すぎるの」


「な、何ですか…ぼ、僕を呼び出して…なんで水の話なんか…その…」

 ぐぐっと近づく勢いに押されてボクは上半身をのけ反らせる。


 本来なら、クラスメイトの霞ヶ関水希(かすみがせき・みずき)、彼女の様な美しい女子から迫られれば嬉しいはずなのに、蒸し暑くて汗が止まらない中、背筋が凍るような全身が危険信号を発して彼女を拒否しようとしている。


 僕は精一杯強がりながらも彼女を振りほどくことは出来ず硬直しながらも反論する。

「水? 毎日飲んでるよ。手を洗い、顔を洗ってシャワー浴びて、き、今日みたいな暑い日は泳いで。何が奇妙だって? 僕たちの周りに常にある普通のものじゃん」


 身を寄せてくる水希さんも汗が全身から噴き出していて、制服は濡れ、下着が透けて張り付いてその色が黒のレースであることもはっきり見える。

 セーラー服のリボンの上の隙間から覗く鎖骨も玉の様な汗が滲み、僅かに見える谷間に流れ込んでいく。グラビアでも見ないエロいシチュエーション。


「 普通? ふふ、じゃあ説明してあげる」水希は右手の人差し指を立てると、僕の唇にそっと触れる。

 そこからゆっくりと僕の鼻の先を振れて吹き出して玉になっているボクの汗を爪先で掬う。


「まず、水の比熱容量が高いの。他の液体に比べて、熱をたくさん吸収したり放出したりするから、周囲の温度が変わりにくい」ふふと笑い、爪の先の汗をペロリと舐めた。

 柔らかそうな熟れたミカンの房より柔らかそうな唇の中から、あかい舌が割って出てきたように蠢きながら僕の汗をなめとる仕草は淫靡で異質で目が離せない。


「君の体温が安定してるのも、海が地球の気候を穏やかに保ってるのも、これのおかげ」

 ヌラりと光る指先を改めて僕の目の前に持ってくる。細くて白くて、でも夕日に透ける肌は血の赤が見える。キラキラと光る水分は、僕の汗の跡か彼女の…唾液なのか…その両方かと…

「でも、考えてみて。なぜ水だけがそんなに「耐え忍ぶ」力を持ってるの? まるで、地球を守るために設計されたみたいじゃない?」


 僕は思わず肩をすくめて応える「へ、へえ、面白いね……科学的な話か。でも、それで生活が楽になるんだろ? 生命がそれで維持されるのがこの地球という惑星の基本なら、別に異様じゃないよ」


「次はこれ。氷が水に浮くこと」

 どこからとも無くビーカーに氷が入った水を差し出す。

 冷たそうなその水は周囲が結露して水希さんの手を濡らす。中の氷がカランと音を立てて動く。


 僕の喉もゴクリと鳴る。


「普通の物質は固体になると密度が高くなるのに、水は逆。凍ると体積が増えて、軽くなるの」

 彼女がユラユラとビーカーを揺らすと中の氷が周巡する。

「だから湖は表面から凍って、底の生き物が生き延びる」


 彼女はビーカーを傾けて少しだけ僕の胸元に垂らす。

「つ、冷た!」蒸した空間で纏わりつく男女。

 荒い息遣い。周囲に陽炎のような湯気が立ち上るか?と言うくらいの湿度。

 高鳴る心臓の上を直撃する冷水。

 今の気温はいかほどか?と言う熱と湿気の中で胸がキュッと悲鳴を上げる。


 水希さんは構わず続きを語る。「でも、もしこれが普通通りの物理現象だったら? 湖が底から凍って、全部の水が固まって… 生命なんて一瞬で絶滅よ。水はまるで、わざと生命を守ってるみたい」

 僕の顔の前に掲げたビーカー越しに歪んだ彼女のアーモンド型の美しい瞳が意地悪そうに歪む。


「偶然? それとも、何かの意図?」彼女の瞳が周囲の夕日の残光を反射して光っている。


 僕はその浮かんだ氷越しに冷静を装って反論する。「浮く氷か… 確かに、アイスティーに入れると浮くよね。ペットボトルうっかり凍らせると爆発するしね。でも、意図って… そんな大げさな。科学の法則でしょ?」

 言いながら僕は何故水が固形化すると質量が増えて軽くなるのか分かっていなかった。


 水希さんは少し呆れたような顔をしながら続ける「まだまだよ。水は普遍溶媒。ほとんど何でも溶かすの」ビーカーの氷をくるくる回して夕日に透かす。


「極性分子だから、イオンや物質をどんどん引き寄せて。君の血液が栄養を運ぶのも、細胞が反応するのも、これ」顔の横に掲げたビーカーの中の氷は小さくなっている。


「だけど、なぜ水だけがそんなに「貪欲」なの? 他の液体は選り好みするのに、水は全てを飲み込んでいく。君の体も、60%が水でできてるんだよ。君の中に、水が君を支配してるの…血液、汗、涙、胃液、リンパ液、脳漿、鼻水、唾液、尿、腸液、精液、カウパー液、愛液…羊水」


「ちょ、ちょちょちょっと…わかったから…」 僕は用語の意味までは分からないと言った感じで差し込んで尋ねる。「支配? まあ、体の一部だけど… 逆に地球上の生物で水分に依存しない種族とか居ないよね?」

 僕は吹き出す汗、気化する水分思わず飲み込む唾、激しく動悸を齎す心音が全身に血液を巡らせている事を再認識してその『支配』という言葉の意味を考えた。

「でも、水が溶かすって便利じゃん。洗濯とか、料理とか…」


「 便利?…… そうね。人類はそこに水がある事に、その本質を理解もせずにただ利用して生きているわね」

ビーカーに結露した水滴を指先で触れる。水滴は表面張力で水希さんの指とビーカーの隙間を塞ぐ。

「表面張力が高いのも知ってる? 水分子が強く結びついて、表面が膜みたいになる。虫が水面を歩けるし、植物が根から水を吸い上げるのもこれ」

 ビーカーの中の水を僕のすぐ横に垂らす。机の上に落ちたいくばくかの水はワックスの塗ってある天板の上で小さな水たまりを作る。端は丸く回り込んでいる。


 水希さんはビーカーを持つ手とは逆の手で僕のあご先をつまんで彼女の正面を向かせる。美少女の顔が間近にある「考えて。なぜそんなに「張りつめて」いるの? まるで、水が自分を守ってるみたい」


 水希さんはビーカーに指を入れてピっと弾く。水滴が飛び散る。

「雨粒が丸くなるのも、雲が形作られるのも… 水が世界を操ってるのよ地球の支配者は人間ではなく、水ってことよ」


「操ってる…?支配?! 水希さん…ちょっと怖いこと言うね。普通の水だよ、これ。ただのH2O」

怖いのは君の方だよ…と言う言葉を飲み込む。


「 H2O? 分子量が小さいのに、沸点が100℃、融点が0℃と異常なくらい高いの。他の似た物質、例えば硫化水素は沸点が-60℃よ。なぜ水だけが常温で液体でいられるの?」

 ビーカーの水を一口飲む水希さん。舌の上に氷を乗せてこちらに見せる仕草がエロ過ぎる。


「 地球の温度にぴったり合ってる。偶然? それとも、水が地球を選んだの? 君の生活、調理から発電まで、水のこの特性に縛られてるんだよ?」


 僕はグラスを押しやって「待って、水希さん。沸点が高いって… 確かに、熱湯で火傷するけど。でも、選んだって… 水が? そんなの、オカルトかSFだよ?」


「SFでもオカルトでもないよ… 最後に、中性pHと自己電離」

「え?はい?中世自己…何?」聞きなれない用語がだんだん出て来て付いていけてない僕。


「水はpH7で中性だけど、少しH+とOH-に分離するの。生命の反応を安定させる緩衝作用。でも、これが少しずれれば、酸性雨みたいに全てを破壊する」彼女の口の中でゴリっというくぐもった音がする。氷を嚙み砕いた音だろう…


「なぜ水だけがこんなに「バランス」を取ってるの? 異質すぎるよ、徹君!」彼女の口の端から涎が垂れる。いや、解けた氷か?どっちでもいいが、その雫が彼女のあご先まで伝い、そして僕の胸の上に落ちた。先ほどのビーカーの水とは違い、冷たくはなかった。

 だが、その事象を目にして、先ほどより心臓が強く鼓動した。


「水は生命の源じゃなくて、牢獄かも。君の体、地球、全てが水に囚われてる。見て、このビーカーグラス。静かに君を見つめてるよ」


「やめてくれ水希さん!もういいよ。頭がおかしくなりそう。水が… 牢獄? 俺の体が? いや、ただの水だろ? でも、なぜこんなに… 異常なんだ? 止めてくれ、考えたくない…」

 だが、押し付けられた彼女の体を押しのけることが出来ない。彼女の顔が迫る。

「ねぇ…徹くん、私と粘膜接触してみない?」

「え?は?!」近づく彼女の整った美しい顔、汗で光る肌、額に張り付いた髪の毛…そう、彼女は水を充して僕に近づく。

 やがて彼女の唇と僕の唇が重なる。


 僕のファーストキッスだ…。触れ合う唇に全神経が集中する。

 僅かに彼女の吐き出した吐息が僕の鼻腔を刺激する。その香りに脳が溶かされる前に彼女の唇はより貪欲に僕の唇を貪り、舌が力強く僕の口を割って入り込んでくる。水族館で見た蛸の足を思い出す「蛸は骨がないが全身が筋肉性静水圧骨格で…」という解説を思い出す。知らない力強い生き物が僕の口の中を暴れまわる。そして僕の舌を見つけると互いを求めあうように絡め合う。


 脳が何かの信号を出していたのかもしれないが、それを感じることもなく互いに貪り合う。

 唇を吸う、歯と歯茎を舌で形を確認し合う。舌同志が複雑に絡み合いそして互いの唾液を交換し合う。


 僕は今度こそ泣いていた、鼻水持たれていた。汗も滴っていた。全部混ぜこぜでお互いを求めた。

 後ろにのけぞって倒れることを支えていた僕の手はとっくにその役目を放棄して前のめりになって水希さんの体を抱きしめていた。体を密着させて濡れたシャツ同士が重なり合い、ぐちゃぐちゃと音を立てている。互いの汗が混ざり合う。


 我慢しきれずに、勢いのまま彼女のスカートの上から臀部を鷲掴む。スカートは皺になりながらめくりあがり、お尻に僕の指が埋まる。しっとりと濡れたその感触は指に吸い付くようで確かな弾力を持って対抗してくる。

 抱きしめた強さで彼女の透けたブラが僕の胸と重なる。

 無我夢中でお互いの体の感触を確かめ合う。


 湿気と熱気近くの窓ガラスが白く曇っている。頭がぼおっとする。

 彼女の唾液と涙と汗とあらゆる分泌物が混ざった液体で唇を重ねたまま僕は倒れこみゴボゴボと音を立てながら飲み込む。


 僕が最後に床に寝たまま見上げた天井はゆらゆらと歪んでいた。

 えっと…何だっけ?


 水が特殊でその水に支配された惑星


 水が意志を持って僕を蹂躙しているのだ…と気づいてもそのまま溺れてしまっていた。

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